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【 渭城の朝雨 】 [中国]

【 渭城の朝雨 】

 

西安の空港から市内へ向かう途中で、高速道路は渭河を渡ります。

広い川幅の割には水量の少ない、ステップ気候の平原の川です。

そして川を渡る度に、私は、有名な王維の漢詩を思い出します。

 

送元二使安西  (元二の安西に使するを送る)

  渭城朝雨浥軽塵 渭城(いじょう)の朝雨(ちょうう)軽塵(けいじん)をうるおし
  客舎青青柳色新 客舎青々(かくしゃせいせい)柳色(りゅうしょく)新たなり
  勧君更尽一杯酒 君に勧む更に尽くせ一杯の酒
  西出陽関無故人 西のかた陽関(ようかん)を出ずれば故人なからん 

 

日本の詩吟なら、最後の「故人なからん」を何度も印象深く繰り返す訳で、これは日本人に親しまれている漢詩のベストテンには必ず入る詩です。

特に今回は、王維の故郷である山西省太原から移動してきていることもあり、感慨がある・・・・というほどでもありません。

・・・・・・

おそらく、ご自身は西安も太原も来られた事がないであろう、漢文の高瀬先生は、授業で説明されました。

西域に向けて出発する旅人を送って、長安の友人は隣の宿駅である渭城までは同行し、そこで別れを惜しんだのである。

・・・・・・

蛇足ですが、現代中国語では城とは城ではなく都市や街の意味です。しかし、考えてみれば、中国には城壁都市が数多くあり、城=都市でもあったのです。だから渭城も防衛基地であり、かつ宿場町だったのかも知れません。

渭河はその渭城の方角から流れてきているのです。

西の方陽関を出すれば・・といいますが、その先には宝鶏の町があり、そこには住友金属の子会社の製管工場があります。 そしてそこの総経理は、最近までオヒョウの旧友でした。 陽関を出ても故人(友人・知己)がいない訳ではない・・などと詰まらぬ事を考えます。

・・・・・・

そして西安を出発する日、彼の地には珍しく雨が降っていて、黄砂に汚れた街が綺麗になっています。 少なくとも大河ドラマの「平清盛」よりはずっと鮮やかです。

まさに「渭城の朝雨軽塵をうるおし、客舎青々柳色新たなり」だな・・とのん気な事を言いながら、空港へ向かいました。 しかし、そこにハプニングが待っていたのです。

・・・・・・

いやな予感はしていたのです。 普段はすぐに発行されるE-チケットが西安=北京間だけは着信していなかったのです。 こんな事は初めてですが、同僚のTさんに訊くと、「予約してあるならパスポートさえ見せれば、搭乗券は発券されますよ」とこちらものん気です。 そのTさんは急用で東京の本社に呼び出され、一足先にこの街を離れています。 残された私と某製鉄会社の技師であるMさんは、翌朝、仕事の話をしながら、空港へ着きました。 二人でカウンターに行き、ではこの続きは出発ロビーで・・と言って別れました。

・・・・・・

Mさんはすぐに発券され、ゲートの方に消えましたが、私は・・、

チェックインカウンターで「あなたの航空券はありません」と突然言われたのです。

中国で暮らしていると、こちらが落胆する言葉・・というのがたくさんあります。

不行、不可以、不能、不好、不要・・という言葉を言われると、特に若い女性に言われると、はなはだがっかりするのですが、没有(メイヨウ=ありません)という言葉も、落胆させる言葉です。

「你的飛机票没有」(あなたの航空券はありません)という言葉は、実の所、落胆というより私を狼狽させるものでした。

・・・・・・

何らかの私のミスですが、ではどうすればいいのか?

私が尋ねると、美しいけれど、極めて無愛想な窓口の女性は、反対側の発券カウンターを指さし、「予約の有無はともかく、切符を買い直してください。 それで搭乗手続きができます 」との事です。

「 それで間に合いますが? 」 「 まだ少し空席がありますから・・・ 」

・・・・・・

私は急いで反対側のカウンターに行って「10:20発の北京行きを1枚」と頼みました。

カウンターの女性は、カチャカチャと端末を操作し「1250元です」。

「人民元の現金は無い。クレジットカードで払えるか?」 と尋ねます。

ここで、私は見栄をはって、ちょっとした嘘を言いました。

正確には、私は人民元だけでなく、日本円ユーロ米ドルも無かったのです。

つまり、お金は何も無い・・・だいたい普段の私はそうなのですが・・・。

・・・・・・

彼女は「中国の連銀カードならOKです」と、クレジットカードのロゴを指さします。

ああ、しかし、VISAMASTERも、JCBも使えないのです。

「何とか、日本のクレジットカードは使えないのですか?」と焦って尋ねる私に、彼女は

「不行」の一言です。「連銀カード以外で航空券を買うなら、現金でお支払いください。」

・・・・・・

ああ、どうしよう。 このままでは飛行機は出発してしまう。

そこで思い出しました。私のCITI Bankの口座は預金額はちょっとだけれど、世界中の支店で下ろせたはずだ・・・。

「あの・・・この辺りに花旗銀行はないですかね?」

花旗銀行とはCITI Bankのことです。

今度の返事は「没有!」です。 空港に無いだけでなく、市街にも無いとの事。

どうせ、市街にあったとしても、市街に戻る時間などありません。

「 しまった、ここは沿海部の北京でも上海でもない。 大都市とはいえ、内陸の西安だったのだ・・ 」

・・・・・・

もはや「不行」も「没有」も聞きたくない私は、「誰か英語を話せないのか?」と英語で尋ねました。 

そう言えば、日航の123便が墜落した時、極度に焦った状況でなお、英語で話そうとする操縦士に対して、管制官が「日本語OK」と言っていました。 この空港でも誰か日本語で話してくれないものか・・。

・・・・・・

そうだ、日本の本社に電話して、今からチケットを取って貰って、発券してもらおう。

私は携帯電話で東京に電話しました。

 

以下、次号


【 アイスワイン その2 】

【 アイスワイン その2 】

デュッセルの免税店で購入した、厳重に封印されたビニール袋を抱えて私は飛行機に乗り、朝のパリ シャルルドゴール空港に着きました。乗り換え時間は十分にありますが、日本航空のカウンターがある第三ターミナルは遠いのです。 そこまで歩いていきます。 預入荷物は東京まで預けっ放しですから、ぶら下げたワインはそのまま手に下げるしかありません。

・・・・・・

そう言えば、随分昔だけれど、シカゴのオヘア空港も、ロンドンのヒースロー空港も、日本の航空会社は端っこのターミナルの一番奥のゲートだったなぁ。 シカゴの時は、日本が第二次大戦の敗戦国だから、端っこのターミナルなのかな?と思ったけれど、そうではなくて、アジア便はどれも邪険にされていたみたい・・。

・・・・・・

ヒースロー空港も、アジア各国からの便が集まる第三ターミナルは、ちょっと雰囲気が違います。乗客も出迎えの人も、中東風の民族衣装を着て、不思議な言葉を話していました。 パリのこの空港も似ています。第三ターミナルには、東洋の雰囲気があふれています。 昔と違うのは中国人旅行者の数がとても増えたことです。

・・・・・・

そんな事を考えながら、歩いていて、困った事に気づきました。 ワインの重みでビニール袋が破れそうになってきたのです。既に手に掛ける部分はクリープ現象を起こして伸びきっています。もうじき破れそうです。もし破れてしまえば、中身も含めて放棄するしかない・・免税店の店員の戒めを思い出して、私は焦りました。

・・・・・・

やっと、通関と手荷物検査の関門にたどり着きました。

ご承知の方も多いでしょうが、最近は、行列の両側にビニール袋が置いてあり、そこから先へは持ち込めない、ライターやペットボトルがたくさん投げ込まれています。

俗に言う、百円ライターの墓場です。

列の前方に並ぶ少女が、母親にせかされて、ペットボトルのジュースを慌てて飲んでいます。でも飲みきれずに、ボトルの中に半分ほどを残したまま、ポリ袋に投げ込まれました。

・・・・・・

ご承知の通り、一定以上の容積の液体は機内に持ち込めないのです。

まあ、ペットボトルのジュースなら捨ててもいいけれど、ここでアイスワインを捨てるはめになっては・・・何のためにここまで持ってきたのか分からない。何とかここを通過しなくては・・。

