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【 日本人でよかった・・について考える 】 [政治]

【 日本人でよかった・・について考える 】

 

いささか旧聞ですが、神社本庁が作成したポスターが話題になっています。

微笑む若い女性の顔の横に「日本人でよかった」というコピーが付く不思議なポスターです。早速このポスターは、インターネット上で噛みつかれました。

即ち「日本人でよかった」というコピーは外国人に対して失礼ではないか?とか、日本や日本人を賛美することは、国粋主義や愛国主義に通じる訳でけしからん、とか、日本人という劣等民族であることをありがたがるとは不可解であるし、けしからん。という意見までありました。

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それに対して、自国を誇り、その国民であることに感謝するのは当然であり、何がいけないのか?とか、冷静にみて、諸外国の人より幸福に暮らせる環境を保障されているのは明らか・・という反論もでました。

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さらにはポスターに登場する微笑む女性が、実は中国人であることが分かり、さらに論争を広げています。

http://www.huffingtonpost.jp/2017/05/10/jinjahoncho_n_16526916.html

面白いのは、「日本人でよかった」と思う、その根拠が示されていないことです。その理由を、ポスターを観た人に考えさせる訳ですが、人々が不思議に思い、それぞれに考えれば、このポスターは印象に残ります。議論がおこり話題になれば宣伝効果が倍増します。まんまと作戦に成功したコピーライターの笑う顔が目に浮かびます。

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そもそも、なぜ神社本庁がこのポスターを作成したのか?

神道は確かに日本固有の宗教です。「日本人でよかった」と考えるのは、生活に神道が関わる場面かも知れません。 即ち、神社にお参りしたり神棚にお祈りしたりする時かも知れません。いろいろな事を祈願するために、神社に行き、成就した時にはお礼参りに行きます。初詣、お祭り、結婚式、七五三、楽しい思い出やおめでたい出来事は、しばしば村の鎮守の神様の森の中にありました。なぜか、悲しいお葬式は仏教寺院なのに、おめでたい事や楽しいことは神社なのです。

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しかし、「日本人でよかった」という言葉は、宗教行事を離れて、いろいろなことを考えさせます。 第一番には、この言葉に反発し、不愉快に思う一部の人達の存在です。 外国人ならともかく、日本人でこの言葉に反発する人がいるのは奇妙ですが、確かに一定数います。 

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例えば・・・

作家の大江健三郎は、自分が朝鮮人でないことを嘆き、朝鮮人は北朝鮮に帰れるのに、日本人の自分にはそれができない・・と悔しがっています。 

べ平連の小田実も奇妙なことを言っていました。 米国の走狗である日本より外国、特に北朝鮮の方がずっとすばらしいと言っていました。

筑紫哲也も日本が嫌いで、「我が国」という言い方を嫌い、日本のことを敢えて「この国」と呼ぶことに拘りました。 客観性を保つというより、日本を他国として、上から目線で批判したかったようです。

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彼ら以外でも、本田勝一など、一部の左派系の論客は、常に日本を貶し、日本人であることを恥じていました。 彼らは本当に日本が嫌いで、日本を貶めることで自分が日本人以外の何者かになれると考えていたようです。彼らから見れば、日本人であることを誇りに思ったり、感謝したりする人々は右翼・・ということになりそうです。

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別の観点から日本を礼賛することを不快に思う人もいます。元経営者の宋文洲は、最近マスコミに日本を褒め称える記事や番組が多いことを嘆いています。

彼の表現では「気持ち悪い」記事となります。 客観的にみて、日本に優れた技術や文化があるなら、それを紹介し、讃えるのは自然ですが、日本人が日本のことを自画自賛するのでは、謙虚さに欠け、そこで進歩が止まってしまう・・という懸念もあります。

イロハガルタにも「天狗は芸の行き止まり」とあります。確かにそうです。

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しかし、外国を眺めると、自画自賛する国のオンパレードです。 中国韓国も自分達が誇れること、他国に優ることを探しては、マスコミで大きく報道しています。

韓国人がお国自慢して、優越感に浸ることを、インターネット用語では「ホルホルする」と言いますが、その行為を日本人は、苦笑いして眺めています。 「夜郎自大」という言葉がある中国も、しばしば他国と自分の国を比べ、中国の優れた点を取り上げて、優越感に浸り、「中国が一番」と・・・自己満足しています。

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あの北朝鮮ですら、そこに暮らす人々は「偉大なる首領様が率いる我が共和国が一番すばらしい」と考えているようです・・・(本当かね?)。

それらに比べれば、日本の自画自賛はかわいいものです。それでも最近、日本の良さをことさらに紹介する報道が増えているのだとすれば、何か理由がありそうです。

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それは多分、多くの日本人が元気と自信をなくしているから、元気づけてあげなければ・・・という思いがあるからでしょう。

長期にわたる景気の低迷、大地震などの災害、少子高齢化や経済の縮小で明るさがあまり見えない将来展望・・等で自信喪失しているなら、「日本にはまだこんなにいい点がある。自信を持て。元気を出せ」というメッセージが、自画自賛番組に含まれているのだ・・と私は思います。

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それはともかく、権力を批判することこそマスコミの本分と考える、左派系のマスコミは、日本を褒め称える風潮が不愉快のようです。報道だけでなく、芸能界の歌詞にも噛みついたりします。 かつて村下孝蔵が「この国に生まれてよかった」という曲を出した時も無視と抹殺を図りました。

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では今後、どうするべきか? 私は日本が優れている点があるなら、それを紹介する事に問題ないと考えます。また日本人であることに誇りを持ち、日本に生まれてよかったと思うことにも問題はないと考えます。ちょうど他国の人たちが自分達の祖国を“まほろば”と思うように。

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しかしそれが他国に対する変な優越感をもたらすものであればナンセンスです。 またそれが、日本を訪れる外国人や日本に暮らす外国籍の人を侮辱するものだったり、不快感を与えるものであれば、これも問題です。例え、国内向けだけの発信だとしても、昔と違い、今の日本には、多くの外国人が暮らし、滞在しています。

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ではどうすればいいのか?

難しいところですが、ドイツの例が参考になります。ドイツ人というよりドイツ民族はとりわけ選民思想が強く、ドイツ民族こそ一番と考えています。それが極端に走ったのがナチスドイツということになりますが、第二次大戦後は他民族との融和・和解をモットーに掲げています。 ドイツの国歌の2番には「世界に冠たる我がドイツ」という歌詞が登場しますが、外国人の前では遠慮して、2番の歌詞を飛ばして歌います。日本と日本人も、その感覚を持つべきでしょう。 自分に誇りを持つ一方で、謙虚に外国をうやまい尊重する態度を身につけ、そして何より、中国や韓国のように外国と自国を比較して優劣を付けたがるつまらない発想から解放されれば、最高です。

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日本がそういう国になれば、初めて「日本人でよかった」と言えるのですが・・・、あれっ? この結論は少し矛盾しています。 

ひたすら困惑するばかりですが、なんだかポスターのコピーライターの笑い声が聞こえるようです。


【 Smart Contact 】 [医学]

【 Smart Contact 】

 

