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【 駆逐艦フィッツジェラルドの悲劇 】 [雑学]

【 駆逐艦フィッツジェラルドの悲劇 】

 

海難事故では、どちらに回避義務があったか、どちらに責任があったかの、検証は非常に難しいのだそうです。古くは瀬戸内海で、紀州藩の船と坂本竜馬率いる亀山社中の船が衝突した際、亀山社中側に非があった可能性が高いのに、坂本竜馬の印象操作やプロパガンダが功を奏して、紀州藩が莫大な賠償金を払った・・というエピソードがあります。

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そして印象操作と言えば、海上自衛隊の艦船と民間船舶が衝突した時のマスコミ報道ぐらい偏ったものはありません。事情が明らかになる前から自衛隊が悪い・・という前提で記事が書かれます。

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広島の沖合で自衛隊の護衛艦「おおすみ」と遊漁船が衝突した際は、各マスコミは、両船の位置関係も知らないうちから自衛艦に責任があるという論調が目立ち、存在しない第3の船舶まで繰り出して、自衛隊側の非をならしました。しかし、それらの自衛艦原因説の報道は、ある日、ピタリと止みました。事故当時の海上の船舶の位置と走る方向・速度が明示されるレーダー情報であるAIS情報が開示されたからです。

http://halibut.blog.so-net.ne.jp/2015-02-24

結果として朝日新聞らが唱えた艦船の位置関係はデタラメでした。そして今は、誰でもこの情報にアクセスできます。インターネットのマリントラフィックというサイトにアクセスすればよいのです。

http://www.marinetraffic.com/jp/ais/home/centerx:-12.0/centery:25.0/zoom:4

もはやマスコミに印象操作はできません。

もっとも、この図面を見ても、素人には即座にどちらの船に責任があるかは断定できません。やはり海難審判の専門家の意見を聞くしかありません。

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今回のイージス駆逐艦フィッツジェラルドとフィリピン船籍のコンテナ船の衝突について、私のみたところでは、どちらかと言えば、イージス艦側に非がありますが、コンテナ船が優速でイージス艦を追い越そうとしていたなら、コンテナ船により多くの非があります。

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しかし、どうでも米軍を叩かなければ気が済まない朝日新聞の論説委員は、米軍をSNSで揶揄しました。「イージス艦 なにやってんの?」とからかうような揶揄するような・・というか「上から目線」の冷やかしです。

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新聞紙面という言論の武器を持つ言論人(というより新聞屋、いやただの捜狐者)が、新聞紙面を使わず、SNSという非公式な場で意見を述べること自体、姑息な印象がありますが、その内容は事実関係に立脚したものではなく、単なるアメリカ軍への悪口でした。

http://www.yomiuri.co.jp/national/20170620-OYT1T50060.html?from=ytop_main2

https://www.stripes.com/news/scale-of-fitzgerald-tragedy-revealed-in-reports-from-lost-sailors-hometowns-1.474266

これでは、航海中に落命した7名の乗組員に対して失礼ではないか?と思うのですが、では実際に亡くなった7人はどんな人だったのでしょうか?

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米国のStars and Stripes誌にはかなり詳しく記載されています。

https://www.stripes.com/news/navy/remains-of-7-sailors-killed-in-us-ship-collision-sent-home-1.474449

年齢的には37歳もいますが、多くは10代か20代の水兵で、写真を見ると童顔です。士官はいないようです。それぞれの紹介文を読むと、祖父が太平洋戦争時代の海軍軍人だったから自分もあこがれて海軍に入隊したというエピソードがあります。沖縄出身で、日本人とアメリカ人のハーフもいます。

一人ひとりの出身地や出身高校が書かれていますが、出身大学は書かれていません。もう少しで任期が終わり除隊する予定だった水兵も何人かいます。

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では除隊した彼らはどこへ行くつもりだったか? 多分、多くは海軍の奨学金を貰って大学へ行く予定だったのです。米国の大学にも、親に学費を出してもらって進学する学生はいますが日本ほど多くはありません。かなりの学生が奨学金で進学したり、自分で働いて貯めたお金で進学します。高校卒業後に軍隊に入って、除隊後に軍隊の奨学金を貰うというのはごく一般的です。最近、日本でも言い出したリカレント型教育の一種です。

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今回、殉職した水兵さん達は、そういう希望をもって未来を切り開いていく人たちだったのです。