・・・・・・

やがて、私の番が近づくと、かなり前から私の手荷物に目を付けていた係官は、目で合図して、こちらへ来るように言い、離れた特別のカウンターに行くよう指示します。

私の鞄やノートパソコンは、そこに置いたままです。

・・・・・・

そこには、サルコジ大統領をかなり若くしたようなニヤけた係官がいて、私のパスポートを眺め、そして破れかかった免税品店のポリ袋を眺めます。

そして非常に分かりやすい英語で私に尋問します。

「 あなたは日本人かね? 今日はどこから来たの? 」

「 これは何? どこでこれを買ったの? 他の人から預かったのではないね? 」

・・・・・・

これはアイスワインで、デュッセルドルフの空港の免税店で買い、荷物を預けた後だったから持ち歩いているのだ・・と答えると、満足そうに大きく頷き、

「 なぜアイスワインを買ったのですか? 」

余計なお世話だ・・と思いながら、ここで変に突っかかって、相手の係官の機嫌を損ね、大切なワインを没収されてはたまりません。 ここはよどみなく答える方が怪しまれずに済む・・と思い、とっさに答えました。

「 これは ファーザーインローへのお土産だ 」

彼は怪訝な顔をし、「 なぜ義理の父親にお土産を買うのですか?」

「 それはつまり・・、ドイツ人はおめでたいことがあると、お祝いにアイスワインを飲む。 義理の父は、そのドイツの流儀を気に入っていて、おめでたいことがあると、これを飲むのだ 」

「 では、そのおめでたいこととは? 」

「 ・・・・・ 」

私は頭の中で、近い将来に予想されるおめでたいことを考えました。

義父の米寿、次男の大学進学、次男の成人・・・、長男の大学院進学や就職、どれもすぐではありません。かなり先です。 そして私自身のおめでたいことなど・・・当分は、いや、この先ずっとないな・・・と気づきました。

何もお祝いすることのない日々が当分続くのだな・・・と気づいて私は、

「 すぐには無いね。 でもそれで セ・シ・ボンなのさ 」と答えました。

・・・・・・

若い係官は、ちょっと驚いた様子を見せ、そして笑顔になり、

OK、ドモアリガトゴザイマス」と言って、私を通しました。

私は「メルシーボクゥー」と答えて鞄とノートパソコンを取りにもどりました。

・・・・・・

その後、初夏の日差しが差し込む空港のロビーで、私は背中を丸め、「お祝い用のワインなど買うべきではなかったのかな?」と、ちょっと思いました。 そして一方で寝不足の頭の中では、なぜか天才バカボンの、「これでいいのだ~」という歌詞が繰り返し流れていました。


【 アイスワイン 】

【 アイスワイン 】

帰りの飛行機は朝720分にデュッセルドルフ空港を出発します。

夜明け前にまだ眠っているドルトムントの街を出発し、空港に着くと、免税店の多くはまだ開いていません。

・・・・・・

やあ困ったな・・。 実は会社の女子社員に「何かお土産の希望は?」と尋ねた時に、「ドイツだったらfielerのタオルかな?」と言われていたのです。

デュッセルドルフにはカイザーシュトラーセという繁華街があり、ドイツの高級品はたいてい買えるのですが、今回の出張では、買い物をする時間的余裕は全くありませんでした。 最後に期待したのは空港の免税店でしたが、それも開店前では仕方ありません。

・・・・・・

そもそも、デュッセルドルフ空港にはいろいろと問題があります。

その昔・・20数年間前には、日本人駐在員泣かせの空港でした。

日本からの直行便があったのですが、それは深夜の午前3時頃に到着します。

日本からの出張者を迎えに行く駐在員は深夜の空港へ行く訳ですが、時差ボケで目が冴えている出張者に、眠たい駐在員が付き合う訳です。

それだけならともかく、飛行機が予定より早く到着し、出迎えの人が深夜の空港に行ったら既に出張者はおらずホテルに行った後だった・・なんてこともあったそうです。

・・・・・・

やがて不評だった日本からデュッセルへの直行便はなくなり、昼間に到着するフランクフルト便になりました。出張者はフランクフルトアムマイン空港でデュッセル行きの国内線に乗り換えます。 あるいはライン川沿いの鉄道で移動し、ローレライやケルンの大聖堂を見物してデュッセルに入る方法もあります。出張者にも、駐在員にも幸せな変更でした。

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しかし、日本直行便が無くなっても、デュッセルドルフ空港には問題がありました。

その一つは、搭乗手続き後の免税店です。お土産のひとつとして人気があるのは地元ゾーリンゲンの刃物です。しかし、預入荷物をカウンターで預けた後に免税店で買うとなると、その刃物を機内に持ち込むことになります。 昔は許されても、今はそうはいきません。 さて、どうするか?

「 これはね、機長託送で運んできたのだよ 」と、私にヘンケルの包丁のお土産をくれたのは、私の義父です。 彼のドイツ出張の時のお土産はドイツワインとヘンケルの包丁だったのです。 私は今でもその包丁を使っています。

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機長託送(Captain Deposit)とは、機内持ち込みはできないけれど、預入荷物にもできない・・という場合に行う、乗務員預かりの方法です。

非常に貴重な荷物の搬送にも使われますが、その昔、スペイン国王から貰った天皇陛下の勲章をイベリア航空の機長託送でマドリッドへ運ぶ途中に紛失させるという大失態も発生しています。

・・・・・・

私が、デュッセルで日本からの出張者の役員に同行した際も、ゾーリンゲンの製品をお土産にすることになったのですが、その出張者は機長託送の煩わしさを考えたのか、機内持ち込みが可能な刃物を選ぼうとしました。 その刃物とは鼻毛切りです。

「 このゾーリンゲンの鼻毛切りというのが実に具合がいいのだよ。オヒョウ君、君もひとつ買いたまえ 」

そう言われて私は、かかとの角質落としのためのゾーリンゲンのヤスリを買いました。

なんとも奇妙な買い物ですが、それなら機内持ち込みが可能です。

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その後、デュッセルドルフ空港ではターミナルビルの大規模な改造がなされました。 その不便な免税店の問題の解消を狙った訳ではなく、シェンゲン条約の発効で、EU域内の移動が国際線ではなく国内線になったことが改造の理由と思われます。その工事期間中は、飛行機の格納庫が出入国管理の場所や税関になっていて、非常に不便でした。

しかも、そのターミナルビル工事では大火災が発生し、6名が亡くなるという惨事になっています。

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そのターミナルビル内のお店をチラッと見ながら、小走りに出発カウンターに行き、搭乗手続きを済ませます。 預入荷物を預けて歩いていると、多くのお店が閉まっている中、お酒を売る店とお菓子を売る店が開いています。

お酒を売る店を覗いてみると、いろいろなドイツのお酒が並んでいます。

フランケンワイン、モーゼルワインどれも甘口です。

その中にアイスワインがありました。

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とても甘いこのワインは、普段用ではなく、ドイツ人が何かをお祝いする時に飲む、高級なワインです。 そう言えば・・・思い出がたくさんあります。

その昔、ThyssenKrupp社とのある話がまとまり、日本からの出張者とデュッセルドルフの町で祝杯を挙げることにしました。 ドイツ料理の美味しいツームブリュッケンという店で私はアイスワインを注文しました。 しかし、何と現れたのはワインではなく豚肉の肩の部分をグリルした料理です。

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これは何としたことか?

翌日、ThyssenKrupp社のM博士にその話をしたら、少し首を傾げ、そして大笑いしました。

「オヒョウ君、それはアイスワインではなく、アイスバインだよ。 豚肉料理の店でそんな酒を注文するから、店員が聞き間違えたのさ」と声を出して笑います。

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確かに豚の肩肉の料理であるアイスバインはその地方の有名料理でもあります。

そう言えば・・漢文の授業に登場した鴻門の会では、項羽が樊一生彘肩(つまり豚の肩の生肉)を与えています。 これをがその場で平らげるというのが見せ場です。(生肉ではないけれど)アイスバインもそれなり由緒のある料理ではないか・・ということで、日本からの出張者には許してもらえたかな? それは無理かな?