世はなべてスマート時代です。ここでいうスマートとは「賢い」とか「判断できる」とか「情報処理できる」というぐらいの意味です。本来、情報処理機能を持たない単なる道具にマイコンなどが取りつけられると、“賢い機械”という意味でスマート何とかという名称に切り替わるのは、ご承知の通りです。単なる携帯電話にコンピューターに近い機能が付与されるとスマートホンになりますし、時計に簡易的なパソコンの機能を付ければスマートウォッチです。それ以外にもスマート何とかと付く道具はたくさんあります。

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そういえば、最近の家電製品は賢くなったおかげか、いろいろしゃべったり警告音をだしたりします。「お風呂が沸きました」とか「ご飯が炊けました」とか、「録画を予約しました」とかうるさいほどです。なんでもアメリカには、扉を開けると「食べ過ぎです。太りますよ」と警告してくれる冷蔵庫があるとか? 本当ですかね?本当ならちょっと欲しいな・・いや、やっぱり要りません。

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建設機械も流行りのIoTを具体化したスマートコンストラクションとかで、ブルドーザーにコンピューターが付き、しかも人工衛星を介して、司令部と連絡し、自動で作業する仕組みができたそうです。地形はドローンが測定し、図面通りの掘削作業を機械が自分で行うのです。ブルドーザーとはもともと、機械化で牛が不要になり居眠りする・・・という意味ですが、スマートコンストラクションでは、人間が不要になります。

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コマツでそれを開発したK君は私の高校の同級生ですが、「コンピューター付きのブルドーザーさ」と説明するのを聞くと、「やっぱり、そのブルドーザーは新潟弁のダミ声でしゃべるのかな?」と考えてしまうのは、私が昭和男だからです。

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しかしまあ、建設機械などはどうでもいいのです。もっと身近な、身体に装着できるセンサーとテレメーター(通信装置)の方が私達には重要です。

実は身に着ける衣服や医療器具もどんどんスマートになっていきます。最近ではコンタクトレンズにマイクロチップを仕組み、健康診断してくれる、スマートコンタクトが登場しました。

http://www.dm-net.co.jp/calendar/2014/022169.php

http://www.dm-net.co.jp/calendar/2014/021249.php

涙を分析して、含まれる糖度を測定して報告するというものですが、素人の私には不可解です。実は私も工作機械の切削液濃度を調べるために糖度計を利用したことがありますが、それは液体の屈折率を利用したものです。コンタクトレンズにそんなカラクリを付けることはできませんし、一体どんな方法で糖度を測定するのか? それに涙には塩分も含まれ、複合的な水溶液です。どうやって糖度情報を抽出するのか?気になります。

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体に装着する測定装置のポイントは、センサー、テレメーター、バッテリーの3つをいかに小型化できるか?です。後者の2つはなんどかなるでしょうが、センサーをどう工夫しているのか?おおいに興味があります。

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もう一つ考えるのは、涙を分析するなら糖分以外にも測るべきことがあるだろう・・ということです。プロポーズを受けた喜びの涙と、別れを告げられた別離の涙では成分や温度は違うのか? 武器として使う時の女性の涙は、本当の泣き顔の涙と成分が違うのか? チャップリンの映画で観客が流す涙は、どんな味なのか? スマートコンタクトで分析して欲しいところです。

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超小型センサーが使えるなら、眼圧を測定し緑内障の防止や治療に応用できないか?と思っていたら、やはりありました。米国ミシガン大学は、超小型の眼圧測定コンピューターを体内にいれ、連続的に眼圧を測定して緑内障を診断する技術を開発しました。

https://www.eecs.umich.edu/eecs/about/articles/2015/Worlds-Smallest-Computer-Michigan-Micro-Mote.html

ミシガン大学は、この超小型のコンピューターというかセンサーをM3と呼んでいますが、時代はもう「ミクロの決死圏」です。

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そういえばミシガン大学は、かつて自動車の安全工学の分野で世界をリードしていました。Cadaver(実験用の死体)を用いた自動車の衝突試験は日本ではできないもので、ミシガン大学の研究成果に人々は注目していました。その頃からミシガン大学は医学部と工学部の連携が密だったのですが、今はマイクロマシンの世界で、それを実現させているようです。

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身に着けるセンサーの発達は、それ以外にもあります。

先日、私の次男が仙台ハーフマラソンに参加したのですが、鹿嶋にいる私の家内が、パソコンの画面を見ながら応援しています。どういうことか?と訊くと、靴に装着したGPSから位置情報が送られ、どの選手が今どこを走っているかを、リアルタイムに地図上で把握できるというのです。家内はその情報をパソコンで確認しており、もう少しで中継カメラの前に差し掛かると言います。果たして中継カメラの画像をパソコンに映すと、黙々と走る息子が画面に現れました。

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「へえー大変な時代になったものだ」と昭和人の私は驚嘆します。やがてトイレの便器に座れば、体重だけでなくもろもろの健康状態が調べられ、警報や注意報が出されるかも知れません。 はては、線虫のセンサーが尿に反応してガンの診断もしてくれるかも知れません。 靴や服には当然のようにGPSが付き、どこでどう道草をしたかが、全て知られてしまうことになるかも知れません。

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便利で嬉しい反面、気安く外出もできませんし、落ち着いてトイレで座ることもできません。 私の場合、私よりずっと賢いTOTOの便器がこう言うかもしれません。

「コノ体重ハ重スギマス。便器ハ人工知能デ“スマート”ダケド、アナタハチットモ“スマート”デハナイ」。


【 移民 難民 ダンケルク 】 [フランス]

【 移民 難民 ダンケルク 】

 

最近、世界中で自国第一主義を掲げる政治家が人気を集めています。米国のトランプ大統領はその筆頭ですし、EU離脱を進める英国のメイ首相、落選しましたがフランス大統領選のルペン候補もその一人です。

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一国の元首や首相が自国と自国民のことを第一番に考えるのは、ある意味当然ですが、その結果の、保護貿易主義の台頭や、移民・難民拒否の広がりは憂慮すべきことです。ここで留意すべきは何等かの理由で母国にとどまれず、仕方なく外国へ逃れる難民と、自由意志で新天地を目指す移民では立場が違い、分けて考える必要があることです。

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難民受け入れ拒否が、最近、欧米の国民に支持される理由は様々にありますが、私はこう考えます。自分達が難民になった経験の無い国の人は、難民に冷淡なのではないか?

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米国は一部のネイティブアメリカンを除いて、全ての人が移民を先祖に持つ国ですが、難民も幾らか受け入れています。ベトナム戦争などの結果、インドシナ半島からの難民を受け入れています。またロシア革命の後、相当数の白系ロシア人を受け入れています。一方、アメリカ人が難民になって外国に逃れた例は殆どないはずです。ベトナム戦争当時、徴兵拒否でカナダに逃れた人はいますが、それを難民とは認めていません。

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一方、英国やフランスも、難民を国外に送り出した例はありません。英国もフランスも新大陸に多くの移民を送り出していますが、難民を送り出した経験は殆どないはずです。しかし、フランスについては、一時期、難民が発生しそうになりました。

それは第二次世界大戦で、フランスがナチスドイツに侵攻された時です。

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映画「カサブランカ」では、ドイツに占領されたフランスのビシー政権を逃れて、米国への脱出を試みた人達がカサブランカに集まっている・・という舞台設定でした。彼らは難民でしたが、これは映画のフィクションの世界です。

