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【 公人・私人、官と民 その2 】 [雑学]

【 公人・私人、官と民 その2 】

 

高校時代の英語の教科書「England as she is」の中に、英国の学校のシステムを紹介する記事がありました。 早速、私に疑問が湧きました。

「私立なのに、どうしてパブリックスクールというのですか? 私立ならプライベートスクールではないのですか?」 当時私は国立の高校に通っていました。

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岩城谷先生は、「パブリックスクールは、一般に門戸が開けれ、入学試験に合格し、学費を払えば誰でも入学できる。 だからパブリックスクールだ。 英国の場合、家庭教師を雇って教育を受けることもあるし、一般に門戸を開かない学校もある。それらこそ、プライベートスクールと言える」という回答でした。 経営が民間なのかという問題ではないようです。

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学校が私立か公立か・・という点で言えば、英国の場合、一流大学、名門校の多くは私立です。 その国を代表する大学が国立か私立か・・という観点で分類すると、米国や英国は私立派、日本やフランス、中国、韓国は国立派となります。

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その国を代表するエリートを輩出する大学が私立で、高額の学費が必要となると、エリートの子弟しか入学できず、エリート層の再生産が進み、階級の固定化、貧富の差の拡大が進むではないか?と懸念しますが、米国の場合、それほどの問題になっていません。奨学金のシステムなど、学生を経済的に支援する仕組みが充実しているからです。

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話がそれますが、明治時代、公立学校を「国立」とはあまり言わず、「官立」という言葉が普通だったようです。一方、私学は「私立」でしたから、「官」と「私」の構図です。

一方産業界では学校とは違い「官」と「民」という言い方です。

「官」と「私」、「官」と「民」は、それぞれ対立する構図ですが、両者は微妙に違います。

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ここで話が飛躍しますが、製鉄業の場合を考えます。

日本の近代製鉄の発祥を、官営八幡製鉄所に置くか、釜石製鉄所に置くかは意見の分かれるところです(韮山の反射炉を近代製鉄の始まり・・とする意見はほとんどありません)が、どちらも国立、いや官営で始まりました。

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日本だけでなく世界の各国で、19世紀から20世紀にかけて、国家の近代化に不可欠な存在として、一貫製鉄所がありました。巨額の設備投資が必要な製鉄所を官営(国営)とするか、民営とするかで、その国の産業政策の基本方針を占えたのです。

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釜石製鉄所も最初は官営でしたが、早期に民営の製鉄所に変更されています。だからずっと官営だった八幡製鉄所とは生い立ちが違います。両社は一度経営統合しますが、第二次大戦後の経済力集中排除法により、八幡製鉄と富士製鉄に分かれました。その生い立ちゆえに、前者は官営のままで官僚的、後者は民間企業の色彩が強い・・・とされました。

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しかし、やがて再び合併して新日鉄になったのですが、その時に大きな混乱はありませんでした。何の事はない、結局、民間企業の富士製鉄も官営時代の色彩を残し、十分に官僚的だったのです。

21世紀に入り、その新日鉄が住金と経営統合しました。今度の相手は、民間企業を代表する住友財閥の中核企業ですから、新日鉄とは全く風土が違う会社です。

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しかし、合併して分かったことですが、驚いたことに、住金の方がよっぽど官僚主義的だったのだそうです。 前例のないことは拒否する経営判断、学歴重視と減点主義、など。 今、新日鉄住金に生き残っている旧住金出身の役員はほぼ全員東大卒です。

余談ですが、「官」の企業は、「官立」の大学出身者(特に東大と京大)を好みます。

日本の製鉄業の場合、民間企業を装っても、実は官営企業のエピゴーネンだったのです。(JFEについてはよく分かりません)。

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「公」と「私」という分け方では、なんとなく優劣は明らかで、対立の構図にはなりにくいのですが、「官」と「民」となると対立の構図がイメージできます。民主主義の現代、なんとなく「民」を応援したくなります。面白いのは公共サービスを行う企業です。

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春闘の賃上げなどのニュースでは、マスコミは「大手私鉄各社」という具合に私鉄と言います。しかし、東武、西武、小田急などの企業は自らを「民鉄(民営鉄道)」と言います。「決して私的な存在ではなく、広く国民にサービスを提供しているのだから、私鉄ではない。単に経営資本が民間資本だというだけだ」。これは広く生徒を募集するからパブリックスクールだと言う、英国の学校と似た理屈です。

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しかし、この表現にも問題があります。民鉄(私鉄)の相手となるのは国鉄ですが、日本国有鉄道公社はもうありません。JRは株式会社ですから、本質的に民鉄各社と違いはなく、民鉄各社が「我々は民間だ!」と言っても、区別できないのです。

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民鉄各社を「私鉄」と呼ぶ、そのマスコミも問題です。

「ピョンチャンオリンピックの中継放送は、NHKと民放各社で分担する」と言っています。鉄道のことは「私鉄」と呼ぶくせに、自分のことは「民放(民間放送)」と言い、「私放」とは言いません。 そして相手となるNHKも(実態はともかく)国営放送ではありません。(一応)国家権力からは独立しています。 JRと民鉄各社の場合と同じように、NHKと民放各社の場合も明確な対立の構図は無いはずなのですが・・・。

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大学などの学校の場合は「私学」といい、鉄道や放送などの公共事業の企業は「民」を使いたがる、その理由は何なのか?

私は、敢えて「私」を使う学校の場合、「国家権力にはまつろわないで、創設者の志や建学の精神に基づいた教育をするぞ」という私塾の心意気があるから、「私」を使うのだと思います。一方、公共サービスを担う、鉄道や放送事業者の場合は、単に民間資本ですよ・・ということを示すだけですから「民」なのかな?

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でも、考えてみれば、放送事業こそ、自らのバックボーンを明確にして、権力にまつろわない、あるいはおもねらない姿勢が大切ですから、「私」を使うべきです。それよりも自らを「公」の存在として認めてもらいたいという思いの方が強いのでしょうか?

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無論反論は多くあるでしょう。「私立大学と対峙する「国立大学」だって、今は官立ではなく独立行政法人ではないか? 私立と国立で敢えて区別する本質的な違いはない」という声もあるでしょう。

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NHKも国営放送ではないし、JRも株式会社です。国立大学ももはや独立行政法人となれば、ますます企業や事業者を「官」と「民」に分けることは無意味になります。

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企業でなく人の場合、「公」と「私」の区別は残りますが、一個の人格に対して、「君は公人だ」「君は私人だ」というレッテルを貼る事もやがて無意味になっていくでしょう。

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最後まで、選挙で選ばれた政治家を、「公人」として扱うルールは残るでしょうが、選挙で選ばれた訳でもない芸能人を「公人」とするナンセンスな考えは否定されるでしょう。

あっ! でもAKB48は別ですよ。彼女達は確かに全国規模の選挙という洗礼を受けているのですから、立派な「公人」です。


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【 公人・私人、官と民 その1 】 [雑学]

【 公人・私人、官と民 その1 】

 

昨年来、森友加計スキャンダルで安倍首相が国会で追及されています。一連の報道で思うのは、学校経営者というのも、ずいぶん胡散臭い存在だね・・・ということです。学校の創設者というと福沢諭吉や大隈重信、新島襄らを連想し、人格高潔にして教育界のリーダーとなる人物を想像しますが、末流の学校の場合はどうやら違うようです。

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それはともかく、スキャンダルのカギを握る人物が安倍首相の昭恵夫人であることは間違いありません。その首相夫人を公人とみなすか私人とみなすかで、首相官邸と野党は国会で綱引きをしています。公人であれば証人喚問で糾弾することができますが、私人であれば、そこまではできない・・という理屈です。公人なら社会に対する責任も私人より大きく、国会や司直の追及に真摯に対応しなければならないという理屈でしょう。 では昭恵夫人は公人なのか私人なのか?