・・・・・・

普段はお酒を飲まない私の義父も、なぜか甘口のドイツワインを好み、中でも極上のアイスワインが好きなようです。 

先日私が家に帰ると、テーブルの上に飲み差しのアイスワインのボトルがあります。

これは何か?と家人に尋ねると、私の長男のK太郎が20歳の誕生日を迎えて晴れてお酒が飲めるようになったお祝いに、義父が持ってきたものだそうです。

試しに口に含むと、口の中には、砂糖の味とは違う、コクのある甘さが広がります。

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そもそも、アルコールと甘みの関係は微妙であり、甘いお酒・・というのは非常に難しくしばしば下品になってしまうのです。しかしアイスワインは上品な味になっています。

「なるほど、これは美味しいな」と、その時思いました。

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その事を思い出して、アイスワインを2本手に取ってレジに行くと、店員が、「このお酒を選ぶとはお目が高い」と英語でお世辞を言います。

朝早い時間、客は東洋人の私だけ・・という店内で、彼女は私が何を選ぶか注目していたみたいです。

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免税手続きの確認の為、搭乗券で私の目的地がEU域外であることを確認して、彼女はビンの入ったビニール袋を厳重にシールします。

そして、「機内持ち込みですから、最終目的地まで決して破らず、体から離してはいけませんよ」と今度はドイツ語で話します。

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その瞬間、私はいやな予感がしました。 デュッセル直行便が無くなった今、日本へは乗り継ぎ便しかないことは前述の通りです。 そして私は、この後パリで乗り換える必要があるのです。

以下  次号


【 空を飛ぶもの 】 [航空]

【 空を飛ぶもの 】

飛行機がデュッセルドルフに向けて降下していく途中、「ただ今、ボッヘム上空を通過中」という表示が示されました。 私はこれまでに何度もデュッセルドルフの空港に来ましたが、ほとんどが西側のロンドンかパリもしくは南側のフランクフルトからです。東側からドルトムント、エッセンの上空を通ってデュッセルドルフに着いたのは今回が初めてです。ボッヘムはエッセンの近くです。

・・・・・・

そのボッヘム上空を通過している時、眼下の雲が途切れ、緑色一色になった初夏のドイツの地面が現れました。 その中に滑走路が見えます。面白いことに、2本並んだ滑走路の内、1本はコンクリート舗装され、今まさに、単発の小型プロペラ機が飛び立ちました。もう1本は、緑色のターフの滑走路で、ちょっと見たら滑走路にも見えません。

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そしてそこに、まさに白い細長い機体がゆっくりと着陸していきます。しかし私自身が乗る旅客機ははるかに高速ですから、その滑走路と機体が見えたのは一瞬で、すぐに視界から消えました。でもたった一瞬でも私の目にははっきりと見えました。

アレキサンダー・シュライハーだ!(機種は把握できませんでしたが)」

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非常に大きなアスペクト比を持ち(つまり、細くて長い翼を持ち)、優美な胴体と、スマートなT尾翼を持つこのグライダーは、ドイツの誇る傑作です。 私はこのグライダーをイギリスで見たことがありますが、もう10年以上前です。

日本でもたくさん飛んでいますが機会がなく、見た事がありません。私は久しぶりに優雅な機体を見ました。

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デュッセルドルフに到着してから、ドイツ人にその話をすると、彼は「ボッヘムには飛行場は無いよ。ドルトムント空港かな?」とのことです。あとで、ドルトムントのタワーからドルトムント空港を眺めたのですが、空から見たのは、もっと小さい飛行場のようで、ちょっと違うみたいです。

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ジェネアビと呼ばれる、一般航空やグライダーの飛行場として名高いのは、この付近ではアーヘン飛行場ですが、これはフランスとの国境に近く、デュッセルドルフからは逆の方角です。 多分違うでしょう。 ちなみにアーヘンには有名なアーヘン工科大学があり、私の学校時代の先輩や同級生、製鉄会社時代の同僚も多く留学しています。 だから、その名前を聞くと、今でもちょっと羨ましくなる土地です。

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結局、飛行機から見えたのは、名もなき滑空場だったのだろうと思いますが、それにしてもシュライハーは美しい名機です。 私の出た学校も日本ではグライダー界の草分けと言われ、三田式という傑作機を生み出し、今もそのグライダー部は日本のトップクラスです。 でもドイツには負けるなぁ。

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もともと、滑空に適した草原やなだらかな丘陵が多いヨーロッパは、グライダーには適した場所です。多くの人がグライダーを趣味にします。その中でもドイツがグライダー王国であるのには理由があります。 第一次大戦に敗れたドイツはエンジン付きの航空機の研究開発や製造を禁止された時期があるのです。

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いきおい、人々はエンジン無しのグライダー開発に力を入れ、その分野でトップに立ちます。 やがてドイツにナチス政権が誕生し、戦勝国との約束を反故にすると同時に、培われたグライダー技術はすぐに軍用航空機の研究に活かされ、たちまち優れた戦闘機や爆撃機を開発しました。 そして再び無謀な戦争を始め、敗れました。

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ポッペンハウゼンにある、アレキサンダーシュライハーの工房もその波乱の歴史を経験しているのですが、同社は依然グライダー界の巨人です。

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私オヒョウが、一度は乗ってみたい・・と思いながら、実現していない航空機は数多いのですが、実はグライダーもその一つです。 

きっかけは「空の王子たち」という岩波少年文庫の児童小説を読んだことですが、そこに登場するフランスのグライダー少年(少女)は実に活き活きとしていました。同時期に、アーサーランサムの「ツバメ号とアマゾン号」も読み、ヨットにも乗りたいな・・などと思ったのですから、まあいろいろと興味があった子供だったのです。

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あたりまえですが、グライダーにはエンジンがありません。上昇気流と風だけが頼りの凧のような頼りなさがありますが、エンジンの騒音からは解放され、燃料切れとも無縁です。 エンジンが止まると石のように落下する飛行機とは違います。

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ジェット機だとか、ヘリコプターというのは、自らが空に浮かぶために一生懸命というかあくせくしているように思えてなりません。自分の人生に例えると、ちょっとなんだかなぁ・・という気持ちになります。

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この感覚は、鳥を見ても同じことです。トンビなどのワシタカの仲間は上昇気流を利用して、はばたかなくても、長時間滞空できます。アホウドリやオオミズナギドリも同じです。 まさにグライダーです。

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その一方で、スズメなどは、1秒間に20回もはばたかなくては空を飛べません。まさにご苦労なことで、無理やり長時間飛ばせると疲労で死ぬそうです。中国では文化大革命当時、毛沢東がスズメを殺せ・・と発言したために、紅衛兵達はスズメを脅かして着陸させず、死なせたそうです。 確かに今でも中国にスズメは少ないのですが・・。 

おそらく、さらに小型のハチドリのはばたき回数はさらに多く、高い体温を保ち、頻繁に高カロリーの蜜を吸わなければ燃料切れで死んでしまうのでは?と思います。

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小動物と大型の動物の心拍数と寿命の関係を調べた学者がいて、「ゾウの時間、ネズミの時間」という本を著しています。 大型の動物はゆっくり心臓が動き、そして寿命も長いが、小型の動物はその逆だという訳です。同様に、鳥類については、固体の大きさと、はばたき回数、そして寿命に関係がありそうです。 はばたき回数が多くあくせくとした小型の鳥類は短命で、はばたかずに滑空する大型の鳥類は寿命も長いのではないか?