そして実際には、多くのフランス人が外国へ脱出しようとして果たせませんでした。それはダンケルクでの苦い記憶として残っています。

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製鉄会社アルセロール・ミッタルは北フランスのダンケルクに大きな一貫製鉄所を持っています。満潮と干潮の差が大きい、日本でいえば有明海のような海岸に臨海製鉄所を設けるのは難しく、岸壁の船は水門の中に入る形です。

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私がこの製鉄所を訪問した時、有名なダンケルクの戦い・・というよりダンケルクの脱出劇の話がでました。英国では「ダンカークの脱出」と呼ばれるこの事件を、名誉ある誇るべき成功例としてとらえています。日本でいえば、ちょうどアリューシャン列島のキスカ島からの奇跡の脱出みたいなもので、迫りくる敵を前に勇敢に行動し撤退に成功した美談なのです。

しかし、フランス人にその話をすると、複雑な表情をします。彼らは言います。

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「我々にとってダンケルクの脱出は、取り残された屈辱の歴史の日ですよ。オヒョウさんは、フランス人も英国に脱出したというが、一体幾人が英国に渡れたというのかね?英国に脱出できたのは、ドゴール将軍など軍や政府の一部の要人・幹部だけで、一般のフランス人は海岸に取り残されたのですよ。ドイツ軍が目の前に迫っていたのに」

「英国は英国軍将兵だけを自国に連れ帰り、フランス人を置き去りにしたのです。だから我々にとっては不愉快な記憶なのです」

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海を挟んで英国側とフランス側で、こうも評価が分かれるのは珍しいことです。これ以外で、私が実際の会話で経験したものとしては、ロンドンとパリを結ぶ特急ユーロスターの英国側ターミナル駅がウォータールー駅(ベルギーの発音ではワーテルロー)になった時の評価ぐらいです(ロンドンのターミナル駅はその後変更になりました)。

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先日、TVを見ていたらNHK-BSのドラマ「刑事フォイル」で、そのダンケルクの脱出劇が背景となる回がありました。面白いと思うのは、英国側でもこれを単なる美談とはせず、苦い記憶とする考え方があることです。英国がこのダンケルクで払った代償も大きく、フランス人が「自分達だけ逃げ帰った」と誹謗するのはあたらないのです。

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問題は、もしダンケルクで一般のフランス人も英国に脱出していたらどうなったか?です。

英国内に大量のフランス人難民が発生していたはずです。戦時下で窮乏生活を強いられていた英国で、かなり肩身の狭い思いをしたでしょう。そして彼らは戦後、フランスに戻り、難民の立場を理解するフランス人になったかも知れません。でもそうはなりませんでした。

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話はかわりますが、昔見た映画で、ドーバー海峡を挟んだ英国(ドーバー)とフランス(カレー)の漁師の友情を描いたコメディがありました。ドイツ軍の占領で、やむなくフランスの漁師が英国の漁師の家に間借りするのですが、二人はことごとく衝突します。例えば朝食の飲み物で、フランス人はコーヒーを希望しますが、英国人は紅茶を希望します。でもぶつかってばかりなのに、やがて奇妙な友情が芽生えるという話です。

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考えてみれば、コーヒーと紅茶の問題ならまだましです。

今、中東やアフリカからヨーロッパに殺到する難民は、宗教・文化・価値観がヨーロッパのそれと全く違います。それが難民受け入れを困難にします。特に宗教が絡むと、「郷に入れば郷に従え」とばかりに、ヨーロッパの生活習慣に合わせろ・・とも言いにくくなります。

受け入れる側も態度を硬化させ、フランスでは女子生徒のスカーフ着用を法律で禁止したりしています。

http://www.diplo.jp/articles04/0402.html

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日本ではあまり議論されませんが、今世紀の世界では、難民問題が特に大きな問題になる見込みです。 欧米で自国第一主義がクローズアップされ始めたのは、この問題の深刻化を敏感に感じ取っているからにほかなりません。

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難民に寛容なドイツや北欧諸国と、難民に非寛容な英国・フランス等の対立は、今後さらに際立ってくるはずで、最悪の場合、EUを維持できなくなります。もしヨーロッパの分裂を避けたければ、難民拒否側の意見にまとめる必要があります。しかし、その場合は、ヨーロッパ自体が世界で孤立する懸念もあります。

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実は日本も難民を出したことはありません。(秀吉の時代のキリシタン弾圧でマカオに逃げたキリスト教徒の難民を除けば)。一方難民を受け入れたことはあります。それは朝鮮戦争の際、戦火を逃れて半島から日本に来た人たちで、多くの“在日”の方達のルーツです。その多くは日本にとどまり、日本社会を構成する重要な一員になっています。しかし、日本政府は彼らへの対処が非常にまずかったのです。 人権問題、差別意識、多くの点で日本の政策は後手に回り、社会に禍根を残しました。私はその理由の一つは、かつて日本から難民を国外に出したことが無く、政府が難民の立場を理解できなかったことだと思います。

だから欧米社会の難民問題に日本はアドバイスする資格がないのです。

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今また、朝鮮半島の情勢は不安定です。文大統領の登場で勃発は遠のいたとする観測もありますが、第二次朝鮮戦争の可能性は残っています。 もし戦争が始まれば対馬海峡がダンケルクになります。日本中の船を釜山に向かわせ、数万人いる在留邦人を救出する必要があります。それだけでなく、避難を求める韓国人を日本に移送する必要があります。日本は英国と違い、自国民だけを救出する国ではないのです。

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それだけではありません。北朝鮮側からも日本を目指す難民が大勢来るでしょう。

http://www.asahi.com/articles/ASK5F3PTHK5FUTFK001.html?iref=comtop_8_06

でも、難民の扱いは難しいでしょうね。前回と同じ失敗をする訳にはいきません。

日本という国と日本社会が試されます。

さしあたり、韓国や北朝鮮からの難民を迎えた場合、飲み物はコーヒーと紅茶のどちらを出せばいいのでしょうか・・と、古い映画のことをまた思い出します。


【 平昌オリンピックの憂鬱 その2 】 [政治]

【 平昌オリンピックの憂鬱 その2 】

 

オリンピックを平和の祭典と考えるのは、戦後70年間、戦火に見舞われず、戦争を身近に感じなかった日本人だけかも知れません。むしろ、オリンピックは、醜く理不尽な戦争を覆い隠し、見えなくするためのカムフラージュだと考える人もいます。

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民族の祭典と言われたベルリンオリンピックは、国威発揚に用いられましたが、オリンピックと並行して、ナチスは着々と侵略の準備を進め、同時にユダヤ人への迫害を強化していました。

同じドイツのミュンヘンオリンピックでは、平和なイベントなど欺瞞だ・・と主張するアラブゲリラが選手村を襲いイスラエル選手団の多くの男子選手が亡くなりました。

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オリンピック期間中はかろうじて、平和を維持できたものの、オリンピック終了後に数々の矛盾が噴き出し、戦争になってしまった例もあります。 当時ユーゴスラビアだったサラエボは、冬季オリンピックを開いた後にボスニアヘルツェゴビナの内戦に巻き込まれ、終結までに多くの血が流されました。もともと。セルビア正教、イスラム教、カトリックなど、複数の宗教が混在し、反目しあっていたユーゴスラビアというバルカン半島の火薬庫は、チトー大統領という一大梟雄の存在でかろうじてひとつにまとまっていました。彼の死後、分裂と内乱は時間の問題だったのですが、なんとかサラエボオリンピックまでは騒乱を抑えていたのです。今サラエボのオリンピック会場の跡には多くの弾痕があるとのことです。 

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では韓国の場合はどうか?