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この議論をする前に、公人とは何かを規定しなければならないのですが、それが曖昧です。首相・官邸は、公職選挙法に則った選挙で選ばれ、公職にある人を公人と言いたいようですが、実はそうでない人も一種の公的権力を持ち、業務を執行します。

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公務員採用試験に合格して官庁に入り、公務員となった人は、選挙と無関係に公的権力を持つ訳で、一種の公人です。公務員試験に合格しなくても、自衛官のような特殊公務員、国立大学の教官、職員、公立病院の職員も、公立学校の教員も、考えてみれば一種の公人です。外交官試験や司法試験に合格して採用された人も公人でしょうし、地方公務員ももちろん同じです。

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問題は、首相夫人です。公人の配偶者がまた公人である・・という理由はありません。彼女は選挙で選ばれた訳でも、公務員試験や司法試験、外交官試験に合格した訳でもありません。しかし、彼女にはSPが付き、その発言には影響力があり、しばしば公的権力を使います。彼女の権力は一体誰が承認し、付与したものなのか? という疑問が湧きます。

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米国でも同じ問題があります。民主党のクリントン大統領の時代、型破りのファーストレディとして、ヒラリー・ローダム・クリントン女史が活躍しました。彼女は別に選挙で選ばれた人物ではありませんが、実質的に副大統領のように振るまいました。

彼女の前にも、フランクリン・ルーズベルト大統領夫人だったエレノア・ルーズベルトの例があります。彼女たちは夫に影響を与えただけでなく、自分自身の意思で政治的な活動をしました。

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選挙で選ばれた訳ではない大統領夫人(つまり私人)が大きな公的権力を持つことを問題視する意見は米国にもあった訳ですが、スキャンダルになった訳ではありません。でも日本の場合、昭恵夫人の行動と発言には、懸念すべき点があり、今、何等かの形で、首相夫人の位置づけを明確にすべき時が来たと私は思います。

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その一方で、一人の人間を公人と私人に区別することに意味はあるのか?と思います。

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公人と私人を区別し、前者をより貴な存在と考える思想は、古代中国に由来するのかも知れません。厳格で権威ある試験に合格した人を選良として公人にする科挙のシステムは中国で採用され、アジアの一部の国に広まりました。一方、公的な手続きである選挙で選び、民意が反映された形で選良を公人とする民主主義的な発想もあります。こちらは古代ギリシャが先駆けでしょう。

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日本は科挙を導入しませんでしたが、官尊民卑の思想は受入れ、そして近代は民主主義を取り入れています。その中で公人と私人の位置づけが今ひとつ分かりにくいのです。

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そんなことを考えていたら、タレントの大竹まことの娘が覚せい剤所持で逮捕されるという事件が起きました。それについての大竹まことの発言が面白いのです。

「(自分は公人だからプライバシーを暴かれても仕方ないけれど)、娘は一般人(私人)だから勘弁して欲しい」と発言したのです。

http://www.jprime.jp/articles/-/11628

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世の中には、本物の芸を持たないタレントが、自分のプライバシーを切り売りして収入を得ていることは知っていますが、彼らを公人と言えるかどうか・・私には疑問です。

公人とは、マスコミに追及され、プライバシーを侵害されても仕方ない人・・ではなく、民意に基づいて選ばれて公的職位に就き、私的利益ではなく、全体の利益及び全体の公平の為に仕事をする存在だと思うからです。

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自分のプライバシー情報を公共の電波に乗せているだけで、自分のギャラのために仕事をしているタレント達が「自分達は公人だ」とのたまうとすれば、それは思い上がりというものです。芸能人が芸能人以外の人を指して「一般の人」という言い方をしますが、メディアに露出するというだけで、自分達は特別の存在だ・・とでも思っているのでしょうか? ひょっとしたらパスポートも芸能人用は特別なのかね?

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民主主義であろうが全体主義であろうが、世間はとかく公私の区別を大切にします。

それ自体は結構なのですが、その定義や境界が乱れているのです。

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なんとなく「公」に対して「私」は劣るもの、正式でないもの、隠すべきものというイメージがあります。 「公」をとても大切にする東洋の儒教精神に由来するものか?と考えましたが、そうでもないようです。 「私的」にあたる英語の“private”にも正式でないもの、隠すべきもの・というニュアンスが含まれます。

今は使われませんが、嫡出でない子供のことを、以前は「私生児」と呼びました。生まれた時から、「お前は公の存在ではない」と否定するようなひどい言葉です。

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その対立する概念である「公」と「私」を交錯させると、面白い何かが生まれます。

NHKが不定期で放映する、「極私的ドキュメントにっぽんリアル」は、タレントの営業用のプライバシーとは違う、本物のプライバシーを一般人がさらけだす番組で、一部のファンに好評です。「公的なもの」であれば、必ずそこに脚色や装飾が付きますが、「私的なもの」であれば、そこに飾りはなく、同じレベルで眺める視聴者の共感が得られるのです。「公」と「私」をクロスオーバーさせることに成功した作品です。

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私は特に、青年期の終わりに、安定した収入が無いまま社会に放り出されることになった佐藤寛朗君の困惑を描いた第一回が好きです。

https://www.messiahworks.com/archives/3641

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曖昧な「公」と「私」を、個々人のレベルで議論するのは、さほど難しくありません。しかし、組織論として「公」と「私」を論じるのは、かなり難しいです。そして組織論となれば、「公」と「私」だけでなく、「官」と「民」という類似した概念も登場します。

 

それらの違いについては次号で


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【 LCCの人々 その2 】 [中国]

【 LCCの人々 その2 】

 

こちらも私には馴染みがある成田空港第3ターミナルで発生した事件です。格安航空ジェットスターで上海へ帰国しようとした中国人団体客が、天候不良による欠航で足止めとなり、それに怒った乗客が深夜にターミナルビルで騒ぎ、挙句に女性職員に暴力をふるって怪我をさせたうえ、犯人を連行しようとした警察官に対して、中国国歌を合唱して威圧した・・というのです。

http://www.sankei.com/affairs/news/180130/afr1801300052-n1.html

http://www.sankei.com/premium/news/180131/prm1801310008-n1.html

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騒ぎを聞いた駐日中国大使館の領事部の職員が深夜に成田空港へ駆けつけ、食事券を配って、群衆をなだめて、一件落着しましたが、この事件は、各方面に反響を呼びました。