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もちろん、根拠の乏しい仮説であり、検証するのは容易ではなさそうですが・・・。でも昔の人は、大型の鳥と小型の鳥を比べ、後者を軽蔑しています。

「燕雀、いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」

あくせくとジェット機で出張に出かけるサラリーマンには、優雅にグライダーで空を飛ぶ趣味人の気持ちを理解できるはずもない・・・・と現代語に訳せそうです。

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「 何を言っているのだ、オヒョウ君。 君は鳥ではなくて蝙蝠だろう? 技術屋のいない商社に入って、技術屋のフリをしているところなど、鳥のいない里で鳥のフリをして飛んでいる蝙蝠そのものではないか… 」

たしかに蝙蝠は小型の鳥類以上にあくせくとしています。 

この私がグライダーに乗れるのは何時になるのか・・・、ちょっとわかりません。


【 2つの時計 】

【 2つの時計 】 

飛行機はノバヤゼムリャ島の南端をかすめるように、北極海の上空を飛んでいます。あと数時間でヘルシンキ到着ですが、その時、胸ポケットのアイホンがブルブルと震えました。 何か?と思って確認すると「パケット通信し放題のキャリアが見つかりません」というメッセージです。 

なるほど・・と思う反面、そりゃ当たり前じゃないか?とも思います。 下の世界には人っ子ひとりおらず、シロクマとアザラシしかいないような氷の世界です。 携帯電話のサービスがある方が不思議です。 しかもここは高度1万メートルです。

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そろそろ、到着地に向けて高度を下げる段階ですが・・・、そこで昔のことを思い出します。 以前ならスチュワーデスが、「皆様、目的地の現在の時刻は、×時×分。 お手元の時計をお合わせくださいませ」と放送したものです。今はそれがありません。その代わり、目の前の液晶画面に目的地の時刻だの気温だの天候だのが表示されます。後は勝手にやってくれということか・・・。 でもどうしようか?やがて飛行機は国境を越えて、フィンランドの上空に入りました。

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実はヘルシンキは最終目的地ではありません。 乗り継ぎのために、しばらく滞在するだけです。 最終目的地は、さらに時差がある場所です。 その短時間のためだけに時計の針を動かすのも面倒だ・・・。 でもフィンランド時間に合わせないでいて、万一、時刻を錯覚して次の飛行機に乗り遅れても面倒だし・・・。

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そこでふと先ほどのアイホンを思い出し、表示する時刻を確認すると、なんと既にフィンランド時刻になっているのです!

ロシアとフィンランドの国境を越えた時に同時に時計も切り替わったようです。ヘルシンキで飛行機を乗り換えて出発し、バルト海の上空に移った時、さらにアイホンの時計は切り替わり、欧州の標準時に移行しました。 窓の下にはその欧州標準時のスェーデンの島が見えます。 さすがスマートホン。なんと賢いのだ!とちょっと驚きました。

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ちなみに私が左手にはめている、電波時計ではない、普通の時計は日本の時刻を示しています。 つまり現地時刻を知りたければアイホンを、日本の時刻を知りたければ、腕時計を見ればいい・・ということではなはだ便利です。

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ところで、このアイホンの仕組みはどうなっているのでしょうか?電波時計には、地球上のどこでも電波を拾い、現地時刻を示すものがありますが、理屈は簡単ではありません。 GPS機能でその場所の緯度と経度を割り出した後に、その場所の時刻を算出せねばなりません。 標準時は子午線で区切られ、その場所の時刻は経度に概ね依存しますが、必ずしも完全に対応する訳ではありません。政治上の理由や地政学上の理由で変化します。例えば、中国は東西に長い国ですが、標準時は一つしかなく、西の地域では、南北に接する隣国と同じ経度でも時刻がずれます。 英国とフランスもドーバー海峡を隔てるだけなのに、時刻が1時間ずれます。

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それにサマータイムを実施している国とそうでない国があり、カレンダーを計算した上で、その場所の時刻を計算する必要があります。その複雑な計算を瞬時に行う、現代の時計はなかなかの知恵者です。私はアイホンにGPS機能をインストールしていませんが、内部では正確な所在地を把握して計算に用いていたのです。

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標準時は子午線に依存すると言いましたが、子午線が交わる北極点と南極点では時刻が意味を持たなくなります。 北極点とまでいかなくても、子午線が密集した北極点の近くでは、短距離の間に時刻が変化し、飛行機に乗っていると時刻の意味があいまいになります。

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そういえば、フィンランドには標準時の境界線をまたいだゴルフ場があります。スェーデン国境に近いケミの近くにあるゴルフ場で、グリーンの上を境界線が通っています。ですから、パットを打って、カップインするまでに1時間以上かかったりする訳です。もっともそのゴルフ場は北極圏に近く、1年の大半は氷の下にあってプレイできないそうですが・・・。そんな場所で高麗芝やベント芝は育つのかしらん?

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国家を中央集権でまとめたい中国は、ひとつの標準時に拘り、欧州大陸と一線を画したい英国は、あえてフランスとは違う時間(グリニッジ標準時)を使います。フィンランドの場合は・・、欧州の一国でありながら、常にロシア/ソ連の強い圧力を受ける厳しい立ち場にあって、違う標準時を使うことになっています。

それぞれに、悲しい事情、こだわりたい事情があって、標準時は決められます。

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ところで、この私は海外駐在をしていたころ、文字盤が2つある腕時計をしていました。 片方を現地の時間に合わせ、片方を日本の時間に合わせていたのですが、他人からは面白がられ、「オヒョウさん、その珍しい時計は何ですか?」とよく尋ねられたものです。今ではスマートホンに各地の時刻を同時に幾つも表示できます。もう2つの文字盤のある時計は時代遅れになりました。

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そういえば、昔製鉄所にいた頃、3階の工程部に、活発で仕事をテキパキとこなす女子社員がいましたが、彼女は腕時計をなぜか2つ腕に付けて仕事をしていました。別に外国との取引や連絡をする必要はなかったはずですが・・、なぜ腕時計を2つしていたのか? 今でもわかりません。 

その彼女も今はスマートホンひとつで用が足りるでしょう。 

でも何だか、便利な時計はちょっとつまりません。


【 悪い奴らはミヤコドリ その2 】 [政治]

【 悪い奴らはミヤコドリ その2 】 

今から4年ほど前、民主党が野党だった時代に、国と地方の公共投資の考え方についての議論がありました。 自民党時代に無用なハコモノをたくさん建てる行政を推進したことを反省し、お金のかけ方について「コンクリートから人へ」がスローガンになりました。 一方で日本経済は不況から脱出できず、とりわけ地方経済は疲弊していました。 ですから、カンフル剤として何等かの公共投資は必要だったのですが、その時、党の代表だった、鳩山由紀夫氏は、「全国に光ファイバーを張り巡らし、情報ハイウェイ網を構築しよう」と提案しました。

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野党の意見ですから、提案だけに終わり、実現はしなかったのですが、マスコミもあまり、この提案を取り上げませんでした。 その後FTTH網は次第に普及しつつありますが、まだまだ日本中をカバーするほどになっていません。

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では、鳩山提案を実行すべきだったか?私は光ファイバーの通信網はいずれ必要になるにせよ、公共投資としてふさわしいものではなかったと思います。 公共投資に費やされたお金が、日本中を回り、経済を活性化させ、富の偏在・不均衡の修正に役立つか?と言えば、疑問だったからです。

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日本には既に電柱が林立し、電線も電話線も張り巡らされています。光ファイバーの線を引くにしても、大した手間はかからず、ガラスファイバーのメーカーが忙しくなる程度です。 最もコストが掛かるのは、ネットワークを維持管理するシステムですが、それらのソフトウェアは、シスコやオラクルといった米国の企業群が知的財産を押さえていて、情報システムに投資するとアメリカにお金が流れてしまいます。つまり光ファイバー網をひいた場合の経済波及効果は、直接効果をとっても、第一次、第二次間接効果をとっても、小さい値にとどまり、公共投資としてはふさわしくなかったのです。これは深く考えた提案ではなく、鳩山氏の思いつきに過ぎなかったのです。彼が思いつきで発言したり提案するのは、首相になる前からだったのです。

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日本国内でそのお金が巡回して人々が豊かになる仕組みが、情報ハイウェイの構築では望めないのです。 鳩山氏など、当時の民主党の人々にはその発想がありませんでした。都会で情報を主に扱う人々にはインターネットのインフラ充実が重要な関心事ですが、国全体では、それが最重要事項という訳ではありません。

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疲弊した地方経済、特に集落維持が困難なほどの危機的な農村を活性化するには、やはり土木や建築に主眼を置いた公共投資が必要になります。 つまりコンクリートを大量消費する政策に頼らざるを得ない面があります。北陸の豪雪地帯では、大雪が降れば降ったで助成が必要ですし、雪が降らなければ降らないで、土建業者は除雪の仕事が無くなり経営に窮することになります。土建業者の経営が成り立たなければ、農家の冬の現金収入が減ります。それは農村の疲弊を進め、日本の国土保全を難しくします。だからどうしても、旧来の公共投資が必要なのです。

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都会的な政党である民主党は、ずっとその事に気づいていなかったのではないか?いや、そもそも民主党は日本の産業を憎んでいたのではないか?鳩山も管も小沢も、そして岡田も野田も、誰もが、学校を出てから民間企業で仕事をした経験がありません。 上役に指示され、お金を稼ぐことを仕事としたことが無い人々です。だから、彼らは、生活の為に仕事をする人々、地域経済を維持するための産業というものを根底において理解していないのかも知れません。

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少なくとも、土建屋的な仕事、あるいはヘルメットを被り作業服を着て行う仕事を軽蔑したり、理解しないのが、民主党の指導者ではないか?と思ってしまいます。彼らは日本の経済成長を支えた第二次産業を憎んでいるのか?