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では日本の自衛隊に奨学金制度はあるか?と調べてみると、こちらもあります。しかしそれは除隊後の大学進学を助ける仕組みではなく、自衛隊入隊を条件に現役の学生に貸与するものです。

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その違いは何か・・と言えば、日米の大学の違いです。日本では多少の浪人はあるにせよ、高校卒業後、ほぼ同じ年齢で大学に入学するのが当たり前です。入学前に長いブランクがあると、卒業後の就職も難しくなります。一方、米国の大学では入学年齢はまちまちです。働いて学費を貯金してから入学する人、働いて奨学金の資格を得てから入学する人もいます。

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もう一つの違いは、日本の自衛隊はそれ自体が教育機関であり、除隊後の進学を考える必要がない・・という発想です。自衛隊は有事に於いては戦力ですが、平時は一種の教育機関とも言えます。ただし文科省の監督下にある学校のシステムには組み込まれませんが・・。

従って自衛隊の中でも高度な教育が受けられるという前提で、除隊後の大学進学を考えていないのかも知れません。

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話題がそれましたので戻します。ではなぜ、イージス艦フィッツジェラルドは横須賀に所属し、静岡県沖を航行していたのか? 一言でいえば極東の軍事バランスのためです。もっと言えば、北朝鮮から飛来するかも知れないミサイルに対応するためです。日本の安全保障にも寄与していました。言葉を換えれば、日本を北朝鮮や中国から守る為でもあります。すでにフィッツジェラルドを欠くために、対北朝鮮のシフトに狂いがでているとの報道があります。

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日米安保を問題視し、極東の米軍は日本を守るためにいるのではない・・と主張したい朝日新聞とその論説委員は、それを認めないかも知れません。朝日新聞はなんと60年以上前の安保闘争と、その犠牲者となった樺美智子さんを懐かしんでいます。日本にいる米軍がいまだに憎いのでしょうが、一体読者の何割が樺美智子さんを知っているのでしょうか?

http://www.asahi.com/articles/ASK6K4QNJK6KUEHF00F.html?ref=wmailm_0623_11

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北朝鮮からのミサイルに備えて展開している日米のイージス艦ですが、あえてそれを日本の為の行動ではない・・と考える人もいるでしょう。

では、それなら、これはどうでしょう。

東日本大震災の時、イージス艦フィッツジェラルドは。原発が爆発した直後の福島県沖に展開し、被災地の救援、支援を行いました。自らの被曝を顧みずに敢行したトモダチ作戦です。今回の犠牲者にその時の乗組員がいたかどうかは分かりませんが。

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そのフィッツジェラルドに向かって「なにやってんの」と揶揄したのが、朝日新聞の小滝ちひろ論説委員だったのです。やんぬるかな。


【 成田屋の嫁 】 [雑学]

【 成田屋の嫁 】

 

元気だった頃より病を得てからの方が有名になったり、注目を浴びる人がいるようです。古くは敗血症で亡くなった九条武子とか・・・・例えが古いですね。

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今回、夫に看取られて息を引き取った、市川海老蔵の奥さんの小林麻央もその一人かも知れません。私は彼女がアナウンサーだった時代を知りません。(日本にいなかったのです)。その後、市川海老蔵に見初められ、梨園の妻になったこと、海老蔵が危ない連中と喧嘩して大怪我をした時に献身的な看護をしたことなどは、芸能ゴシップで知っていましたが、それ以上の興味はありませんでした。

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しかし、彼女がガンを患っていることを告白し、しかも非常に深刻な容体の中、必死に闘病をしていると知り、そしてブログを書いていると聞き、興味が湧きました。実はガン患者またはその家族のブログは非常に重要で、ブログのひとつのジャンルになっています。

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同じ病に苦しんでいる人には「あなたは孤独ではない。同じ病に苦しみ闘っている人はここにもいる」と訴えることで、大変な励ましになります。治療方法や薬の副作用に悩む人には、患者が受けている治療内容をそれぞれ公開しあうことで、参考になります。

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乳ガン患者であれば、タキソールをどの段階でどれだけ処方され、それによる副作用はどうだったか・・といった情報は、これから投薬を受ける患者の不安を解消するのに役立ちます。患者には、医師からの情報だけでなく、同じ病と付き合う患者同士の情報も貴重なのです。