前回の1988年のソウルオリンピックの前には、大韓航空機爆破事件というテロ事件が起こっています。韓国のオリンピックを失敗させたい北朝鮮が、韓国がテロのある恐ろしい国だと証明することで、参加国が辞退するよう働きかけたテロだ・・とのことです。(本当かね?)

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今回、北朝鮮にスキーリゾートまで作った金正恩が、冬季オリンピックに何等かの干渉をしてくる可能性は多分にあります。日韓共同主催のサッカーのワールドカップでは、北朝鮮でも試合を開催させろ・・と横車を押してきました。もちろん実現しませんでしたが、日本の左派系というより親北朝鮮のマスコミにはその要求を受け入れるべきだ・・とする意見もありました。

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今回、北朝鮮から何等かの要求があった場合、韓国の対応は予測できませんが、従北派の文大統領なら、北朝鮮との共同開催は無理としても、北朝鮮選手団の受け入れ、もしくは韓国との合同選手団の結成を提案するでしょう。

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しかし北朝鮮から核兵器とミサイルで脅されている米国がそれを受け入れるとは思えません。国連の制裁決議を再三破り、勧告と警告を無視する北朝鮮を参加させる訳にはいかない・・ということです。北朝鮮側も、日本海に航空母艦を浮かべて恫喝(と北朝鮮は思っている)する米国に参加資格なし・・と主張するかも知れません。

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韓国は難しい調整を求められます。オリンピックを開催するということは一種の踏み絵を踏まされることなのです。

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韓国と北朝鮮の緊張関係は日本のオリンピックにも影響を与えます。20世紀のオリンピック大会で最も成功したものの一つとされた、1964年の東京大会では、北朝鮮チームも参加する予定でした。しかし、日韓の国交が回復し、日韓基本条約(1965年)が締結される見通しの中で、金日成は、不倶戴天の敵である南朝鮮(韓国)と一緒に参加する訳にはいかない・・として、選手団は羽田空港から引き返してしまったのです。

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実は東京オリンピックは南北離散家族の面会の機会でもあったのですが、実現しませんでした。 悲劇は1972年の札幌オリンピックでも繰り返されます。北朝鮮のスピードスケートの選手 ハン・ピルファ嬢は、札幌で生き別れの兄に面会するはずでしたが、政治的な理由で兄妹の面会はかないませんでした。

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今回の、北朝鮮とその他の国々との緊張状態は、熱い戦争には発展しないかも知れませんが、オリンピックには必ず影を落とします。それはピョンチャンだけでなく、2020年の東京オリンピックにも続くでしょう。

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「オリンピックなんてまやかしだ。平和の祭典なんて欺瞞だ」というテロリストの考えには絶対に与したくないオヒョウですが、前回の東京オリンピック以降、すっと続く外交・政治問題の影響を考えると、「人間は半世紀経っても進歩しないものなのだな」と思ってしまいます。

                                             以上


【平昌オリンピックの憂鬱 その1】 [雑学]

【 平昌オリンピックの憂鬱 その1 

 

5月に入り、ウィンタースポーツは今季のシーズンを終えて一段落です。浅田真央、村上佳菜子ら一世代を築いた選手たちの引退は寂しい限りですが、残りの選手は一年後の平昌オリンピックを見据えて準備に余念がありません。スピードスケート、フィギュアスケート、スキーのノルディック種目など、メダルが期待される選手たちは、すでに世界のトップレベルの成績をあげていますが、それに満足せず、さらに一年後に向けて調整を進めています。来年のオリンピックこそが本番であり、今年の大会はその前哨戦ということでしょうか。

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しかし、韓国で開かれる初めての冬季オリンピックには少し不安があります。以前、このブログで取り上げた、雪が降らないとか、設備の建設が遅れている・・という問題ではありません。それらの技術的問題については、今年のプレ五輪的な大会で、かなりの問題が解決したことが分かりました。

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私が心配するのは、韓国の政治的な問題です。朴槿恵大統領が罷免されたのは仕方ないとして、その後の大統領が誰になるかが気がかりです。左派系の文候補と中道の安候補、洪候補の戦いとなる見込みですが、誰が勝っても、圧倒的な支持を得ることはできません。国論は二分され、全ての政策で多くの反対派が足を引っ張る状況下での国政運営となります。

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分裂する国論を統一するのに都合がいいのは国外にある共通の敵です。つまり反日を徹底すればいいのです。文候補も安候補も、他の候補者たちも反日の姿勢を隠そうとしません。他者に対する恨み・つらみ・・ネガティブな感情を、ひたすら声高に語るのは自分を貶めることにつながる・・というのは日本人の発想です。韓国には、むしろそれを語らないことが自尊心を傷つけることになるという倒錯した発想があります。

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国論が割れた時、あるいは不都合な問題が生じて国民の目をそらしたい時、韓国のリーダーは反日を道具に使います。歴代の政権は、政権末期になって指導力が衰えた時に、反日をカンフル剤として用いましたが、朴槿恵前大統領は、政権の早い時期から反日をフル活用しました。外遊すれば、相手国との諸課題を協議するより先に、70年以上前の日本の悪口をとうとうと語る告げ口外交に終始し、相手国を呆れさせます。さすがにアメリカが圧力をかけて、日本と和解し、反日をトーンダウンさせた直後に彼女は弾劾されて大統領の座を追われ、訴追されました。韓国の人々は、反日が足りなかったから失敗したのだ・・と思うかも知れません。

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そういう訳で、文候補が当選しても安候補が当選しても、或いは洪候補が当選しても反日活動まっしぐら・・の行動を取るのは明らかです。既に合意した国家間の約束や、ウィーン条約など眼中に無く、場合によっては1965年の日韓基本条約さえ、ひっくり返そうとするかも知れません。その中でピョンチャンオリンピックが開かれるだとすれば、憂鬱なことです。

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国家間の政治問題や政治的スローガンをオリンピックに持ち込むのはオリンピック精神に反しますが、逆に韓国の人は、スポーツの国際大会は政治的主張をするいい機会だと考えます。

過去の国際試合では、野球で勝利した韓国チームはマウンドに国旗を立てて、相手国を侮辱しました。日韓のサッカーの試合では観客席に「東日本大震災をお祝いします」という大きな横断幕が登場しました。

http://blog.livedoor.jp/janews/archives/6111284.html

セレッソ大阪は抗議しましたが、試合を続行しました。私が監督だったら、その瞬間に選手を引き上げ、試合を放棄します。震災の犠牲者のことを考えれば、そのまま試合を続行することは私には無理です。

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無論、韓国人全員がそんな破廉恥漢という訳ではありません。しかし、少なくともしばらくの間、周囲の観客も主催者も警備員もその横断幕を放置し、幕を掲げる人たちを制止しませんでした。つまりスタジアムの韓国人全員がその横断幕を許容していた訳で、全員が共犯です。露骨で下品な形で反日感情を表すことを是としたのです。

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ピョンチャンオリンピックは、ルールよりも、マナーよりも、過去の約束事よりも、現在の感情を優先する人々が催すオリンピックです。何がおこるか分かりません。