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異常な円高の放置、高い法人税率、それに加えて電力などのエネルギーコストの上昇を放置するということは、日本の産業の消滅を期待しているとしか思えません。今年3月の自動車メーカー各社の決算を見ると、マツダが1700億円の赤字という決算で突出して悪い成績になっています。マツダは日本国内での生産比率が高く、そして輸出比率が高いために、円高の影響を特に受けて赤字が拡大したのですが、マスコミ各社は、海外生産へのシフトが遅れたことと輸出依存体質を非難し、マツダの経営が愚かであったと指摘しています。

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しかし日本はもともと加工貿易を本分とし、原材料に付加価値を与えて輸出することで、経済を成り立たせているのです。輸出を促進することや国内に工場を持ち雇用を維持することは、国策であり善だったはずです。 それを否定しては成り立たないのが日本経済だったはずです。

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海外での生産比率を高め、円高の影響を最小限に留めたカルロス・ゴーン率いる日産は、確かに決算は黒字ですが、彼らは日本経済のことは眼中にないはずです。全世界の市場全体で、日産/ルノー連合が儲かればそれでいいのです。日産だけでなく、日本の政府もそうなのかも知れません。自民党時代から、日本の失業対策はお粗末でしたが、民主党はそれ以上です。

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もし、日本経済を復活させ、失業率を下げたいのなら、そして地方経済を活性化させたいなら、 光ファイバーを張り巡らせるなどという思いつきの施策ではなく、経済波及効果の高い政策を、そして富の再配分が適切になされる政策を選ぶべきです。その過程で、コンクリートを多く用いる政策も必要になるかも知れませんし、日本に工場を置く企業をいじめない政策も必要になるでしょう。

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国民に痛みをもたらす消費税増税が、やむをえないものならば、その代償として強力な円高対策を行うべきです。経済政策の多くは、飴と鞭の両方を行ってバランスを取るものです。現在の円高に対して無策であることは許されません。現在の不況の最大の原因は円高であり、「悪い奴らは都鳥」ならぬ「悪い奴らは円高」なのですから、それらを何としても退治しなければなりません。

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えっ?そんなことをすると、ダボス会議で大見得をきった安住財務大臣の顔がつぶれるし、白川日銀総裁の面目が立たないって?それなら、そんな大臣や総裁には替わって貰うしかありません。国内産業の疲弊と国力の衰退を放置する無作為の悪を行う経済閣僚など誰も欲していません。それになにより、もう外国で笑い者になる閣僚を私は見たくないのです。


【 悪いやつらはミヤコドリ 】 [政治]

【 悪いやつらはミヤコドリ 】 

マスコミはあまり報じませんが、日本の造船業がピンチに立たされています。2014年問題と言われますが、2014年以降、日本の造船所で建造する船がなくなってしまうのです。大型の船舶は注文生産で、その納期はドック(船渠)の空き具合で決まりますが、設計や資材・部品調達に必要な時間がありますから、通常年単位の期間が必要です。だから、現時点で注文がなければ、来年建造する船が無いということになります。

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今、無いのなら2013年の問題だろう・・ということになります。実際2013年にも、造船所は閑古鳥が鳴くのですが、それは世界共通です。中国の造船所も2013年にはがクンと建造量が減ってしまいます。 それなのに中国の製鉄所は厚板ミルの能力増強を急いでいます。 ちょっと不思議です。とにかく、2013年は、日本も韓国も中国もピンチなのですが、違うのはそのあとです。中国と韓国は2014年には造船需要が回復する見通しなのですが、日本はそうではないのです。

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もともと船舶需要には、定期的な波があります。海の上を走る鋼鉄の船舶は当然ながら錆びます。 普通は20年で寿命が来て、新造船に切り替えます。 石油ショックなどの機会に世界中の船舶が一斉に減って、そのあと景気が回復すれば、一斉に船が増えますから、世界的な波ができるのです。 だから2013年の不景気についてはある程度予測されたことなのですが、そのあとがいけません。中国と韓国には需要が戻っても日本の造船業界に注文が戻ってくる保証は無いのです。

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理由は至って簡単で、記録的な円高で日本製船舶の価格競争力が失われたからです。 戦後の日本の復興と高度成長は、リレー競走のように、各産業が選手交代しながら持続してきました。石炭、繊維、鉄鋼、造船、家電、自動車等、多くの産業が日本経済の高度成長を支えてきたのです。その中で造船業界は、長期間世界一の位置を保ち、外貨を稼ぎ、多くの雇用を保証してきた産業です。

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全ての産業は、QCD(品質、コスト、納期管理)のどれかが外国のそれにかなわなくなった時点で、あるいは社会がその産業を必要としなくなった時点で衰退し、退場を余儀なくされます。 しかし日本の造船産業の場合、QCDのすべての面で世界一の水準を保っています。 それなのに異常な円高で見かけ上のコスト競争力が失われ、危機を迎えているのです。

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大手の造船各社は、受注量の減少に対応すべく、経営統合を進めていますが、基本的にドックが空になれば、どんな合理化をしても追いつきません。過去に船舶需要が落ち込み、造船不況になった時は、建設機械など陸上機械の製作にシフトしたり、公共工事の鋼構造物需要で糊口をしのいだのですが、今回はそうはいきません。国家財政の窮迫で公共事業も少なく、陸上機械や橋梁などの注文も少ないからです。

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では、造船業を追い詰めている犯人は誰か?普通は、この種の問題は複雑なのですが、今回は簡単です。「悪い奴らは都鳥」というセリフがありますが、(造船業界を追い詰めている)「悪い奴らは異常な円高だ」・・と言っても過言ではありません。造船だけではありません。 テレビなどの情報家電、ゲーム機、自動車産業も厳しい決算を迫られています。 その原因のかなりの部分は円高です。世の中には、私の意見に賛成する人もいるようで、円高の問題を指摘する記事もあります。http://www.nikkei.com/money/column/moneyblog.aspx?g=DGXNMSFK1700N_17042012000000

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円高問題は、過去にも何度かあり、その都度、日本経済に試練を与えていますが、今回は、ちょっと事情が違います。 政府が円高を容認し、積極的な対策を講じてきませんでした。 日銀は、民間の金融機関を用いて為替介入を行っていますが、その量は全く不十分で焼石に水・・でした。 本来、為替は市場が決めるもの・・という立場ですから、見て見ぬふりをするしかないのもありますが、現在の民主党政権に外交能力がなく、経済政策に熱意がないのが根本原因です。

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円高対策を問われた安住財務相は、ダボス会議に出席して「自国の産業を守るために為替を意図的に操作するのはよくないと思います」と演説したと・・胸を張りました。ああ、何たることか!それを聞いて私は自分の小学校時代を思い出しました。女子の学級委員長が朝礼で「廊下を走るのはよくないと思います」と発言したのとそっくりだったからです。

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童顔の安住財務相は、外交が・・とりわけ経済外交が、武器を用いない戦争であることを知りません。分かりきった幼稚な正論を吐いて通用する世界ではありません。むしろ当たり前の事、分かりきった事を公の場で言うことは非常におろかな事なのです。どの国も、保護貿易がいけないことや、自国産業保護のための為替操作がいけないことは知っています。それを承知で、為替管理を行い、自国経済を守っているのが中国であり、韓国であり、ユーロ圏であり、米国なのです。安住大臣のスピーチを聞いて、世界中の資本家や経済閣僚が感動して、改心したとは思えません。 廊下を走る小学校の悪童と同様、にやにやしただけでしょう。