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小林麻央のブログには、その種の技術的な内容は少なく、かろうじて疼痛対策のためにガンマナイフの治療を受けたことが紹介されたぐらいですが、でもそれを超えて余りある内容がありました。家族への愛情、未来への希望、死に至る病に敢然と立ち向かう勇気などが、飾らずに自然体で語られ、他の患者だけでなく健康な読者をも勇気づける内容でした。

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想像を絶する苦痛、回復を期待できない絶望感、幼い子供を残して逝くことの無念、それらを乗り越えて、明るくポジティブな内容のブログを書き続けた彼女の強さを思うと、ひたすら首を垂れるだけで言葉もありません。

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気の毒なのは夫の海老蔵も同じです。同じように肉親を失った人でも、親を亡くした子供、あるいは夫を亡くした妻に対しては、まだ言葉をかけられます。しかし、子供を亡くした親、あるいは妻を亡くした夫には、どんな慰めの言葉があるのか?気の毒すぎてかける言葉もありません。

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しかし、海老蔵は多弁過ぎます。妻の死の翌日には、臨終の様子を詳細にマスコミに語っていますが、余計なことです。最後の言葉が「愛してる」だったと説明しましたが、これは下手をすれば「お涙頂戴」にしかならず、全体を安っぽくします。夫婦の間の愛情の機微などは、本来、外部の人に言うべきことではありません。露骨な愛情表現は結婚式だけで、後はあからさまにしないのが日本流です。

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愛妻を失った悲しみを文章表現で示し、文学とする人もいますが、それらの人は深い悲しみをベラベラと話したりしません。作家で評論家であった江藤淳は、愛妻を失った悲しみで強い抑うつ状態になり、仕事もできなくなりました。大声で悲しみを語ることはありませんでしたが、彼の悲痛は周囲の人にはよく理解できたそうです。ついに彼は妻の後を追って自殺しますが、その遺書には、彼の心情が語られ、最後は「諸君、諒とせられよ」と書かれていました。

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しかし、彼の作品を慕う読者からは、「冗談じゃないよ。『諒とせられよ』と言われても納得できないよ。どうして彼は奥さんの死を乗り越えられなかったのか?」という声がインターネット上に溢れました。

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では妻を亡くした悲しみを、男はどう語ればいいのか? 経験の無い私には分かりませんが、ひとつ思い出すのは映画東京物語」での笠智衆のセリフです。

彼は長年連れ添った妻(東山千栄子)が亡くなっても、声をあげて泣くこともなければ、涙も見せません。そして、翌朝、浄土寺の境内から海を見下ろし「きれいな夜明けだったなぁ。今日も暑くなるぞ」とポツリとつぶやきます。そこに連れ合いを亡くした老境の男の無限の悲しみが表現されています。昭和時代の観客はその台詞を聞いて、彼の気持ちを理解しました。

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しかし平成時代の役者である海老蔵にその機微が分かるか?そこは不明です。それはともかく、悲しみの表現は控えめで、そっけなくてもいいのです。

「妻は、昨日の夜、家族に見守られて他界いたしました」という一行だけでいいのです。そっけない表現でも、深い悲しみを表現できなければ、本物の役者ではありません。 もし海老蔵がそこを心得、悲しみを秘めながら、たんたんと妻の死を語れるようになれば、成田屋の演技もきっと一皮剥けたものになるはずです。合掌。


【 アニサキスが一杯 】 [医学]

【 アニサキスが一杯 】

 

先日、東京駅横のクリニックで胃の内視鏡検査を受けた際、事前のアンケートに「胃の中にアニサキスが見つかった場合、除去しますか?」という質問項目があり、驚きました。

そんな寄生虫が見つかれば、すぐに取ってほしいと思う人が大半でしょうが、若干の出血を伴うので、迷う人もいるのでしょうか?

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そもそも、アニサキスが胃壁に噛みつくと七転八倒の痛みだそうですから、内視鏡で見つけるまで自覚症状なしというのは、現実にありうるのでしょうか?