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この事件は中国でも報道され、インターネット上には両方の意見が溢れました。

http://news.searchina.net/id/1652650?utm_source=searchina.net&utm_medium=content-text&utm_campaign=scn_ranking_all

 

http://diamond.jp/articles/-/157917

ひとつの意見は、中国人は被害者であり、非はなく、逮捕連行した日本の警察を非難するものです。無辜の中国人が連行される事態とは「辱華行為」であり、国家が辱めを受けているのだから、日本にもっと強く抗議せよ・・というものです。

(歴史的に考えると、アヘン戦争など、中国が侮辱された行為や時代は枚挙にいとまありません。それらは全て歴史に傷跡を残す大事件です。それらと比べれば、空港で乱暴な行為を及んだ人を連行しただけの、実に些細な出来事を、どうして辱華と考えるのか?) これは中国の人の心の底にある強烈な被害者意識の問題と言えます。

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もう一つの意見は、あえてLCCを選んだのだから、欠航時のフォローが無いのは当たり前で、自分達で解決すべき問題なのに、航空会社や空港当局の対応が悪いと非難するのはおかしい。理屈や公平性と関係なく、とにかく大声を出して騒げば、自分の望む回答が得られるという、幼児的な発想は中国国内では通用しても外国では通用しない。と騒ぎを起こした中国人旅行者をたしなめる意見です。これは実に大人の考え方と言えます。

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実は、私も以前、ジェットスターの最終便が土壇場でキャンセルとなり、おおいに慌てたことがあります。だから怒りたくなる気持ちも、騒ぎたくなる気持ちもわかるのですが、ここは落ち着いて行動した方が、尊敬されます。

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それ以外に、170人もいて、誰も日本語が話せないとは情けない。(正しくは英語を話せる中国人もいなかったらしい)という意見もあります。

さらには、普段仕事をしない中国大使館の領事部がよく動いたと、褒める意見もあったそうです。

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それはともかく、どうして彼らは、騒いだのでしょうか?

私に言わせれば、それは、中国が特アだからです。 特アの意味や定義を理解せずに、「隣国を差別しヘイトするのはいけない。特アという言葉は悲しい」と訴える悲しい新聞があります。毎日新聞です。

http://andreagritti.hatenablog.com/entry/2013/10/31/195022

しかし、特アは単に隣国である中国・韓国・北朝鮮の3か国を指すのではありません。国策として或いは国是として反日を認め、政治的に反日を利用する国を特アと言うのです。

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反日の人は世界中にいます。英国にもオランダにも、米国にもいます。しかし、政府が反日を正しいとし、それを奨励し、国内政治の問題点の隠蔽や、国内の政治勢力の結束に利用したり、或いは日本との外交交渉を有利にするために、それを利用する・・という特殊な国は、世界中を見渡しても、この3国だけです。

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だから、彼らは他の国で不当な扱いを受けたり、不利益を受けても沈黙しますが、日本では声高に騒ぐのです。

一つ、言い忘れましたが、特アにはもう一つ特徴があります。自分の主張は、例え理不尽な物であっても、虚偽であっても、とにかく声高に訴えるべき・・という考えです。

これが個人のレベルから政府のレベルまで一貫しています。

尤も、この特徴があるのは、特アだけではありませんが・・。

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中国国内の空港で足止めをくっても、誰も騒がないくせに、日本の空港だと暴れる・・というのはなぜか? 恨みのある日本でなら狼藉を働いても許されるという発想があるようです。この(愛国無罪=日本での狼藉は許される)という発想は特ア固有の感覚です。

そして、もう一つは警察の在り方の違いです。名にし負う警察国家である中国には、泣く子も黙る武装警察があります。そして武装していなくても公安とは常に恐ろしい存在です。天安門事件以来、中国で(政府が指導しない)デモを企てたり、騒ぎを起こせば、逮捕連行は当たり前です。逮捕権の濫用・・なんて言葉はありません。でも日本の警察は一応民主警察で、法律に則った対応をします。そして中国人旅行者はそれを理解しています。だから平気で騒ぐ訳ですが・・・。

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しかし、ここで我々が本当に注目すべきなのは、その事件の際、周囲にいた中国人旅行者達が一斉に、中国の国歌「義勇軍行進曲」を歌ったということです。

暴力行為に及んだり、シュプレヒコールをするより、ずっとおとなしくて紳士的だと解釈するのは、全く間違っています。

外国で、そしてその公権力の前で、大人数で自国の国歌を歌う・・というのは特別の意味を持ちます。 一種の治外法権を要求する極めて威圧的で挑戦的な行為なのです。

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異国で自国の国歌を歌って、敵対する人々をひるませる・・という場面は、映画「カサブランカ」に登場します。フランスがナチスドイツに降伏し、ビシー政権ができた後、フランス植民地のモロッコも、ドイツの支配下に入ります。それに反発するフランス人達が、酒場でドイツ音楽を歌うドイツ人の前で「ラ・マルセイエーズ」を歌い出し、やがてそれは大合唱になり、ドイツ人将校達をうろたえさせます。

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おそらくは自堕落で無節操な生き方をしている酒場の女性も、毅然としてフランス国歌を歌うのです。 この映画の中でも印象的な場面ですが、これは伝家の宝刀です。簡単に使ってはいけないのです。一種の国際問題と言えます。

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中国の国歌「義勇軍行進曲」は抗日戦争の時に作られた歌(本当かな?)で、本来的に反日の要素を持っています。それを日本で、警察が公務を執行する場面で歌うというのは、大変な威圧です。公務を妨害せよとアジテートする行為です。

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それにしても、何と攻撃的で好戦的な歌詞であることか・・・。

起て!奴隷となることを望まぬ人びとよ!
我らが血肉で築こう新たな
長城を!
中華民族に最大の危機せまる、
一人ひとりが最後の雄叫びをあげる時だ。
起て!起て!起て!
我々すべてが心を一つにして、
の砲火をついて進め!
敵の砲火をついて進め!
進め!進め!進め!

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日本で国旗国歌法が議論された際、朝日新聞は徹底的に反対しました。「君が代」はアジアの侵略戦争に利用された「血塗られた」歌で、アジア人の犠牲を想起させる歌だ・・というのです。でも、見渡せば、国歌で血塗られていない・・というか生臭くない国歌などほとんどありません。 ドイツや英国の国歌は、君が代と同じく平和的な内容ですが、それでも外敵を倒して国を守れと訴えています。

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世界を見渡して、「君が代」ほど平和的な国歌はありません。それでも特アの人々、或いは特アに使嗾される日本人には不快なのだろうなぁ。

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普通、外国では国歌は尊重され、もっと大切にされます。一方、日本ではぞんざいに扱われます。大切にするとはどういうことかと言うと、歌うべき機会(T.P.O)を選ぶということです。外国でどのような機会に国歌を歌うかについては、また稿を改めて論じたいと思います。

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立場を換えて考えてみましょう。

中国の空港のLCCのターミナルで、不当にも日本人が連行されたとして、仲間の日本人が一斉に日本国歌を歌ったらどうなるでしょう? 彼らも連行されるか? おそらくそうはならないでしょう。