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慰安婦問題で日本政府と最終的かつ不可逆的な決着をした朴政権は、少女像を撤去できませんでしたが、それが不適切な存在であることは、対外的には認めました。しかし次の文大統領または安大統領は、最初から少女像の存在を肯定するでしょう。それどころか、数を増やし、オリンピックの聖火台の横に設置するかも知れません。さらにその隣に徴用工の像も立てるかも知れません。開会式の入場行進では、熊本地震を祝福する横断幕が飾られるかも知れません。しかも民間人がそれをするのを見て見ぬ振りをするのではなく、国家が認めてそれを行うかも知れません。何とも憂鬱なことです。

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全てのスポーツの試合で、アウェイでの戦いは不利になります。審判までも影響され、ボクシングではホームタウンデシジョンなんて言葉もあります。しかし、韓国の場合、審判への干渉・懐柔・恫喝の度が過ぎます。過去のソウルオリンピックでも、日韓共催のサッカーワールドカップでも、この問題は(日本以外では)報道されましたが、ピョンチャンオリンピックでは、審判の採点で決まる競技が多く、特に憂慮されます。

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その中で試合に臨まねばならない日本選手は大変でしょう。キムヨナとの比較で、(韓国とフジテレビに)不当に貶された浅田真央選手が、オリンピックの前に引退を表明したのは、賢明な判断だったかも知れません。

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しかし、韓国政府と韓国国民によるマナーに反する反日行動は、このオリンピックの問題の一部に過ぎません。本当の問題については次号で触れます。

 

以下 次号


【 深川散策 その2 鹿嶋の芭蕉 】 [俳句]

【 深川散策 その2 鹿嶋の芭蕉 】

 

私は、芭蕉の俳諧にはあまり興味がありません。 しかし、彼が鹿島を訪問した時の作品、「鹿島紀行」に少し興味があります。 深川の松尾芭蕉記念館にその資料があるかどうか、少し気になり、私は川崎のご隠居に誘われ、芭蕉記念館に入りました。

http://www.amy.hi-ho.ne.jp/akirachan/basyou.htm

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話が飛躍しますが、2020年の東京オリンピックで、サッカーの試合の一部が、茨城県鹿嶋で行われる可能性がでてきました。

http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2015/05/15/kiji/K20150515010356120.html

鹿嶋の人々には、サッカーのワールドカップ以来の「おもてなし」の機会となる訳です。

それに対して、鹿嶋のような地方の小都市(失礼)に、ちゃんと「おもてなし」できるのか?という声もありましょうが、心配は無用です。

鹿島には、遠来のお客を歓迎する「おもてなし」の精神が、300年以上前からあるのです。一体なんの事かと言えば、松尾芭蕉の紀行文 「鹿島紀行」に登場するエピソードのことです。

http://www.bashouan.com/Database/Kikou/Kashimakikou.htm

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この「鹿島紀行」には、鹿島の根本時(こんぽんじ)が登場します。臨済宗妙心寺派の古刹ですが、近くの鹿島神宮に比べると実に地味で目立たない存在です(再び、失礼)。私には的確にこのお寺を紹介する筆力はありませんので、他人様のブログを引用させて頂きます。

http://mahoranokaze.com/blog-entry-1170.html

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この寺の仏頂禅師は芭蕉の古くからの友人で、芭蕉は彼を訪ねて鹿島に足を運んだ訳です。その目的は、名月を観ること・・・ですが、それだけではありません。

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根本寺は鹿島神宮と長らく裁判沙汰の争いをしていました。鹿島神宮の知行は佐竹氏から寄進されたものですが、その中から毎年100石ずつ、根本寺に渡すようにという安堵の約束だったのに、それがないがしろにされていたのです。そこで、住職である仏頂禅師はしばしば江戸に赴き、裁判に訴えた訳ですが、その時、松尾芭蕉と親交ができました。 やがて裁判は決着し、根本寺の勝ちとなりました。 芭蕉は、そのお祝いと慰労のために鹿島を訪問し、根本寺に泊まったのです。

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芭蕉は、現代でいえば、京成の成田スカイアクセス線のルートを通って、やがて鹿島に到着しました。しかし、名月を楽しみに来たのに、あいにく雲が出て月は見えません。やがて疲れた芭蕉は床につき、寝てしまいました。 そして真夜中に彼は起こされます。 仏頂禅師は、芭蕉のために夜通し起きていて、雲が切れて月が顔を出すのを待っていたのです。そして雲が切れた瞬間に、芭蕉を起こして、彼に名月を見せたのです。

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ごちそうや美酒をふるまう訳でもなく、歌舞音曲を奏でる訳でもなく、面白い話題で歓談する訳でもなく、しかしそれでも心から相手をもてなすことはできます。相手を「おもてなし」で感動させることはできます。 鹿島の宵の仏頂禅師がその例です。

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自己(subject)と客体(object)の関係を追究することは、禅の重要なテーマだそうですが、詳しいことは私には分かりません。 妙心寺派の仏頂禅師がどういう考えを持っていたかもよく分かりません。 しかし、禅と密接な関係がある懐石料理や茶の湯の世界では、主のお客への思いやりが、非常に重要です。そして300年以上前の鹿島の禅寺で、本当の「おもてなし」が行われたことは事実でしょう。

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芭蕉資料館には、芭蕉と仏頂禅師の友情に関する資料がありました。

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しかし、そこには奇妙なことが書かれています。 「やがて二人は師弟以上の関係に発展した」と書いてあるのです。

一体、男同士でどういう関係になったのか? 刎頸の友になったということか?よく分かりません。川崎のご隠居も首を傾げています。

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一人は禅僧、一人は俳諧師ですから、当然相互に教え合う関係が想像できます。片方が座禅を教え、片方が俳句を教えたのかも知れません。しかし、仏頂禅師の俳句は残っていません。あまり上達しなかったのか・・・?

話は飛躍しますが、夏目漱石は、円覚寺で座禅を学び、親友正岡子規からは俳句を学んでいます。そして漱石の俳句もたくさん残っています。しかし、仏頂禅師の俳句は残っていないのです。

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そこで代わりに、オヒョウが駄句を一句。

 

月三更 ばせをの朝の あくびかな

 

うーむ、下手くそです。 本来、朝の眠気は春の季語です。 禅の上達は無理としても、俳句をもう少し上手にできないものか? そしてお客をもてなす精神を身に着けられないものか? と、オヒョウは仏頂面で考えます。


【 深川散策 その1 】 [雑学]

3月に転職してからしばらく、覚えることがあまりに多く、てんてこ舞いでブログを書く時間もありませんでした。しかし4月も下旬になり、頻度は大幅に下がりますが、ブログを更新しようと思います。お読みいただければ幸いです。

 

【 深川散策 その1 】

 

422日、川崎のご隠居を誘って深川を散歩しました。目的は大道芸人が集まる深川美楽市を観ることです。

birakuiti.jpg

欧米では普通に街の広場で見かける大道芸人が日本にはあまりいません。 フーテンの寅さんが演じる啖呵売(タンカバイ)や、小沢昭一が研究していた日本の大道芸は、欧米のそれとはかなり違います。ピエロやパントマイムなどの路上のパフォーマンスが見られる深川美楽市は貴重な機会です。