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それにしても、前回受診時にはこんな質問項目は無かったはずです。アニサキスも有名になったものだ・・と思います。私がこの寄生虫の名前を知ったのは、今は亡き森繁久彌のインタビュー番組です。ある時、彼は急に猛烈な胃の痛みに襲われ、医者に担ぎ込まれたとのこと。内視鏡で胃を見てみたら、小さな虫が胃壁にかじりついており、それを内視鏡のピンセットで取り除いた途端、ケロッと痛みはおさまったというのです。原因は?といえば生魚を食したことだそうで、よくよく聞いてみるとこれは彼のグルメ自慢でした。

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普通は生で食べないお魚、あるいは珍しい料理をいただいた結果、とんだ災難にあったと言いますが、なんのことはない、ちょっとした自慢話だったのです。昭和の大美食家であった魯山人が生肉を食したためにジストマ(古い名前です)に罹っていたようなものです。

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しかし、最近はなぜかアニサキスの話題をよく聞きます。お笑い芸人のおなかの中には8匹もアニサキスがいた・・とのこと。大変な痛みだったろうに・・と思う反面、これもやっぱり大変な目にあったというお笑い芸人の自慢話だな・・と気づきますが、それだけアニサキスが人々に知られてきたということで、それはなぜだろうか?とくだらないことを考えます。

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理由の一つは胃カメラというか内視鏡の普及です。

明治時代までなら、強い胃痛を感じても原因不明のままでした。「持病の癪が・・」という症状の幾らかは、小さな寄生虫が原因だったかも知れません。

もう一つの理由は冷蔵技術の発達や輸送技術の発達で生魚あるいはそれに近い魚を食べる機会が増えた事です。

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話は飛躍しますが、私は駅弁として有名な富山の「鱒の寿司」が大好きです。感覚的には、もう少し酢が薄い方がおいしく頂けると思うのですが、そうは問屋が卸しません。衛生上の理由であまり酢を薄くできないのだそうです。「鱒の寿司」はそのギリギリの線でおいしく、かつ衛生的な食品となっているのだそうです。しかし、酢で〆ることでサナダムシなど他の寄生虫は殺せても、アニサキスはそうはいきません。何と言っても、pH=1.01.5の胃酸の中でも元気なアニサキスですから、酢飯ぐらいでまいるはずはないのです。

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ではアニサキスを防ぐにはどうすればいいのか? 高温で処理するか、冷凍で4時間以上保持するしかありません。だから「鱒の寿司」では敢えて、マスを冷凍してから使用しています。本当は生の方がもっとおいしいのでしょうが・・・。

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「鱒の寿司」はともかく、生の食品を尊び、なるべく火を加えずに食べる方がおいしいのだという考え方は根強くあります。前述しましたが、昔は無理だったけれど、今は輸送方法や保存方法の発達で珍しい生の料理が食べられるようになり、それがアニサキス増加の原因だとする説があります。

http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E5%AF%84%E7%94%9F%E8%99%AB%E3%80%8C%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%82%B5%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%80%8D%E3%81%AE%E9%A3%9F%E4%B8%AD%E6%AF%92%E6%80%A5%E5%A2%97-%E3%81%9D%E3%81%AE%E8%83%8C%E6%99%AF%E3%81%AF/ar-BBCssMm?li=AA570j&ocid=spartandhp

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なまじ、技術が発達したために、寄生虫が生き残って悪さするというのは皮肉な話ですが、外国人から見れば、生魚など食べるからだ・・ということになります。 このまま行けば、伝統的な日本のお刺身文化や寿司文化が危機にさらされます。

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しかし、私は別のことを考えます。アニサキスの増加は、内視鏡の普及や生魚を食べる機会の増加以外にも原因があるのではないか? 誰も言いませんが、私が思うのはクジラの個体数の増加です。以前、調査捕鯨で捕らえて解体したクジラの胃の内壁にビッシリとアニサキスが付着していたという話を聞いたことがあります。そのクジラはさぞかし胃痛に悩んだろうな・・なんてことを考えますが、もっと大きな問題があります。実はアニサキスはクジラやイルカの消化器の中で繁殖し、その糞便とともに海洋に排出されるのです。

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商業捕鯨が禁止され、クジラの個体数が増えているのは事実です。しかし、その弊害について報告するのは、なぜかタブーのようです。サンマのような回遊魚の漁獲量の急減の理由の一つは、クジラによる捕食の増加が考えられます。またオキアミの減少もクジラの増加によると思われ、オキアミを捕食する魚類もその影響を受けて減少したと思われます。