「君が代」は厳かなメロディーではあっても、勇ましくはなく、攻撃的でもありません。聞いている中国人警官は、キョトンとして、「あの歌は何だ?」と尋ねるでしょう。

そして物知りの同僚が答えるでしょう。

「あれは日本の大相撲で千秋楽の日に歌う『オスモウの歌』だよ」


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【 LCCの人々 その1 】 [航空]

【 LCCの人々 その1 】

 

人の集まる場所には、いろいろなドラマがあります。アジア人初のノーベル文学賞受賞者であるインドのタゴールは、郵便局に集まる人々を描写した「郵便局」の評価が高いようです。そして駅の待合室やコンコースも人の集まる場所であり、ドラマがあります。こちらは文学だけでなく映画の舞台としても、非常に重要です。そして、大空港のターミナルビルも同様に人生のドラマに溢れています。

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http://www.yomiuri.co.jp/national/20180130-OYT1T50152.html

 

http://www.sankei.com/affairs/news/180130/afr1801300058-n1.html

同じターミナルビルでも、エリートビジネスマンが忙しく行き来するラウンジのあるターミナルビルではなく、外国の出稼ぎ労働者の帰国を家族が待つような庶民的なターミナルビルの方が面白いのです。

 

最近は格安航空LCCの利用者が多く、空港では、LCC専用のターミナルを作ったりしています。お金持ちの旅行客から「貧乏人と一緒にいるのは嫌だ・・」とクレームされたのかな?なんて考えてみます。私自身はもっぱらLCCを使っているので、思わずひがんでしまうのですかね。

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しかし、残念ながら、LCCの利用者が問題を起こすことが多いのも事実です。

最近目にした新聞記事を取り上げます。

 

1件目は、茨城空港に到着した中国人乗客が、偽造ビール券を大量に持ち込もうとして逮捕された・というものです。どこにもLCCとは書いてありませんが、茨城空港を発着する中国(上海)便と言えば、春秋航空ですから、これは立派な格安航空LCCです。

 

 

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もともと密輸をする際、大都市の警戒厳重な主要空港を選ばす、場末のローカル空港を使うのが鉄則で、その方が見つからないそうです。ロンドンならヒースロー空港やガトウィック空港ではなく、ルートン空港やスタンステッド空港というロンドンっ子もよく知らない空港が狙われます。

さしずめ、東京なら成田や羽田ではなく、茨城空港ということになるのでしょう。茨城県民としては、少し複雑です。

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そして、密輸したものが、偽造ビール券というのも情けない話です。成田や羽田なら、金塊、ダイヤモンド、覚せい剤・・が対象になるのに、茨城空港は偽造ビール券かぁ。

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しかし、そのビール券についての記載を見て、私は、思わず笑いました。

キリンビールではなく、キリソビールと書かれ、アサヒビールでなくアサビビールと書かれていたそうです。これは偽造犯が良心の呵責に堪えかね、わざと本物と少し変えたのかな?と思えばさに非ず。日本語を理解しない中国人が単純にカタカナをまねて、そして間違えたのです。

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中国に行けば、お店に並ぶのは日本製に似せたカムフラージュ商品ばかりです。特にスナック菓子などは、日本製・・・に似せていますが、どこか奇妙な日本語らしき印刷をした袋に入ったものが並びます。そこにコンプレックスというか、日本製へのあこがれがあるので、複雑な気がしますが、今回の偽ビール券はそうではありません。悪質な偽造です。それでも、ユーモアとペーソスを感じてしまうのは、小沢昭一の文を思い出すからです。

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昭和時代の俳優にして、大衆芸能や大道芸の研究家であった小沢昭一はこう語ります。

「昭和20年代、地方の芝居小屋に行くと、のぼりが立っています。そこには「エノケン来る」と書いてあります。TVの無かった時代、喜劇王エノケンが来るとなると、地元は大騒ぎです。夜の開演時間に観客が殺到すると、そこに現れたのは似ても似つかぬお笑い芸人エノケソだった」というのです。

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昭和の喜劇王エノケンこと榎本健一にあやかったエノケソなる喜劇人が実在したか否か、定かではありませんが、それには騙された観客も苦笑いで、誰も怒らなかったとか・・。

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偽ビール券を印刷して、日本で売ろうとした中国人も罪一等を減じてやりたい気がします。

しかし、もう一つの事件の方は、もっと深刻で考えさせられるものです。

 

それについては次号でご紹介します。


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【 執務空間 その4 製鉄所の場合 】 [鉄鋼]

【 執務空間 その4 製鉄所の場合 】

 

ノンテリトリアルオフィスで個人机を廃止し、在宅勤務で事務所を徹底的に合理化できるのは、営業部門あるいは本社機構だけです。製造現場は事情が違います.

製鉄会社に限った話ではありませんが、製造業では生産現場が一番重要です。そして製造現場では、在宅勤務はあり得ません。通勤に時間がかかろうが、残業が多かろうが、3Kだろうが、現場が命です。

・・・・・・

そして、いかに通信手段が発達しても、遠隔地から生産現場の管理はできません。

製鉄所の場合、同じ所内でも、製鋼部の事務所から転炉工場の現場まで1kmぐらいある・・というのは普通です。 スタッフは事務所から現場まで頻繁に往復して仕事を続けます。 製鉄所の本館から・・となると、もっと距離があります。同じ製鉄所内でも製鋼工場から本館勤務に異動すると、なんだかとても現場から遠ざかった気持ちがします。

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そこでは事務所の効率化や合理化はあまり意味を持ちません。現場の効率化の方が優先されます。そしてもう一つ、そこには管理職の人達の奇妙なこだわりがあるのです。

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世の中は、全て記号論の世界です。目に見える幾つかの「お約束」の記号を重視します。サラリーマンは昇進するとともに、さらに記号にこだわります。製鉄所に勤務する管理職はまさに記号の塊です。

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管理職(参事・課長級)になれば、腕章を付け、通勤用の自動車のステッカーにもマークが付きます。机の引き出しは両袖になり、椅子には肘掛が付きます。やがて参与・部長になると、個室が与えられ、出退勤は運転手付きの黒塗りの車になり、更に聡明で美しい女性秘書が付きます。・・・・失礼、最後の部分は不正確です。必ずしも聡明で美人とは限りません。 願望が少し入りました。 

それらは全て一種の記号であり、その人の地位を示すための手段です。業務がそれで改善されたり、効率化される訳ではありません。

(役職や待遇は、旧S友金属時代の話です。今は全てが変わったはずです)。

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そういう世界で暮らしてきた管理職には、ノンテリトリアルオフィスだの、在宅勤務はとんでもない話です。やっと手にした地位の象徴を奪われることに強い抵抗を示すはずです。「事務所の変革は、本社では成功しても製鉄所では無理な話だ・・」。

20年前、ノンテリトリアルオフィスが導入された際、私はそう思いました。

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私は、業務の効率化あるいは事務所の合理化の本質は別のところにあると思いました。それは、米国で大成功を収めていたミニミルの話を聞いていたからです。中でもミニミルの雄とされたNUCORは、本社費用を徹底的に抑え、投資の多くを製造現場に集中させる方針を取っていました。