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そして安住氏は、自らが意図的な為替介入を良くないと非難した手前、日本が為替介入をする事が難しくなりました。繰り返しになりますが、外交は虚虚実実の駆け引きの場です。自分の行動を縛るような発言は、自分で自分の首を絞める事につながり、敗北を意味します。地球温暖化を巡る会議では、最初に日本が途方もない削減目標を発表して責任を負い、IMFには巨額の資金を供出する、日本の民主党政権は世界の笑い者です。

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まだ世界経済から退場する必要のない世界に誇るべき産業が、歴史的な円高の為に消滅する可能性があります。 造船産業はエネルギー革命の為に消滅した石炭産業とも、沖縄返還と引き換えに自粛しやがて途上国にシフトした繊維産業とも違います。 ある種の意図を持った政策の犠牲になって退場していくのです。

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では、どうするべきか? どんな方策があるか?は次回ご報告します。


【 低迷する大河ドラマの視聴率 】

【 低迷する大河ドラマの視聴率 】

自分自身は、ほとんど観ていない連続TVドラマなので、それについて語るのは、気がひけるのですが、NHKの大河ドラマ「平清盛」の視聴率が伸び悩んでいるそうです。 それについて、多くの人が新聞や雑誌に書いていますが、最も的を射ているのは日刊スポーツです。

http://www5.nikkansports.com/entertainment/column/umeda/archives/26346.html

制作スタッフは毎週、対策会議を開いているそうですが、それで名案がでるかは不明です。 売り上げが伸び悩む会社は、よく対策会議を開きますが、それで売り上げが急上昇したという話を聞きません。 問題の本質が分からない愚者が集まって会議をしても無駄なのです。 天文学的な赤字決算を出して、社長が引責辞任したパナソニック、ソニー、シャープの人たちも、今年何度会議を開いたことか・・・。

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実は今年の大河ドラマ「平清盛」の場合、視聴率が振るわない原因が多すぎて、どれか一つに絞る事が難しいのです。 その幾つかはマスコミで論じられています。

一つは、「皇室」とか「朝廷」という言葉を避けて、執拗に「王家」という言葉を連呼したことです。

敢えて、天皇家に対する敬意を排除して新鮮に感じさせる意図だったのでしょうが、失敗しています。 そしてそれに対するNHKの弁解がまた見苦しいのです。

「歴史学者の中に当時の天皇家を王家と呼ぶ人がいて、それが自然だから・・」というのですが、実は歴史学者で王家・・という言葉を用いるのは左派系の学者2,3名だという話です。それに考えてみれば、現在の学者がどう呼ぶかは、全く関係がないのです。現代の人が、時代の離れた昔の貴人に対して、敬語を使わないのはある意味であたりまえです。問題は、当時の人が当時の天皇に対して、どう呼んでいたかで、清盛が「王家」と呼んでいたとは考えにくいのです。

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日本の皇室に対して、天皇という言葉を拒否し、「日王」という言葉を、ある種侮蔑的な意味で用いる韓国の人たちに迎合したと取られてもしかたありません。

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これまでも、大河ドラマの脚本家の中には、意気込みが強すぎるのか、奇をてらって世間一般に知られた名前を使わなかった場合があります。 例えば木下藤吉郎の妻は一般には「ねね」として知られていますが、それを「ね」にして得意になった人もいます。 (他人から呼ぶ時は「おね」でしたが・・)。 いかほどの意味があっての拘りかは知りませんが、期待した効果があったかは疑問です。

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天皇家を「王家」と呼んだから視聴率が上がらない訳ではないでしょうが、脚本家や演出家のひとりよがりが、視聴者を離れさせている可能性はあります。

兵庫県知事も噛み付いたと言われる「汚い画面」も論議を呼んでいます。

敢えて、スタジオの空間を煙らせ、せっかくの役者の衣装にコーンスターチの粉をまぶし、挙句は俳優の顔を汚し、かつらの髪の毛をボサボサにして逆光の中で役者の顔の表情を見えなくする意図を、理解して評価しろというのは無理です。

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NHKの説明は「平安時代は、埃っぽく、清潔でもなかったから、現実に忠実に、リアルに描いた・・」とまたデタラメな弁解をしています。 嘘をつけ・・

すこし前の「龍馬伝」でも全く同じ手法で撮影したではないか。 幕末期も埃っぽく、そして衣類は洗濯せず、顔も洗わなかったとでも言うのか・・。 まあそうかも知れないけれど。

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この監督、または演出家は、単に米国の映画で成功した手法を模倣しただけです。

敢えて、空間にモヤを出して演出効果を出したのは、有名な監督ではリドリー・スコットがその代表です。傑作「ブレードランナー」では、気候変動で雨が降るロサンゼルスが舞台ですが、屋外では雨が、室内ではモヤが効果的に演出に用いられています。

そして彼の作品ではモヤは登場しても、登場人物の顔・表情は鮮明に映しだされています。

でも、NHKの「龍馬伝」や「平清盛」ではそうではありません。

この演出手法は誰でも真似ていいものではなく、加減が難しいのです。

NHKの場合、「鵜のまねをする烏、水に溺る」になっています。

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90年代、米国で量産されHBOなどでたくさん放映されたサスペンス映画では、お約束のように、ゆっくりと回転する巨大な換気扇の影が、モヤのかかる部屋に光の筋を作る場面が登場し、そのワンパターンに苦笑したものです。

霧やモヤ(英語ではヘイズ)を演出に利用するのは難しいのです。

また逆光を使って、役者の顔の表情を消すという手法は、日本では是枝裕和監督が

作品「幻の光」で多用して高い評価を得ていますが、私のビデオでは江角マキコの顔の表情が全く読み取れず、幻滅感しか残しませんでした。

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もう一つ、意図的に衣服を汚しくたびれさせるのも、奇をてらった演出でしょうが、これも難しいのです。 敢えて汚した衣服、敢えて汚した顔で成功した映画は多くありません。 日本では黒澤明の作品に多く見られますが、それもシロクロ映画に多いと私は考えます。

映画であれば、拘りがあっても、癖があっても、監督の特別の思いがあってもよしとすべきです。それを理解する人が観ればいいだけなのですから。

しかし、多くの人々が観るNHKの大河ドラマではこれは無用な拘りです。

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世阿弥は、その著書「風姿花伝」の中で、花を大切にしろと言っています。能はお芝居ですから、役者はその役柄に似せることが重要ですが、下賤の者、卑しい者については本当に似せてはいけない・・とも言っています。観客が不愉快になるからです。

能の装束は、絹に金箔をおしたきらびやかなものが多いのですが、常に登場人物は美しくなくてはならない・・という「風姿花伝」の考えによるものと考えます。

例え、乞食の役であっても、乞食とは思えない立派な装束でなくてはならぬ。それでいて、乞食であると観客に理解せしめなければならないのですから大変です。

具体的に、乞食が登場する能といえば「弱法師」がそうですが、それに登場する乞食は実にさっぱりとした装束を身に着けています。

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この能の発想は「風姿花伝」に示され、他の著作にも登場します。

能の世界は、記号論が支配する現代の演劇の対極かも知れませんし、現代演劇のリアリズムの否定とも言えるかも知れません。

しかし、能は日本の演劇のバックボーンでもあり、それを外れた大河ドラマは、やはり奇異に感じるのです。 まあ、大河ドラマの演出家や脚本家がその辺りを考えているとも思えませんが・・・。

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そして「平清盛」の最大の問題は、「王家」の連呼でもなく、薄汚れた衣装でもありません。 やたらと絶叫する若き主人公にあります。

それはこのドラマの予告編の段階から、明らかでした。

映画「タイタニック」ではあるまいし、船の舳先に立って「平清盛」と大きな声でわめく場面が登場し、興ざめしたのを覚えています。 なにゆえ、大声で怒鳴り散らすのか?