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そして、もうひとつは、囲碁クラブの井場先生が参加する「踊る碁会所」という奇怪なパフォーマンスも見たかったのです。碁を打ちながら踊りをする不思議なパフォーマンスです。しかし、川崎のご隠居は「深川に行くなら深川江戸資料館に行こうよ」と言います。

そこで、我々は美楽市に行く前に、その資料館に行くことにしました。

https://www.city.koto.lg.jp/spot/shiryokan.html


この資料館は屋内に江戸時代の深川の庶民の住居を再現した博物館です。

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専門家が見れば、同じ江戸の下町でも、深川と神田など、地域によって違うのでしょうが、私にはその違いが分かりません。昔の長屋や土蔵、船宿などを眺めているとガイドさんと目が合いました。そのガイドさんから詳しい説明を聞くと、実に細部にこだわった本格的な展示です。江戸時代の長屋の実物は残っていない訳ですが、どこまで実物に近づけるか・・がポイントです。釘もよく見れば現代の釘ではなく、昔の製鉄法で作った和釘です。 深川だから船着き場があり、わざわざ猪牙船(チョキ船)を船大工に作らせて展示しています。長屋の部屋の調度類も、住人の職業や家族構成で変えてあります。実に凝っています。

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長唄のお師匠さんなのか、どこかの旦那の囲い者なのか、女性の一人暮らしの部屋もあります。そういう人の部屋なら、もう少し艶っぽくてもいいのに・・などと考えますが、ガイドさんの説明では、江戸時代、女性の一人暮らしというのは、生計を立てるのが大変だったとのこと。その長屋の屋根の上では猫が日向ぼっこしています。

ガイドさんの説明では、「ただの猫のぬいぐるみでは芸が無いので、ニャーと鳴かせようということになりました。リモコン操作でニャーと鳴くロボットにするために150万円かかりました」とのこと。

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「すると、あれはネコ型ロボットなのですね? お腹にはポケットがあって、「タケコプター」だの「どこでもドア」だのが出てくるのですか?」と尋ねるのは、愚かしいので止めましたが、ニャーと鳴く猫のために150万円ねぇ・・。

展示施設の学芸員をガンだと、のたまった政治家がいましたが、私は学芸員がガンだとは思いません。しかし、猫の模型に150万円をかける自治体(この場合は江戸川区)の感覚には、抵抗を感じます。

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同じロボットなら、長屋の住民のロボットを作って展示すればいいのに・・・・。 漁師、大工、蕎麦屋、行商人でそれぞれ衣装も違います。 生活の様子を表現することもできます。例えば赤ちゃんのいる家庭なら、母親が赤ちゃんに添い寝するロボットの展示をして、父親が帰ってくれば、「添い寝して、棚に鰯がござりやす」という川柳を表現したり、庭にタライがあるのだから、女性が行水をつかう様子をロボットで再現し、それを観客が塀の隙間から眺められる・・という展示もできます。

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まあ、後の方はかなり問題がありそうですが、せっかくのロボットなのに猫とは・・。

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江戸深川資料館を出た後、我々は美楽市をぶらぶらと歩いて、ビールを飲み、ソーセージをかじりながら、パフォーマンスを眺めました。井場先生は子供相手に九路盤で囲碁を教えています。 

odoru gokaisyo.jpg

その隣では指導将棋をしていますが、先生役の人が二歩を指しています。和やかというか真剣みの無い将棋教室です。

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その後、私は古本を3冊買い、イベント会場を離れ、二人で「深川めし」のお昼ごはんを取りました。 川崎のご隠居は「松尾芭蕉記念館」も近くだから、行ってみよう」と提案します。芭蕉も江戸では深川に暮らしていたのです。

お腹が膨れ、獺祭で少し酔った私達は、大川近くの松尾芭蕉記念館に向かって歩き出しました。

 

以下 次号


【 「ためしてガッテン!」と情報リテラシー 】 [雑学]

【 「ためしてガッテン!」と情報リテラシー 】

 

NHKの人気番組「ためしてガッテン!」で紹介した医学情報に問題があるとして、ネットの一部で炎上したそうです。 週刊誌にもこの問題に触れたものがあります。

 

睡眠薬で血糖値が下がる・・という情報を紹介したのですが、医学的根拠がはなはだ怪しく専門家から疑問を呈され、一般視聴者からも指弾されているようです。

http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/nhk%E3%80%8C%E3%82%AC%E3%83%83%E3%83%86%E3%83%B3%E3%80%8D%E3%81%A7%E8%B5%B7%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%86%E3%83%B3%E3%81%AA%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%81%AE%E9%A1%9B%E6%9C%AB/ar-AAnZFVO?li=BBfTjut&ocid=spartandhp#page=2

しかし、考えてみればこの番組、以前から問題がたくさんありました。ただNHKの権威と視聴者からの強い支持で、番組批判は封じられてきたようです。

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一例を挙げれば、前にもこのブログで触れましたが、血液をサラサラにするという健康法の紹介です。立川志の輔は、血液をサラサラにする・・という考え方を、世に紹介したのは、この番組が最初だ・・と自慢していましたが、これはどうなのでしょうか?

番組では模型を使って、血液の粘度が下がれば体にとって具合がいい・・と説明していましたが、そんな乱暴な説明を一般の視聴者に対して行っていいのか?という疑問があります。

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人は水を飲めば体内の水分が増え、血液の粘度は低下します。逆に汗をかけば体内の水分が減り、血液の粘度は上がります。日常的に血液の粘度は変化しているとも言えます。血液が最もサラサラな状態とはつまり水ですが、それは貧血の極致です。血液には健康状態を維持するのに適した粘度があり、がむしゃらに粘度を下げればいいというものではありませんし、医師以外が勝手に判断するのは危険です。

それに粘度という物理量を議論するには、何等かの数値が目安として示される必要があります。 粘性係数であればポアズ、動粘性係数であればストークスといった単位で示されなければ客観的な情報ではありません。 そしてそれらの物理量は温度で変化します。実際問題、血液サラサラといっても簡単ではありませんし、それを感覚的に表現して理解したように錯覚させることははなはだ危険です。

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本当に血液をサラサラにする必要がある、脳梗塞などを患った患者さんには、医師が血液を固まりにくくする、然るべき薬を処方します。

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今回の、睡眠薬で血糖値を下げ糖尿病を予防するという暴論も、専門家が判断すべき部分に素人が踏み込んだ・・という点に問題がありそうです。もちろん医師の誰かが監修しているのでしょうが、医師だってたくさんいる訳で、玉石混交です。 睡眠薬で糖尿病を予防できるという医師は本物の医師(石)なのか?