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ミニミルとはいうものの、売上高では大手高炉メーカーを凌駕するNUCORの本社は、地方都市のスーパーマーケットの2階にある・・・と本には書いてあります。正確にはスーパーマーケットの2階という訳ではなく、ショッピングモールにある小さな建物を本社にしていたようです。

そこではノンテリトリアルオフィス以前に、必要なホワイトカラーの数は最小限に抑えられており、その代わり、各スタッフには多くの判断権限が与えられていました。そして経営者であるケン・アイバーソンは社長室に閉じこもらず、現場や事務所を飛び回り、きさくに社員に話しかけるスタイルでした。 そもそも社長室があったのか? 私は知りません。

・・・・・・

NUCOR20世紀後半の製鉄会社で最も輝かしい成功を収めた秘訣は、一言で言えば、経営資源をどこに集中させるかの判断で、正しい選択をしたことでしょう。

今、製鉄会社に限らず、多くのメーカーに求められているのは本社機構の簡素化です。

投資を集中すべきは生産現場と研究開発です。それしか低コストを武器に挑んでくるアジアのライバル企業に勝つ手はありません。

・・・・・・

それなのに、経営者が行っていることは、正反対のことばかりです(私は真逆と言う言葉が嫌いです)。

例えば、従業員が数百人しかいない電炉メーカーで、ホールディングカンパニーを新たに設けて、屋上屋を重ねたり、取締役と執行役員をあわせると重役だけでラグビーのチームができるようなトップヘビーの人事構造にしたりします。

・・・・・・

ホールディングカンパニーだの、スチールカンパニーだのと、やたら多くのカンパニーを抱え、それぞれに社長がいて、どれが本物の社長か分からない・・という事態は、上はJFEから、下は地方の零細電炉メーカーまで共通です。 これは異常事態です。

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やがて、それらの会社では、社長ばかりがたくさん集まって、「困ったね。社長室が狭くてかなわない。ひとつ、各社長の机と椅子を無くして、ノンテリトリアルオフィスにしようかね? ああ、ホールディングカンパニーの社長さんは、在宅勤務でもいいでしょう?」となるかも知れません。

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いえ、別に貶しているのではありませんよ。 米国のミニミルなら、社長の机にしがみついている経営者の方が軽蔑されるのですから。


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【 執務空間 その3 在宅勤務と書斎 】 [鉄鋼]

【 執務空間 その3 在宅勤務と書斎 】

 

政府は、「働き方改革」を訴え、Work Life Balanceの見直しを訴えていますが、本当に政府が真剣に取り組んでいるのか、ちょっと疑問です。「働き方改革担当」の担当大臣に誰をあてるかでそれを占えますが、加藤勝信氏ではちょっと軽いというか、力不足です。やっていることと言えば、残業時間を減らして自分の生活に使う時間を増やせ・・と言うばかりで、具体的な方策については、企業に丸投げです。

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本来なら、もっとふやせるはずの在宅勤務を奨励し、無駄な通勤時間を減らしたり、自宅での子育てを可能にしたり、お年寄りの介護に充てる時間を確保するように働きかけるべきです。

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待機児童対策(不思議な言葉です。対象は児童=小学生ではなく、園児=保育園児、幼稚園児のはずですが・・)だって、保育園の建設や保育士の増員だけでなく、親が自宅にいられる時間を確保する事も大切なはずです。

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簡単な事ではありませんが、在宅勤務が可能になれば、介護離職というつらい選択もある程度防げるかも知れません。

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朝の交通機関の通勤ラッシュも軽減できます。在宅では会社の業務に集中できないから生産性が下がったり、家事もするから正味の勤務時間が減るし、更には残業が減るので、収入が減るという意見もありましょうが、対策は可能です。企業側は、通勤手当を削減でき、事務所の維持費も削減できますから、その分を社員の給与に回すことが可能でしょう。

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在宅勤務の奨励で見えてくるのはいいことばかりです。会社の狭い机から解放されます。 一方、社会の消費構造も大きく変化するでしょう。

ビジネススーツや革靴、ネクタイは売れなくなるかも知れません。在宅勤務のTV会議で、上半身だけがカメラに写る場合、テーブルの下はパジャマでもよいのです。

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都心の飲食店のお客も減ります。 ラッシュアワーの通勤客で稼いでいる鉄道会社にも大打撃ですし、駅前商店街の売れ行きも減るかも知れません。でもお客が集中するピーク時間帯がなくなり、ゆったりとした買い物が可能になるでしょう。

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そして在宅勤務が増えれば、住宅の質と構造も変化します。

従来の戸建て住宅は、使い易いキッチンや、バスルームを売り物にしていました。夫よりも家の中で過ごす時間が長く、キッチンを仕事場とする主婦の発言力が強く、主婦の歓心を買うことが住宅メーカーにとって重要だったからです。

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これからは違います。在宅勤務で自宅を仕事場とする夫は、書斎を要求します。使い易く、居心地がよく、TVスタジオとしても使える書斎が必要となるのです。 在宅勤務でTV会議をするとなると、自分の後ろの風景も映ります。ちょっと立派な本棚に専門書や教養書を並べて、TV映りを良くする工夫も必要です。(最近はインスタ映えと言うそうですが)

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では以前の住宅の書斎はどうだったのか?住宅を設計する際、夫の書斎(というか勉強部屋)は、優先順位を一番下にされます。 実際、働き盛りの夫は、普段はあまり家にいないので立派な書斎は宝の持ち腐れだからです。

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一方、定年などのリタイヤを機に、マイホームを新しく持つ人もいます。こちらは一家の主として社会的地位もそれなりにありますし、子供部屋も必要ありませんから、書斎を要求できる立場になります。そこで、書斎を作り、立派な机と椅子を入れます。

でも今度はそこで行う仕事がありません。 のんびりと本を読むか、Facebookに投稿するぐらいしかありません。

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Oヘンリーの短編小説ではありませんが、必要な時にはなく、不必要になってから手に入る・・・というのが、男の城である書斎でした。でもこれからは書斎が本当の仕事場として意味を持ち、重視される時代が来ます。

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繰り返しになりますが、在宅勤務も捨てたものではありません。

しかし、それらは、都会の事務所に勤務する非メーカーのホワイトカラーの場合です。メーカーの場合はどうなのか? 最初に紹介した製鉄会社の場合はどうなのか?