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古来、ダンディな俳優、二枚目の役者は、大声で喚いたりしません。

大河ドラマで言えば、「花の生涯」の尾上松緑は大声を出しませんでした。「赤穂浪士」の長谷川一夫の声はひたすらおごそかでしたが、大声ではありません。 「太閤記」の緒形拳しかりです。 いつ頃から大河ドラマの主役が大声で叫ぶようになったのか・・?

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思い当たるのは数年前の「宮本武蔵」に主役として登場した、梨園のプリンスです。

彼は意味もなく目を見開いて、常に何かを叫んでいました。市川團十郎の家系は、皆目を見開いて睨むのが特長だそうですが、彼の場合は、演技力の不足を、大声と過剰な表情でごまかしていたようです。

中身の無い役者は、大声と無意味に真剣な表情を示すことしかできないのか・・。

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そういえば、一般社会でもそうです。 職場で、あるいは公共の場で大声をあげて

怒鳴り相手を威嚇するのは、常に中身が無く、自信も無い男です。

人間の男だけではありません。 キャンキャンと吠える犬は、大抵は臆病です。

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「平清盛」の場合、中身がなく自信が持てないのが、主役なのか演出家なのか、それとも脚本家なのか・・分かりません。 そもそも、派手な活躍がなく、悪役のはずの清盛を主人公に据えたストーリーに無理があるのかも知れません。

日刊スポーツの評論家は、この主人公について、サイドストーリーに無理やり絡んで大声を出すチンピラ状態だと、言っています。実に言い得て妙です。

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大声を出さず、抑制された演技を心がけ、質素でいいから見苦しくない服装で、透明感のある画像であれば、世阿弥の言う「花のある」状態となり、好感度は増すはずです。映画「ブレードランナー」の真似をするのではなく、日本の能を真似てみてはどうか? と私は藤本有紀に言ってやりたいのですが・・。


【 首都空港の電球 】 [中国]

【 首都空港の電球 】 

先週、午後の北京首都空港のロビーで私は、内陸へ向う乗り継ぎ便を待っていました。そしてボンヤリと天井を眺め、あることに気づきました。

「電球がところどころ、灯っていない」空港ロビーには高い天井があり、電灯がたくさん並んで点灯しているのですが、その内の四分の一ほどが暗いままなのです。最初は省エネで電気を消しているのかと思ったのですが、そうではないようです。 灯っていない電球はバラバラで無秩序に配置されています。

「これはどうやら電球が切れたまま放置されているみたいだ。 この時間ならまだいいけれど、夜になったら暗いだろうな・・」

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電灯は、その色から見て、水銀灯や蛍光灯ではないようです。白熱灯の一種だと思いますが、どういう電球かは分かりません。でもどうして切れた電球を放置しているのか?空港ロビーの天井は随分高い位置にあり、電球交換にはかなり大型の高所作業車が必要になりますが、そんなものをロビーに持ち込むことはできないでしょう。よく見ると、天井のすぐ上に作業者用のキャットウォーク(歩廊)があって、電灯はその脇に並ぶ形になっています。 つまり、作業者がその歩廊に上がれば電球交換は可能なわけですが、作業はかなりやりづらいと思われます。 作業中に落下物が生じる可能性を考えると、下を旅行者が往来する状況では電球交換もできません。 作業区域を囲って立ち入り禁止にする必要もあります。

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たかが電球交換ですが、そう簡単ではなく、頻繁に実施することはできないようです。「だから、電球が切れてもそのままにしているのか・・・。でも国の玄関ともいうべき、大事な建物で、これはみっともないな」そこで、ふと思いました。 

「この建築の設計は外国人なのだな?」

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北京首都空港はアジア最大で世界でも有数の大空港ですが、日本のODAで建設されています。 そしてそのターミナルビルは英国人の建築家の設計です。「だから、こんなことになってしまったのか・・」

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実は、中国の電球は切れやすく、寿命が短いのです。 時々、驚くほど短寿命のものがあります。 驚くべきことですが、電化製品の店には試し点灯用の台があり、そこで電球を点灯させて、光ったものだけを買う仕組みになっています。電球だけではありません。 私はその街で一番大きなデパートで赤外線ヒーターを買ったのですが、3本あるヒーターのうち、1本は最初から切れていました。

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中国の電球の寿命が著しく短く、そしてバラつきが大きなことを意識せずに、外国人がターミナルビルを設計したために、頻繁な電球交換を前提としない構造にしたのかも知れません。 もし中国人が設計したら、電灯がスルスルと下りてきて、下で交換作業できるようにするか、寿命の長い水銀灯かナトリウムランプ、あるいはそれらを混合させたカクテル光線を採用したかも知れません。

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電球の寿命が短い・・というのは実は単純なことではありません。第一にはフィラメントの品質のバラつきがあります。フィラメントの線の太さがバラバラだったり、接合部の品質がマチマチだと、当然寿命もバラつきます。明治時代からの電球製造技術ですが、日本以外の国ではなかなか品質が揃いません。

(その日本ではとうとう白熱電球の製造を止めましたが・・)。

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電球側だけの問題ではありません。 電力の電圧変動も大きな問題です。日本では原発が全滅しない限り、電圧が大きく変動することはありませんが、外国では電気の品質はそれほどよくありません。特に中国は家庭用電力が220Vと高圧な上に電圧変動が大きいのです。 実は電力の品質は、その国が先進国なのか、中進国なのか、途上国なのかを占ううえで、重要なパラメーターなのです。

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中国は中進国または途上国です。当然ながら、電圧変動が激しければ、電球は短寿命化します。だから中国の電球はどうしても、短寿命になるのです。

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電球に限らず、いろいろなデバイスや設備の寿命を研究する学問は、昔からあります。確率統計論の初歩とも言えるのですが、普通、理工系の大学の学部の初年級で学びます。 気の早い秀才は高校三年の数学Ⅲで学ぶかも知れません。そこでは、電球のようにじわりじわりと劣化し故障に至る設備の寿命は、カイ自乗分布に則るとあります。 しかし、異常電圧などの偶発的な事態で寿命が途絶える場合、その寿命分布はポアソン分布に則ります。実は、中国の電球はカイ自乗分布ではなくポアソン分布に則るのです。カイ自乗分布の場合より、より幅広く分布し、小さい値もとります。

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機械設備の場合、応力負荷による寿命の評価にはレインフォール法(雨だれ法)という理論が用いられます。 普通、電圧変動による電気設備の劣化の評価には、レインフォール法は用いられませんが、中国の場合は該当するのです。

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そして機械設備の場合、この20年で急速に進歩したのが金属疲労の設備寿命に与える影響評価です。例えば天井クレーンの構造規格には、数年前から疲労強度の計算が取り込まれています。 しかしまだ電気製品の寿命には疲労の概念は取り入れられていないようです。

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かつては設備の故障といえば、初期故障の多発時期、中間の安定期、老朽化後の多発時期という単純な三段階で評価するのが一般的でした。 民間航空機などは老朽化によるメンテナンスコストの増大が機体更新時期を決めます。しかし、今はもっと複雑で緻密な計算がなされるのです。

そういえば、鳩山由紀夫だったか由起夫だったかの学位論文はマルコフ過程での設備故障確率についての研究だったはずです。 スタンフォードがその論文を受理したのはちょっと意外ですが・・・。

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話が脱線しましたが、中国の電球が短寿命であることを考慮しないでターミナルビルを設計したのは、失敗と言えるかも知れません。 やはりその国の事情を熟知した自国民の建築家に設計を委ねるべきだったのかも・・・。

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アジアの悲しさは、近代的な都市景観があっても、それが外国からの輸入品だったり、押し付けだったりすることです。東アジア/東南アジアで最初に近代的なビル群が登場したのはシンガポールであり、その後にホンコンが続くわけですが、それらは全て英国様式です。英国人の体格に合わせた部屋の寸法、そして高温多湿の気候には合わない建築構造です。 アジアの気候を考慮し、換気や風通しに配慮したシンガポール独自の建築に切り替わっていくのは、第二次大戦後、独立してさらに年月を経てからですが、実はまだ切り替わったとは言えません。まだまだです。

日本以外のアジアの国々が本当の先進国になるのは、自国の気候風土、生活様式、インフラ整備状況に合わせた、都市や建築を作り、その国らしさを醸し出した時点です。 北京首都空港は、いろいろな意味で中国を代表するものではありません。