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それに加えて、アニサキスを撒き散らすクジラの増加は、日本人のアニサキス症を増やしているのではないか?と私は思います。クジラの糞便は、一種の海洋汚染です。それに加えてクジラのオナラは、温室効果ガスを大気中に放散することになります。クジラの増えすぎは、環境に大きな影響を与えるのです。

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反対する国も多いのですが、日本は調査捕鯨を続けるべきです。クジラの個体数の増加がもたらす影響を詳しく調査すべきです。 そして捕獲した個体を調べる時には、胃袋の中のアニサキスの有無も必ず確認すべきです。

これは、クジラを食べるか否かではなく、日本の素晴らしいお刺身文化と寿司文化を守るためです。 そう考えれば、胃痛を抱えて亡くなったクジラも浮かばれるというものです。


【 月三更 】 [俳句]

【 月三更 】

 

先日、弊ブログに「月三更 ばせをの朝の あくびかな」という駄句を載せたところ、

「意味不明」とのお叱りを受けました。

http://halibut.blog.so-net.ne.jp/2017-04-29-1

そこで無粋の極みながら、恥を忍んで私の句を解説させていただきます。

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最初の月三更とは、深夜 丑三つ時に輝く月のことです。正確には満月でなく十三夜の月ですが・・・。この言葉は上杉謙信の「霜は軍営に満ちて秋気清し」で始まる漢詩<九月十三夜陣中作>に登場します。「数行の過雁 月三更」 

https://nippon-kanshibun.net/kenshin01-928fe79d5f98

日本外史に登場したおかげで有名になった詩ですが、もともと北陸地方の人にはなじみがあります。オヒョウが上越市に暮らしていた頃、直江津のK部長のお宅をお邪魔しました。そこには額に入れてこの漢詩が掛けられていました。思わず口に出して読むと、K部長がニヤリとして、「やはりオヒョウさん知っていますね」 同じ北陸人ですが、立場は微妙に違います。直江津の人には、上杉謙信は地元のヒーローです。他方、石川県出身の私には、越後の軍勢に攻め込まれた時の詩なので、どちらかというと被害者の立場です。

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詩の中に登場しますが、「越山併わせ得たり能州の景」というのは、越中(富山)は既に手中に入れた。次は能登(石川県)七尾の畠山氏を倒すところだ・・という話ですから石川県人としては穏やかではありません。それにしても上杉謙信の漢詩は見事です。

武人にしておくのは勿体ないとも思います。戦場で漢詩を詠む腕前では、彼に伍するのは乃木希典ぐらいですが、乃木は戦が全く下手だったのに対し、上杉謙信は戦国時代の武将の中でも最強の存在だった訳で、石川県人であっても一目置かざるを得ません。

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だから、私には俳句の限られた字数の中で、深夜の名月を表せ・・・・と言われたら、月三更しか浮かびませんでした。しかし、本来俳句に漢詩の文言は硬すぎてなじみません。漢詩を取り込んだ俳句といえば、オヒョウの知る範囲でいえば、服部嵐雪の

「沙魚釣るや水村山郭酒旗の風」 同じく与謝蕪村の

「菜の花や水村山酒旗の風」くらいです。

「春なれや水村山郭酒旗の風」というのもありますが、これらは、杜牧の「江南春」そのままです。漢詩をそのまま俳句に放り込んだ乱暴な句ですが、それが許されるのは嵐雪や、蕪村だからです。しかし、全体に俳句が生硬になってしまいます。

それ以外にも漢詩に想を得た・・というかインスピレーションを得た俳句はたくさんありますが、皆苦労しています。 同じく与謝蕪村の「易水にねぶか流るる寒さかな」も漢詩から題をとっていますが、中身は俳句です。

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だから、漢詩の文言を俳句に入れるのは本来タブーなのに、それをしてしまいました。そのため私の句には硬さが残ります。

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次の「ばせを」の意味ですが、これは松尾芭蕉を私なりに読んだものです。彼は揮毫では「はせを」と書いたそうですが、私なりに「は」を濁音にして「ばせを」としました。造語も本来はタブーです。

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最後の「朝のあくびかな」ですが、2重の意味でいけません。既に季語としては月が入っており、これは秋の季語です。一方、朝の眠気は春の季語です。よく分かりませんが、「春眠暁を覚えず」から来ているのかも知れません。異なる季節の季語が同居してしまいました。