 

それについては次号で報告いたします。


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【 執務空間 その2 ユビキタス化 】 [鉄鋼]

【 執務空間 その2 ユビキタス化 】

 

米国であれば、管理職なら個室を与えられるのが普通です。個室が与えられない一般職もL字型の広い机を与えられ、隣席とは間仕切りで区切られ、自分の空間が持て、そしてそれは十分に広いのです。欧州もおおむねそれに近い環境です。

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一方、日本では、狭い机が1つだけ、それも管理職以外は片袖(つまり引き出しが片方にしかない)机です。しかもその机の上にはパソコンが乗り、足元には書類のラックが置かれ、自分の机と言いながら、足を机の下に伸ばせない有様です。

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ノンテリトリアルオフィスが苦肉の策であるのは理解しますが、これ以上、事務所を狭くしてどうするのか?と、私は首を傾げました。

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しかし、時代は私の発想よりはるかに速く動いていました。事務所など要らないという考え方が、世の中を席捲しています。

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当時、新しい概念として注目されたのはユビキタス構想です。東大の坂村健教授などが提唱したもので、これはいつどこにいても、どんな環境でも、同じ情報が得られ、同じ業務を遂行し、同じ情報を発信できる・・という「どこでもオフィス」的発想です。その前提となるのは、インターネットと、ポータブルのデバイス(ノートパソコンやタブレット端末)、そして高速で大容量かつ安全な無線通信です。

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ノートブック(ラップトップPC)は、アラン・ケイが提唱したダイナブック構想(つまり、何時でもどこでも使えるコンピューター)を追及したものですが、単独ではダイナブック構想は実現せず、無線LANWi-FiBluetoothが必要でした。もちろんインターネットも前提です。

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日本の場合、本当にユビキタスが実現したのは、2010年頃ではないか?と思います。

そうなると、ホワイトカラーのサラリーマンは、本当に事務所が要らなくなりました。

以前から、全国を飛び回り、空港のラウンジを執務空間にして通信し、自分の会社には滅多にいない・・という経営者やビジネスマンはいましたが、少数派でした。

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しかし、今はごく普通のサラリーマンでも会社の事務所で仕事をする必要はありません。パソコンと電話(通信手段)さえあれば、どこでも可能なのです。

かつは、小規模事業者やベンチャー企業のものとされていたSOHO(Small Office, Home Office)が大企業でも採用される時代が来ます。

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外回りの営業マンは最初から会社の事務所にいる必要はありません。お客様への直行、直帰でいいのです。内勤の人達も、ユビキタスで在宅勤務が可能になります。おそらくホワイトカラーの業務の内、半分くらいは会社以外の場所でこなせるようになるでしょう。しかし、現実の日本ではそれほど勤務スタイルは変化していません。幾つかの問題があるからです。

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実は、ホワイトカラーの仕事の相当部分は、人と会ってコミュニケーションすることです。社外に出て、お客と商談することもありますし、社内の会議もあります。しかし、事務所がなくなったり狭くなれば、どこで会えばいいのか?となります。

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客先を訪問したら、相手の人もユビキタスで事務所におらず、会えないというのでも困ります。TV電話やTV会議があるじゃないか・・といっても、面と向かって話すのとは、得られる情報量に差があります。営業は、何といっても、顔を見せて、話を聞かなくては仕事にならないのです

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もうひとつ大事なことは、会社で仕事をする場合に必要な、仲間意識というか「一体感」の醸成です。男性も女性も仕事用のスーツを着て、同じ部屋で仕事をすることが大事なのです。上司は朝礼や会話を通じて部下の健康状態などを観察・把握します。そして人々は、職場の「空気」を感じながら、ある種の仲間意識を持って仕事を遂行します。

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「弱い存在は群れる」と以前のブログで申し上げましたが、日本のサラリーマンも弱い存在であり、仲間から外れることは不安であり、みんな一緒にいないとこわいのです。

だから、大雪で交通機関が麻痺するかも知れない日でも、社畜(大嫌いな言葉です)と揶揄されても皆さん出勤するのです。

https://rocketnews24.com/2018/01/22/1010202/

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なぜ、日本人のホワイトカラーの職場は個室でなくて大部屋なのか?という質問には、上記の事情が回答になります。

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でも時代は否応なしに動いています。従来の勤務形態がいいのか?従来のデスクワークが良いのか、見直しが必要です。 

ユビキタスの延長上には、在宅勤務やWork Life Balanceの変化が見通せます。

それについては、次号で報告いたします。

 


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【 執務空間 その1 】 [鉄鋼]

【 執務空間 その1 】

 

もう20年ほど前になりますが、当時の私の勤務先(今はもうない会社です)の東京本社が大手町から晴海に引っ越しました。

その際、営業部門の部屋が、ノンテリトリアルオフィスに変わりました。「何ですか?そのノンテリトリアル何とかってのは?」と訊くと、「つまり、皆さんが仕事をする場所をフリーアドレス化するのですよ。部屋の床は既にフリーアクセスフロアになっていますからね」との返事です。

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「頼みますから日本語で説明してください」

「あれぇ?オヒョウ君は英語が得意だったんじゃないですか?」とチクリと棘のある言葉です。

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ご承知の方も多いでしょうが、以下に簡単に解説します。

ノンテリトリアルオフィスというのは、働く人の個人机を無くし、長いテーブル状の机の任意の場所で仕事をするというものです。一人一人は個人用のキャスター付きキャビネット(机の袖の引き出しです)とノートパソコンを与えられ、朝出社したら、ゴロゴロとそのキャビネットと椅子を押して好きなところに持って行って仕事を始めます。従来なら机の引き出しや机上にあった書類はキャビネットの中です。

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逆に電話は、各個人に割り当てられ、当然ながらワイヤレス(当時はPHS)です。同僚への電話を取り次ぐ必要はありません。パソコンは、まだ無線LANWi-Fiが普及する前で、有線のLANでしたが、床のパネルの下をケーブルが通っていて、任意の場所でLANケーブルとAC電源ケーブルが取り出せる仕組みです(それがフリーアクセスフロア)。

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ノンテリトリアルオフィスの発想とそのメリットは、

1. 業務をする場所は、その内容と一緒に仕事をする相手に応じて、自在に変えられるべきだ。営業と技術、営業補佐等、パートナーと隣り合わせで仕事をすれば、効率が上がる。だから場所は自由の方がいい。

2. 個人が占有する空間がなくなれば、整理整頓が進む。また私物を置いたりして公私混同することもなくなる。

3. 人事異動やフォーメーション変更の際の引っ越し作業が簡単になる。

というものです。

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しかし、不思議な事に、長テーブルの形をした机の面積は人数分の半分しかありませんでした。社員が全員着席して事務仕事をしようとすると場所が足りなかったのです。その理由も幾つかあります。

1. 営業は本来お客様回りが主な業務であり、本社の事務所にいる時間は少ないはずだ。常時、スタッフの半分以上が、外出しているのなら、執務空間は半分あればいい。不在のスタッフの空いている机はもったいないから合理化する。

2. むしろ、営業はどんどん外へ行くべきで、事務所に居ることは勧められない。

というものです。

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そう言えば、聞こえはいいのですが、会社側の本当の意図を勘繰る人もいました。

・本当の目的は家賃の高い新築の本社ビルで、少しでも空間を少なくしたいのだよ。

・営業が事務所にいる時間は、稼いでいないのだから、皆が外回りに出るように、わざと事務所の居心地を悪くしているのだよ。

・ぎゅうぎゅう詰めのオフィスを体験させて、いかに人材が余っているかを納得してもらい、退職を促すというかリストラ促進効果を狙っているのさ。

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どうも、ネガティブな勘繰りばかりですが、当時、会社の業績は悪化し、せっかく新築の近代的なビルに引っ越しても、おめでたい雰囲気ではありませんし、実際、会社は大リストラを断行していました。

もっと言えば、それまで東京本社があったO手センタービルは当時最も家賃の高いオフィスビルでした。不敬なことにトイレで用を足しながら、皇居を眺め降ろす場所にあり、ライバル会社である日本鋼管(こちらもすでにありません)と同じ通りにありました。

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便利ではあるけれど、高い家賃、リストラを待つダブついたホワイトカラー達で、本社経費はなかなか減りません。爪に火を点す合理化を進めている製造現場からの怨嗟の声に対する回答が、ノンテリトリアルオフィスだったのです。

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しかし、私にはどうにも理解できませんでした。新しくなるのに、かえって居心地が悪くなるオフィスというのはありうるのだろうか?