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しかし、冒頭に挙げた電球の寿命の問題は急速に過去のものになりつつあります。首都空港のターミナルビルでは電球交換を容易にする方法を考えるよりも、白熱灯からLEDに交換する方が早そうです。

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私は、2年前の拙稿【 タマやの終わり 】で、2年以内に白熱灯はLED電球に切り替わると予言しました。 現時点で、普通の白熱電球の生産工場は日本から無くなりましたが、蛍光灯や特殊な電球の生産は続いており、LEDに全部が切り替わったわけではありません。それにLEDが急速に普及した一因が、不幸な原発事故により電力不足が発生したことだとしたら、全く自慢できることではありません。

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しかしそれはともかく、電球寿命の統計的な研究はもはや意味を持たなくなりました。 そして同時に、照明のLED化は、お粗末な電力インフラで電圧変動が避けられない諸国には福音となります。 そのあたりを論文にまとめてみようかな?でもそんな研究では、スタンフォード大学は学位をくれないだろうな・・。


【 パリの大江健三郎 】 [フランス]

【 パリの大江健三郎 】

日本のことを貶す人が多くいても、それは別に構いません。民主主義であり自由主義ですから、いろんな意見があって当然だし、それを国内で主張するのも結構だと思います。

しかし、日本国内では批判めいたことを言わず、わざわざ外国に行って、ことさらに日本の悪口を言う人を見ると、やはり不愉快です。私などは、外国に行って日本を語る時は、なんとなく日本の代表になった気分で、日本を弁護します。

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外国に行って、自国を卑下する人は、日本人以外にもいますが、日本には特に多いように思われます。 とりわけ昨年の大震災と原発事故以降、外国で日本のことを悪しざまに言う人が増えている印象を持ちます。

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例えば、孫正義は、原発事故後早い時期に韓国へ行き「日本が(放射能漏出という)罪を犯した」といって謝罪し、一方で韓国の科学技術を褒めたたえています。

普通は、外国に対してその支援・応援に感謝すべきところですが、彼はそうではなく日本の犯罪を日本の代表になったがごとく、謝ったのです。

ところで、原発を推進する韓国は電気代が日本の半分です。それだけが理由ではありませんが、孫正義はソフトバンクの業務の相当量を韓国に移管しています。

http://www.wowkorea.jp/news/Korea/2011/0620/10085290.html

彼は露骨には言いませんが、韓国の原発はいい原発、日本の原発は悪い原発・・という明確な区別をしているようです。

そしてその後、韓国の原発で非常電源が途絶える事故がありましたが、彼はそれについてコメントをしません。

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もう一人、大好きなフランスに行って、日本を非難した人物がいます。

大江健三郎です。 彼は北朝鮮に憧れ、フランスに憧れ、そして日本を蛇蝎の如く嫌う男です。

天皇から授かるなど不愉快・・として文化勲章を断る一方、フランスのレジオン・ドヌール勲章は嬉々として貰い、ノーベル文学賞も受け取っています。

どうせなら、サルトルの様に、ノーベル賞も断るだけの気骨を見せればいいのに、それだけの根性もないようです。

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その彼が、日本では原発批判をしないくせに、パリで日本の原発政策を非難しています。

http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20120319-OYT1T00284.htm

世界一の原発大国はフランスです。 そのフランスの原発を批判せず、そして危なっかしさという点では日本よりはるかに問題の多い北朝鮮の原発に反対せず、日本の原発には反対しています。 不思議です。

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大江健三郎は、過去にも韓国に行って日本を非難したことがあります。 孫正義の場合と微妙に違うのは、二人の立場です。 孫正義の場合は日本人の立場から謝罪しています。 しかし、大江の場合、韓国人の立場・・もっと言えば非日本人の立場から日本を糾弾しています。 これは彼らの出自を考えれば不思議なことです。

在日韓国人の子である孫正義の方が、日本人である事を強く意識し、逆にもともと日本人である、大江の方が日本人であることを拒否しています。 実際、彼は自分が日本人であることがイヤでイヤで堪らないようです。

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孫正義と大江健三郎では立場が逆のようですが、孫正義の方が自分が日本人であると強く意識するのは分からないでもありません。

外国からの移民、あるいは帰化した人の方が、より強くその国籍に愛着を持ち、自己のアイデンティティに拘る・・ということはしばしばあります。 日系アメリカ人には、しばしば自分がアメリカ人である事を強く意識する人がいます。例えば第二次大戦での442部隊などはその例ですし、フィギュアスケートの選手だったクリスティン・ヤマグチは日系4世の自分は完全なアメリカ人なのに、日系という目で見られるのが不思議で仕方ない・・とインタビューに語っていました。

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最近、国籍を日本に変えて、日本人であることを特に強く意識しているのはドナルド・キーン氏かも知れませんが、孫正義もそれに近いのかも知れません。

・・・・・・

それはともかく、大江健三郎という作家は、私にはよくわかりません。

高校生の頃、友人達の間で流行った作家といえば、高橋和巳と大江健三郎、倉橋由美子・・といった人たちです。 その中で大江の作品は、短編小説では「死者の奢り」や「性的人間」など素晴らしいと思えるものが多かったのですが、長編になると、途中で理解不能になることが多かったのです。 「ピンチランナー調書」などは、最初は読めますが、途中で「てにをは」がずれてきたり、関係代名詞が何を指すかが不明になったりして、なんと文章力の低い作家だ!と溜息をつきたくなる存在だったのです。

(てにをはに、狂いがあるのは、「笑うオヒョウ」も同じですが・・・)

・・・・・・

一方で、小説のタイトルの名付け親としては随一です。 奇抜なネーミングで読者を惹きつける、名コピーライターです。 その点は、コラムニストの山本夏彦も褒めていました。 いずれにしても、大江健三郎がノーベル文学賞を受賞できたのは、優れた翻訳家のおかげだと思います。 あの難解(悪く言えば意味不明の悪文)を正確に翻訳できたのなら素晴らしい技術と言えますし、あの日本語の悪文の問題がなくなれば、彼の作品はさらに高い評価を得て当然だからです。

・・・・・・

ところで、脱線しますが、過去のノーベル文学賞の選考時の情報が暴露されました。

http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20120323-OYT1T00710.htm

安部公房が、あと少しで受賞できたのに、亡くなってしまった・・というエピソードには頷けます。たしかに彼はノーベル賞に一番近いところにいたはずです。 一方、これも有力候補だと思われた三島由紀夫はそれほど高い評価ではなかったようですね。 井上靖の作品は、三島ほど外国で紹介されていませんから、多分彼の評価はもっと低かったはずです

意外というかちょっと残念だったのは、私が、真のノーベル文学賞にふさわしいと思っていた遠藤周作の名前が無かったことです。

いずれにしても、安部公房が亡くなったから大江健三郎にノーベル賞が回ってきたという穿った見方が成り立ちます。

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話を元へ戻しますが、よそへ行って、自分の家の悪口を言うというのは、嫁の悪口を外で言いふらす意地悪姑に似ていて、あまり上品な行為とは言えません。顰蹙をかうべき行為です。 それなのに、日本人が外国で自国の悪口を言う行為は、進歩的文化人やマスコミの間で評価されます。 彼らはマゾなのか?それとも日本人ではないのか?

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いずれにしても、大江健三郎は、フランスへ行き、フランス人に向かって日本の非をならします。 でも本当にそうかな?と思ってTVを見ると、なんと彼はパリの書籍展の会場で日本語でスピーチをしています。 つまり彼はわざわざパリまで行って、そこから日本人に対して日本の悪口を言っているのです。 実に不思議です。

それとも彼はフランス語を話せないのか?

優等生ではなかったと聞いているけれど、一応、大江は東大仏文科のはずです。彼が原子力工学と沖縄戦史について無知なのは知っていたけれど、彼はフランス語にも暗いのか?

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私が、本当にノーベル文学賞にふさわしいと考える遠藤周作は東大卒ではありません。 でも彼はフランス人の聴衆の前でちゃんとフランス語でスピーチしていました。

パリにいる大江が、フランス人の前で、フランス語で、フランスの原発に反対する演説をすれば認めるのですが、そうでないのなら、これはなんとも滑稽な漫才です。


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