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そして最後はストーリー性の問題です。

夜更かししたからさぞかし朝は眠たく、欠伸のひとつもしただろう・・・・という滑稽味のある推測は、川柳の味わいに通じるもので、俳句にはなじみません。

歴史を読み込んだ川柳(史川)には、いろいろあります。

「安珍は はした銭など 落っことし」

  娘道成寺で、急いで清姫から逃げる安珍は、焦って走ったから小銭ぐらいは袂から落として、しかも拾う余裕はなかっただろう。

 

「外科に行く みちみち 犬に吠えられる」

  これは徒然草にある話で仁和寺の和尚が戯れに鼎の中に頭を突っ込んで取れなくなった時の話で、奇怪な姿で医者へ行こうとすれば、驚いた犬に吠えられたのでは?

 

「三郎は 筆で毛虫を 払いのけ」

  児島三郎高徳が隠岐の島に配流となった後醍醐天皇を美作の宿駅で奪還せんとして果たせず、桜の樹の幹に「天勾践をむなしゅうすること莫れ」と墨書した時、おりしも初夏で、桜の樹には毛虫がたくさん付いていただろうから毛虫を払い除けながら字を書いたはずだ・・という頓智です。

 

文章にすると、どうしてもつまらなくなってしまいますが、優れた川柳はひとひねりもふたひねりもしています。それに比べて、深夜に起こされたから朝は眠たかろう・・というのでは、当たり前すぎます。

つまり川柳としてもひねりが足りないのですが、俳句の味わいからも遠いのです。

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以上を以って、自作の句を駄句としたのですが、芭蕉記念館からの帰りの電車の中(約1時間)で作ったインスタント作品ですから、どうかご容赦のほどをお願いしたいのです。

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ああ、自分の句を説明するために、ながながと書いてしまいました。恥ずべきことです。「雄弁は銀、沈黙は金」と言いますが、私に言わせれば「能弁は銀、多弁は鉄」です。

私のブログは、多弁に過ぎます。

 

「字余りは、俳句にブログに わが人生」


【 エキノコックスについて考える 】 [医学]

【 エキノコックスについて考える 】

 

我が家の愛犬に予防接種をする際に考えます。既に老犬であるし、病を得ているので、以前と同じように、狂犬病、ジステンパー、フィラリアの3種類を接種するのは体の負担が大きいのではないか?と思うのです。

中国で暮らしていた私は、かの地では狂犬病が今も脅威として存在するのを知っています。しかし、日本ではもう何年も発病が報告されていません。どこかの時点で、政府が狂犬病は制圧されたと宣言して予防接種を廃止してもいいのではないか?と思うのです。

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そして狂犬病の予防接種の代わりに、駆虫薬プラジクアンテルを与えてはどうか?とボンヤリと考えます。それは致死性の寄生虫病であるエキノコックス症を考えるからです。

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1980年代、私は旅行で礼文島に行きました。そこで民宿の宴会に参加したのですが、地元の古老に「エキノコックスはどうですか?」と尋ねました。その瞬間、笑顔だった老人の表情は凍り付いたようになり、「もう長い間、エキノコックスは発見されていない。礼文島をエキノコックスの島であるかのように言うのは止めて欲しい」実際、礼文島のエキノコックスは駆除されたようです。しかし実態は北海道全土に拡散したという見方もあります。その後、根釧地方でエキノコックスが発見されているのです。

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エキノコックスについての説明は省略しますが、この致死性の寄生虫病は、今も中国の西域で猛威をふるっていますし、欧州でも大問題です。政治的にも大きな摩擦の原因になっています。

http://www.vet.kagoshima-u.ac.jp/kadai/V-PUB/okamaoto/vetpub/Dr_Okamoto/Zoonoses/Zoonoses%20in%20Humans/EU%20Echinococcus%202014.pdf

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エキノコックスの島として有名だったアイスランドでは、一時期、対策として犬を飼うことを全面的に禁止し、犬の輸入も禁止しました。 それは世界一の愛犬国を自認する英国のプライドを傷つけました。 英国の犬も持ち込み禁止になったからですが、英国の飼い主にとって、エキノコックスに感染していると疑われることは受け入れがたかったはずです。