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以前のブログにも紹介しましたが、合点(ガッテン)というのは、納得する意味で、その動作は、首を縦に振るものです。狂言に登場する動作では、両手を胸の前で水平に組み、首を縦に振ります。拳骨で掌を叩いてガッテンとするのは亜流であり正確ではありません。 以前、その点をNKに投書したところ、一度、その動作を前面に出さなくなりましたが、いつのまにか元に戻ってしまいました。

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NHKの人気番組の最大の問題は、長期間続くと、ネタ切れもあって質が低下することです。昔の人気番組「プロジェクトX」がその代表で、最初の頃は優れた内容だったのに、竜頭蛇尾型の典型で、最後は「やらせ」と「ねつ造」のスキャンダルで、打ち切りとなりました。

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そして権力が必ず腐敗するのと同じように、NHKの長寿番組は必ず独善化します。視聴者などからの意見を聞かなくなります。「ためしてガッテン!」は、奇をてらう内容を追及しすぎた結果、専門家の常識からの乖離が生じているのかも知れません。

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その次の問題は、この番組の位置づけです。 バラエティ番組または娯楽番組と教養番組の中間にある曖昧さが問題です。本来、まともな教養番組なら、三流の落語家に司会をさせたり、ド素人の女性アナウンサーに説明をさせたりはしません。 Eテレで、しかるべき学者や研究者に解説させ、新学説についてはエビデンスも紹介します。 それが教養番組です。それを敢えてしないのは、素人に親しみやすい構成を狙うというよりも、怪しいトンデモ学説をあたかも真実のように語るインチキ番組だからなのか? それならBSの民放に流れる、インチキ健康サプリメントCMと同じです。

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小野文恵アナウンサーは、自分が門外漢なのに、あたかも専門家のように説明しなければならない訳で、そのプレッシャーを思うと少し気の毒になります。 それくらいなら、多少話し方が下手でも専門の研究者を呼んできて解説させればいいのに・・と思います。ちょうど「ドクターG」のように。

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もっとも、オヒョウの兄のように「そういうけど、小野アナウンサーは東大出だぜ、お前より、よほど教養があるし、頭もいいに違いない。だから彼女の説明を信用すべきだ」という人もいます。 確かに彼女が優秀なのは事実でしょうが、全ての分野に精通したスーパーウーマンとも思えません。 東大出だからということで無条件に信用してしまう、そういう権威に弱い人が、無批判に「ためしてガッテン!」を信用してしまうのだろうなぁ・・・と思います。権威に弱い人は情報弱者でもあり、情報リテラシーに問題があるのだろうなぁ。

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そして、聞き手としてゲストのタレントを並べて、理解度を確認させるような番組構成も少し引っかかります。 志の輔が「お分かりいただけましたでしょうか?」と念を押すと、ゲストがハンマーを叩いてガッテンする訳ですが、どうにも押しつけがましく思えます。

なんだか自分で考えることを否定して、丸暗記を強いる受験予備校の授業のようです。

本当の理解とは生徒が自分で考え、思考を反芻して獲得できるものです。先生から「分かりましたね?」と念を押されてする理解は偽物だと私は思います。

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それにしても立川志の輔・・・、今は落語家というよりバラエティ番組の司会者です。落語家を廃業してタレントに転向した人物の先駆けは桂小金治です。小金治は視聴者である庶民の側に立って、ワイドショーで怒りそして泣き、人気をはくしましたが、落語家としては、そこで終わってしまいました。志の輔は小金治ほどの覚悟はないのか、落語家も続けていますが、師匠の談志には遠く及ばないレベルです。

中途半端な落語に加え、彼は、最近は文化人を気取り、果ては富山県出身者の代表のような顔をしていますが、それはあんまりです。私は同世代の富山県人の中にもっと富山を代表しうる人をたくさん知っています。

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そもそも、落語家が和服を脱いで洋服に着替えてTVカメラの前に立つ場合、その立場はアマチュアです。その立場を理解せずに番組を仕切り、怪しげな学説を視聴者に教える・・・というのでは、泉下の談志師匠も呆れるでしょう。 志の輔は、今からでも遅くないから落語家一筋に回帰した方がよいのではないか?

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談志がどう言うかは分かりませんが、私ならこう言います。

「志の輔師匠、この番組の問題点を認め、ガッテンしていただけましたでしょうか?」


【 地下にあるもの 】 [政治]

【 地下にあるもの 】

 

大阪の学校法人に国有地を払い下げたものの、その土地にゴミが多く埋まっていたことから、そのべらぼうな撤去費用を国が負担する事になり、不適切な国有地売却として大きなスキャンダルに発展しています。実際、埋設ゴミの撤去に8億円もかかるとは信じられません。森友学園なるものが怪しげな存在であることは論を待たず、不当な安値での国有地売却は追及すべき問題です。しかし、私は全く別のことを考えます。

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元は沼地だった土地の地中から膨大なゴミが出てくる様子を見ていると、大阪市民はその沼をゴミ捨て場にしていたのだな・・と分かります。 大阪人はあの有様を見て恥ずかしいと感じないのだろうか・・・。 公共の場を汚し、汚物を無責任に放擲するのは、本来の美意識からは遠い行動です。

それにしても、同じゴミ捨て場でも、有史以前のゴミ捨て場は貝塚として珍重され研究対象となるのに、現代のゴミ捨て場はひたすら醜いばかりです。

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同じように、地下汚染が問題となるのは、東京豊洲の市場移転先です。 小池都知事は、土壌汚染を発見して、鬼の首を取ったがごとく、得意満面で昔の知事の非を追及していますが、疑問も多くあります。 冷凍マグロを地面に直接置く訳ではあるまいし、地面から多少のベンゼンが検出されても、食品には影響ないのではないか?と素朴に思います。 それに豊洲がだめで現在の築地がいいのか?と言えば、それも怪しいところです。 築地は環境調査を徹底する前に建設した設備ですから、地中に何があるか、わかったものではありません。

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そしてこの問題を追及する朝日新聞こそ、築地の本社の地下を汚している可能性があります。 インクの有機物質も問題ですし、何といっても新聞社といえば鉛汚染です。 もっとも今の時代、新聞印刷と鉛にどういう関係があるか知らない方も多いでしょうが・・・。

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豊洲がいいのか築地の方がいいのか、それとも両方だめなのか、よくわかりませんが、時間だけは経過します。大騒ぎで移転が遅れる分、関係者の負担は膨らみ、都民の負担も増大します。小池氏はその点にはひたすら無頓着です。

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豊洲の東京ガスの工場跡地だけでなく、残念ながら、日本の場合、工場の跡地にはなにがしかの汚染物質があると考えた方がよさそうです。 化学工場でなくても、機械の洗浄には、トリクロロエタンやトリクロロエチレンを使います。そして六価クロムやPCB、石綿のような極端な有害物質でなくても、化学物質であれば今は問題視されます。

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私の知る、ある鋼管製造会社も市川の工場跡地を道路公団に売却した後、汚染物質が発見され、裁判に訴えられ、莫大な賠償金を払わされました。高速道路の下の土地に多少の有機溶剤が染みていても問題なかろうに・・という理屈は通りません。

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工場だけではありません。ドライクリーニングの店からはテトラクロロエチレンが発生しますし、ゴルフ場の除草剤も地下水を汚染します。 困ったことに、人が社会生活を営めば、土壌汚染と地下水汚染は自動的に発生し、しかも汚染源の特定が難しいのです。 その昔、有吉佐和子が指摘した「複合汚染」は、今も文字通り、地下で進行しています。 工場や工場跡地での汚染に対しては、マスコミも厳しく糾弾しますが、市井の人々の暮らしに関連した汚染や自分たちに都合の悪い汚染は無視します。

前述のクリーニング店のテトラクロロエチレンや新聞社の鉛公害がその例ですし、マスコミは自分たちが遊ぶゴルフ場についても、あまり追及しません。

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私の鹿島の家は20年以上井戸水を使っていましたが、化学物質が検出されて飲用不適となり、仕方なく水道水に切り替えました。 近隣のゴルフ場が関係している可能性がありますが、断定もできません。