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ここでちょっと飛躍しますが、事務所から工場に話を転じます。

産業心理学では有名な話ですが、「ホーソンプラントでの実験」という報告があります。

これは作業環境を快適にすれば、労働生産性も向上するという理論で、例えばBGMを流せば、生産性が向上したという実験結果があります。

この理論を元に、昭和の一時期、工場や事務所でBGMを流すのが流行りました。

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しかしこの報告には反論も多く、いたずらに快適にすれば、作業者がくつろぐだけで生産性は向上しない・・という意見もあります。

空調設備を完備したり、音楽を流すぐらいはいいかも知れませんが、作業場での飲食を認めたり、私物を置くというのは、確かに仕事に臨む緊張感を阻害するものです。

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しかし、生産性向上とは別の次元で、職場環境は改善されるべきだ・・という考えがあります。エアコンは当然ですし、その他も勤労者の権利として職場の改善は主張されるべきというものです。当時、IEの専門家は、これを「工場トイレの水洗化の理屈」と言いました。今ならさしずめ「洗浄便座の導入の理屈」でしょうか? 生産性の向上に寄与しない投資であっても、従業員の福利と社会の趨勢を考えれば行うべき投資だ・・というぐらいの意味です。

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日本では、景気の低迷や円高で、賃金上昇が抑えられ、逆にマイナスだった時代が続きました。賃金を上げることが無理だとしても、それに代わる職場環境の改善は勤労者の要求として自然なことだったのです。

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だから、私は事務所であれ、工場であれ、職場環境はどんどん改善されていくのが時代の流れだと理解していたのに、ノンテリトリアルオフィスは、全く逆行するように思えたのです。もともと、日本のオフィスは狭すぎます。

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私は、「日本の会社の事務所はもっとゆったりとした空間を確保すべきだ。でも本社が行っていることは、それに逆行する」と思いました。しかし、今になって考えると、私のその考えは間違っていたかも知れません。その後、時代はユビキタス化を志向し、情報を扱う業務に関しては、事務所の存在そのものが、意味を失っていったからです。

 

それについては、次号で申し上げます。


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【 DDH184 その3 】 [広島]

【 DDH184 その3 】

 

ヘリコプター搭載型護衛艦「かが」の見学では、最初に甲板下の大きな格納庫に入り、そこから、せり上がり式の大型エレベーターに乗って、甲板に上がります。太い4本の鋼索を油圧モーターが巻き取り、広い床が持ち上がると、見学者は驚きの声を上げます。誰だか知りませんが、中年の男性がサンダーバードのテーマ音楽を口ずさんだりします。

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「しかし、この広さではV22オスプレーの昇降には使えませんね?」と案内役の士官に尋ねると、彼はニコリとして「これはヘリコプターや重機用です。 オスプレーだけでなく、F35Bにも使えません」 

私は、「それにエレベーターが甲板の中央部にあるのは、まずいのでは? 火災を起こした航空機をすばやく海中に投棄するには、舷側にエレベーターがある方がいいと思います」と、生意気にも、ミッドウェイ海戦の記録を持ち出して、意見を言うと、彼は「そうです。実は大型のエレベーターは右側後方の舷側にあり、オスプレーやF35Bも使えます。後でご覧になるといいですが、今日は公開していないので、近寄ることはできません」

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私は、「するとF35Bを乗せる為に、後は、甲板を耐熱仕様にすることと、邪魔になるCIWSファランクスを移設するぐらいですか?でもエレベーターから見えた甲板下の構造を見るとカタパルトを設置する余裕はなさそうですね」

士官は「カタパルトの予定については聞いていませんが、確かにF35Bの運用は、小規模な改造で対応できます」

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そこで私は説明役の士官と別れたのですが、不思議に思える点は残ります。

本格的な空母にするには、収容できる機体の数を増やす必要がありますが、空間が足りません。それに離発艦を頻繁に行うには、エレベーターが1基では足りません。

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やはり、固定翼機が離発艦可能な艦というだけで、空母として運用するには非力すぎるのでは? でも本格的な正規空母を持っているのは、現時点では米国だけですし、日本に正規空母が必要とも思えません。

しかし、そこで思い出すのは英国とアルゼンチンが戦ったフォークランド紛争です。

1980年代、南大西洋の孤島であるフォークランド諸島(マルビナス諸島)の領有権を争って、両国が戦争をした訳ですが、結果は英国の一方的な勝利でした。

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もともと英国が占有していましたが、それを不当とするアルゼンチン軍が、同島を急襲して、一度は占領に成功したのですが、やがて駆けつけた英国軍によって奪還され、アルゼンチン軍は降伏したのです。

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英海軍には、小型で老朽化した空母2隻がありました。空母「インビンシブル」と「ハーミス」です。情けないほど貧弱な2隻ですが、その2隻と他の輸送艦にVTOL戦闘機シーハリヤーを積んで、おっとり刀で、フォークランドに向かったのです。

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アルゼンチンにも航空機を搭載し離発艦できる艦があることはあったのですが、機械の故障で動かなかったり、外洋を遊弋する英海軍の原子力潜水艦が怖くて、出撃できなかったのです。 実際、巡洋艦「ヘネラルベルグラーノ」は英潜水艦「コンカラー」によって撃沈されています。

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ハリヤー/シーハリヤーはVTOL(垂直離着陸)できることだけが取り柄で、速度も遅いし、燃費も航続距離も劣る戦闘機ですが、作戦空域の至近の位置から発艦できる点が有利です。

付近の艦艇からの情報の支援も得られます。

アルゼンチン軍のシュペールエタンダールやミラージュは、本国から長距離を飛行してやっと作戦空域に到達する訳で、作戦空域に滞在できる時間はごく短時間です。

地上からの支援も得られません。パイロットの疲労も無視できません。

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結果はほぼ一方的に英国のシーハリヤーの勝利でした。そしてその結果が、戦争の帰趨に影響したのは間違いありません。

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同じことは太平洋戦争でもありました。 日本海軍はミッドウェイ海戦、珊瑚海海戦、レイテ沖海戦などで、どんどん空母を失い、その結果、本来艦載機であるゼロ戦は地上の基地から出撃するようになりました。 幸か不幸か、ゼロ戦には長大な航続距離があり、遠隔地への攻撃を可能にしたのですが、パイロットの疲労や航法技術の問題もあり、犠牲は増える一方でした。 ゼロ戦が勝てなくなった理由は他にもありますが、やはり、艦載機は空母から出撃する方が効率的で強いのです。