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地下が汚いのは、工業化が進み、近代化した日本だけの事情であり、外国はそうではない・・・とナイーブに考える人もいるようですが、そうではありません。 中国の土壌・地下水の汚染は、日本人の想像をはるかに超えています。

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ではアフリカやアジアの途上国はどうか? 途上国は汚染されていない・・と考えたかどうか分かりませんが、昔日本の民放が募金して途上国に井戸を掘って、飲料水や生活用水を確保してあげるという奇妙なキャンペーンを行いました。よかれと思って行った善意の行動でしたが、落とし穴がありました。 

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実はユーラシア大陸とアフリカ大陸には、地下の浅い位置にヒ素が集積・濃縮した地層が広範囲に存在します。 浅い井戸を掘って、飲料水や生活用水、灌漑用水を提供した場合、途上国の多くの人がヒ素中毒になる可能性があるのです。「アフリカに井戸を!」という思い付きで始めたキャンペーンは、健康上の大問題を指摘され、ヒ素かに、いや、密かに幕を閉じました。

実は豊洲のベンゼンよりも、アジア・アフリカのヒ素の方が、遥かに大きな問題です。

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本当は、むやみに地下のものを暴くべきではないのかも知れません。日本だけでなく、世界中に、見たくないもの、見せたくないものを地中に埋める考え方があります。中国では衝突した新幹線車両の残骸を地中に埋めようとしましたし、日本では大地震などの天災の後の瓦礫を埋めます。 今、恋人たちが語らう横浜港の山下公園は、関東大震災の瓦礫を埋めたその上に造られています。 東日本大震災も満6年が経過し、悲惨な風景は姿を消し、瓦礫は地中に埋まっているはずです。

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悲惨なものを地中に覆い隠し、その上に地上の平和な風景を演出すべきだ・・という意見がありますが、一方で地中の埋設物に神秘さを感じることもあります。

中国の蒲松齢が編纂した「聊斎志異」には多くの奇談・怪談が登場しますが、その中に

「西域の砂漠には実は龍が埋めてある。誰でも行って勝手に掘り出して好きなだけその肉を食らっていいが、決して口外してはならぬ。そのことを話せば、命を失う」と男が語る逸話があります。

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口外すれば死ぬというのに、どうしてその男はそれを知っているのか?あるいはどうしてそれを語るのか?という論理矛盾はともかく、この話を読んだ時、これは面白いと私は思いました。

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それというのは、中国では恐竜の化石発掘のブームが起き、ゴビ砂漠はチラノザウルスなどの白亜紀恐竜化石のメッカになっていたからです。

聊斎志異に登場する龍が恐竜と同じかは不明ですが、想像の動物である龍が、恐竜の化石からイメージされてできたとする説に、ひとつの手がかりを与えます。 中国の人は大昔からゴビ砂漠に恐竜の化石があることを知っていたのでしょうか?

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地中に埋めたものの神秘さという点では、「満開の桜の下には死体が埋めてある」というゾッとする表現で桜の美しさを讃えた梶井基次郎でしょう。 

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荒唐無稽な表現ですが、オヒョウの知己で、梶井のこのユニークな表現を否定的に言う人はいません。皆が認めています。無論、本当に死体が埋まっていると考える人はいませんが・・・・。

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まもなく、桜前線は本州で北上を開始し、来月には大震災のあった東北にも到達します。津波の被災地にも桜が咲くでしょう。震災後6年では、新しく植えられた桜は大木にはなっていませんが、ささやかな花でも桜が咲けば、ありがたいものです。

しかし桜が咲いても、その地下に死体が眠っているなどとは、絶対に考えたくありません。 津波の被災者で、いまだ行方不明の方は2000人を超えるのですが・・・。


【 シトラス・アイランド その2 】 [広島]

【 シトラス・アイランド その2 】

 

前述の通り、近年の果物の品種改良は、めざましい早さですが、柑橘類の場合、基本的に、より甘く、より大粒にすることを競っているようです。その方が客に好まれ、より多く売れるからです。

夏ミカンなどは、少しでも甘い品種が登場すると、以前のすっぱい果実は見向きもされなくなります。ミカン山では商品価値の無くなった、夏ミカンが、フットボールとして遊ばれ、野生のイノシシの餌になっているそうです。

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一部はブリなどの養殖魚の餌になります。夏ミカンを食べたブリは商品価値が高まるのだとか!果物を食べて育つ魚がいるのか・・・。その内、マスクメロンを食べて育ったハマチなんてものが、登場するかも知れません。

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果物が甘いのは悪いことではありませんが、ひたすら甘さを競うのが、本当にいいことなのでしょうか? 昔のリンゴにはさわやかな酸味があって、リンゴならではの風合いがありましたが、最近のリンゴは酸味よりも甘味です。ひたすら甘いばかりでちょっと詰まりません。

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ただ甘いと言っても、証拠が無いじゃないか・・ということで最近は糖度計なるものを用いて、甘さを定量化して表示しています。私が行くスーパーでは、多くの果物で糖度が数値で表示されています。学力テストじゃあるまいし、なんでもかんでも数字で示すというのは、ちょっと抵抗があります。

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世の中はビッグデータ解析の時代だそうで、全ての現象、特質を数値化して解析し、マクロ的な現象を解明しようという試みが流行っています。しかし、全てを数値化できるのか、そして数値化することの是非はどうなのか? と考えてしまいます。 糖度を競い合い、その内に××農園のミカンは偏差値70、東大でも合格OKの甘さ!なんて宣伝文句が登場するかも知れません。 そんなのは、私は嫌です。

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柑橘類の特徴は甘さだけではありません。品種によって違いますが、さわやかな香り、思わず唾が出そうな酸味も特徴です。

 

街をゆき 子供の傍を通る時、蜜柑の香せり 冬がまた来る

 

というのは木下利玄の歌ですが、これはリンゴなどの他の果物では成立しない歌です。

おそらく、今よりもずっと酸っぱく、小粒で薫り高いミカンを食べていた頃の歌です。

「柑橘類はやはり香りが大事だ」と思った私は、「はるみ」と「ポンカン」を買い求めました。

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あいにく朝市の時間ではなく、名物の「みかん大福」も売っていません。

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通りすがりの人に訊くと、大芝島以外では、西條の町か因島に行かないとないだろう・・とのことで諦めました。 もともとハッサクなどを大福餅に入れて、売り出したのは因島らしく、大芝島はそのパクリだそうです。 しかし、もとをただせば因島の大福餅もイチゴ大福にヒントを得たものです。 だから、みかん大福をオリジナルと言い張るのも難しいところです。

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それはともかく、みかん大福を食べられないのも少し残念です。そして、前述の晩柑祭りにどんな柑橘類が登場するかも、興味がありますが、残念ながら見ることはできません。 34日は、既に広島にはおりません。 晩柑祭りの1週間前に、広島県呉市を去ります。

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ぼんやりとみかんのことを考えながら、改めて当地でやり残したことの多さに気づきます。前にも同じ感覚になったことがあるけれど、広島での時間はあまりに短かったな・・と 思います。

 

そこで、ちょっと駄句で恥ずかしいのですが・・・

 

行く人の 晩柑の香を 語らざる


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