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話を現代に戻します。

今、中国は尖閣諸島だけでなく、八重山群島の奪取も視野に入れて軍事作戦を準備しています。そして驚いたことにその作戦を口外して憚りません。

一方、専守防衛を前提とする海上自衛隊は一旦占領された後の離島奪還作戦を考えるしかありません。その際に、フォークランド諸島の奪回に成功した英国海軍のオンボロ空母「インビンシブル」と「ハーミス」の役割を考えます。

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DDH「かが」と「いずも」は、小型ですが、「インビンシブル」や「ハーミス」よりは強力な空母です。F35Bはシーハリヤーの後継機であり、海上自衛隊がいつかは欲しいと思っていた航空機です。 「かが」と「いずも」とF35Bの組み合わせは、「インビンシブル」「ハーミス」とシーハリヤーの組み合わせの、21世紀版です。

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当初、日本は新型戦闘機として航空自衛隊用のF35Aだけを考えていたとされます。そして既にF35Aは導入されつつあります。 F35Bについては、当初、予定に無かったのに、トランプ大統領が安倍首相を「米国製兵器をもっと購入しろ」と恫喝して、急遽調達が決まった・・とされます。

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しかし、それはどうでしょうか? 多分、国内外を欺くための、嘘というかパフォーマンスでしょう。自衛隊が離島奪還作戦を本格的に考え出したのは、尖閣諸島付近での中国偽装漁船の衝突事件あたりからです。そして(F35Bを念頭に置いた)「いずも」や「かが」の建造計画も早くから決まっていました。

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「本当はずっと前から、海上自衛隊はF35Bの運用を考えていたのではないですか?」そう質問しようとして振り返りましたが、先ほどの自衛官は、既に風のように消え去り、甲板の上には見当たりませんでした。


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【 DDH184 その2 】 [広島]

【 DDH184 その2 】

 

アジアで、指導者の発言が好戦的・・という点では、一番が北朝鮮、二番は中国です。でも一部のマスコミは、中国の指導者習近平国家主席のスピーチが、どれだけ好戦的であっても、どれだけ軍備拡大に積極的であっても問題にしません。中国を平和勢力だと思っています。私には理解困難ですが・・・。

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中国は海軍の近代化と増強を急速に進めています。新たな艦艇の就役数は年間で17隻(小型舟艇は除く)、から20隻ほどに増えつつあります。

https://www.excite.co.jp/News/chn_soc/20140109/Searchina_20140109091.html

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50556

これは海上自衛隊の10倍の速度です。

そして尖閣諸島の接続水域には新型のジャンカイ級のフリゲート艦が出現しています。これは中国で最新最強とされるフリゲート艦ですが、あれれ?主機はディーゼルエンジンで最高速度27ノットです。30ノットに届きません。

一世代前でもっと大型のソブレメンヌイ級駆逐艦は蒸気タービンで最高速度33.4ノットです。外燃機関である蒸気タービンは、ディーゼルやガスタービンに比べ、短時間で出力を上げることができませんが、それでも最高速度はそれなりにあります。

 

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なぜ新型のジャンカイ級では速度を落としたのか?なぜガスタービンを使用しないのか?

一つの理由は旧式で低速の空母「遼寧」を中心に艦隊編成するのに高速は要らない・・という考えかも知れません。でも最大の理由は高性能のガスタービンエンジンが作れないということでしょう。この国のガスタービンエンジンはロシア(旧ソ連)製の劣化コピーの域をなかなか出ません。

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しかし、ソブレメンヌイ級とジャンカイ級、それに空母「遼寧」という具合に、外燃機関の蒸気タービンと、内燃機関のディーゼルを混用するのは艦隊の運用面で問題があります。速度もバラバラで、エンジンもバラバラというのでは、統一感に欠けます。一つの艦隊で、重油と軽油の両方を燃料にするのでしょうか?それともA重油で統一するのでしょうか?それとも原子力艦に移行する過程なのでしょうか?

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いずれにしても、中国海軍は、艦艇は高速であるべきとか、艦隊を構成する船の速度は揃えるべき・・という方針が明確でないようです。

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もうひとつ、首をかしげるのは、韓国の軍艦です。

イージス艦「世宗大王」は日本のDDH「かが」などと同じガスタービンで最高速度は30ノットです。一方、日本の「おおすみ」に似た揚陸艦「独島」は、ディーゼル(ディーゼル電気推進)で最高速度は23ノットとこれも似ています。

オヒョウの推測ですが、これらの大型艦が韓国に必要な理由が分かりません。対北朝鮮なら、もっと小型の艦艇を揃える方が合理的です。

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日本の海上自衛隊の艦艇をうらやんで、同じものが欲しい・・という思いで建造したのではないか? そしてどう考えてもそれらの艦は、対北朝鮮用としては大袈裟です。「鶏頭を割くに焉んぞ牛刀を用いんや」と考えた時に、思い当たるのは、対日本用です。4隻の(ナンチャッテ)イージス艦と揚陸艦「独島」は日本を攻撃するための艦艇にしか思えません。韓国海軍は日本との戦争を念頭に置いているのか?いったいこの国は何を考えているのか?

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しかし、もっと理解できないのは、同国海軍の主流であるフリゲート艦です。最新型の仁川級フリゲート艦は、ガスタービンとディーゼルのハイブリッド型のエンジンを持ち、速度は30ノットと、一世代前のフリゲート艦蔚山級の34ノットより逆に低速になっています。ちょうど中国のジャンカイ級と似ています。でも護衛する低速の空母も無いのになぜ?

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面白いのは、蔚山級も仁川級も、ディーゼルエンジンとガスタービンエンジンの両方を用いたハイブリッド型だということです。ディーゼルとガスタービンにはそれぞれ長所と短所があり、併用する事で補完できる面はあります。ガスタービンは高速に適しており、ディーゼルは低速に適しています。しかし違うタイプのエンジンを一つの船に積んで使うのは、設備を複雑にするだけでなく、専門家も2種類必要です。

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海上自衛隊のように、2種類のガスタービンを組み合わせて使うか、韓国海軍のようにガスタービンとディーゼルの2種類を持つか、2通りの考えがあってもよいのですが、エンジンについて個々の要素技術の蓄積がない韓国が、欲張りして2種類のエンジンを持つ事が適当なのか? 理解できません。

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理解困難な、韓国海軍ですが、一応、主要な艦艇は30ノット以上出せることを前提にしています。統一感の乏しい韓国海軍ですが、一応米軍とのインターオペラビリティだけは考えているみたいです。

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各国海軍の艦艇の構成や建造計画をみれば、その国の考え方がある程度うかがえるのは、本稿の冒頭で申し上げた通りです。 でもそれを考えたら、「では日本は憲法九条のもと、専守防衛を旨とするのに、空母を持つというのは、おかしいではないか?」という、昔からある議論になります。

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しかし、私は「離島防衛を考えたら、空母保持は必ずしも専守防衛に矛盾しない」と考えます。 その根拠といえるのは、西側先進国同士が近代兵器を用いて戦った唯一の戦争とされるフォークランド紛争の記憶があるからです。

 

それについては、次号で申し上げます。


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