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英国とアイスランドはもともと仲が悪いのですが、タラの漁場を争ったタラ戦争や、第二次大戦中の英国軍によるアイスランド侵攻と並んで、エキノコックス騒動は両国間の関係を悪化させたのです。現在、アイスランドのエキノコックスが完全に制圧されたかは不明です。この寄生虫は、飼い犬だけでなく、野生のイヌ科の動物(キツネも含む)や齧歯目の動物に広く寄生し、駆除完了を確認するのが難しいからです。

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日本の場合、礼文島のエキノコックスは制圧したものの、北海道全土に広がってしまいました。余談ですが、帯広に赴任した私の長男はかわいいキタキツネを見かけるそうですが、決して触らないそうです。しかし、本当はそれだけでは不十分で、北海道名物の馬糞風を避ける必要もあります。

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その北海道の風土病が近い将来、本州に広がる可能性があります。以前、ムツゴロウの動物王国が経営破綻し、飼育していた動物を関東地方に移動した際、専門家から懸念が示されました。 十分な管理がなされていなかった犬を本州に連れてくるのは危険だ・・という意見です。ムツゴロウ側がどう反論したかは忘れました。

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その指摘が正しいか否かは不明ですが、それ以前に青函トンネルが問題です。キタキツネがトンネルを通って本州に来るかどうかは不明ですが、野ネズミぐらいなら、本州に来る可能性は高いといえます。 彼らは電線のケーブル被覆を齧りながら移動します。北海道で生まれ、エキノコックスを宿す小動物が既に本州に入っている可能性は否定できません。

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今のところ、本州に暮らす人がエキノコックス症を発症したというニュースは、まれにありますが、あまり信用できません。なんでも、エキノコックスの症状は肝吸虫(昔風に言えば肝ジストマ)などに似ており、簡単には識別できないからだそうです。

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本州の野生動物にまでエキノコックスが広がった場合、その防疫対策の要になるのは獣医師です。動物の段階で食い止めなければ人間に被害が及ぶのです。のんびりと、獣医の数は足りているから、新たな獣医学部は必要ない・・などとは言っておれなくなります。 口蹄疫や鳥インフルエンザと並んで、エキノコックスは「今ここにある危機」」なのです。

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それでも日本の場合はまだましです。この問題で頭が痛いのは中国です。

中国政府は、漢民族以外の少数民族を慰撫するため、一種のAffirmative Actionを行っています。インフラ投資も、小数民族の省に手厚くし、名門大学への入学定員も少数民族には多く割り当て、倍率が低くなるようにしています。 インフラ整備を通じて、公衆衛生面でも、少数民族地域の環境改善を図っている訳ですが、実際はそううまくいきません。地方の少数民族の地域の方が疫病も多く、死亡率が高いそうです。

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むりやりチベットを併合したのはいいものの、チベット族では結核が流行っています。漢民族より劣悪な環境で劣悪な暮らしを強いられているからだ・・と私は思いますが、中国政府には都合の悪い現実です。

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そして同じく小数民族の地域である青海省や新疆ウイグル自治区では、エキノコックスが流行っています。最前線で奮闘する医師(こちらは人間相手の医師)が嘆いています。「エキノコックスを駆逐できるのは、小さな島だけで、大陸の大平原でエキノコックス対策をするのは無理だ」

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO16738850T20C17A5000000/

無理だと言っても、抑え込まなければ、災厄は全世界に及ぶ訳で、ここは、技術とお金と人手を集中的に投入する必要があります。 でもはっきり言って狂犬病すら対応できない中国政府にはエキノコックス撲滅は無理です。

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経済成長を遂げた中国には、もはや金銭面での援助は不要です。しかし、この国に欠けている民生の為の技術、あるいはプロジェクトを遂行するノウハウを日本から援助することは可能だし、必要でもあります。そして、そのプロジェクトには人間用の医学と獣医学と農学・生物学が協力して取り組む必要があります。

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しかし、近代化してから歴史が浅い中国の学会は学際分野のプロジェクトが苦手なのです。その分野こそ、日本が得意で協力できる分野です。かつて日本から中国への技術協力は産業界に偏り、日本のライバル企業に塩を送る結果になったものが少なからずあります。 またハイテク技術を供与すると軍事利用される懸念もありました。

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しかし、辺境の地域の風土病対策、寄生虫対策にはそれらの問題はありません。そして現地の人々には確実に歓迎されます。中原に暮らす漢民族の中国政府には煙たがられるかも知れませんが・・・。

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日本も一種のAffirmative Actionとして、ウイグル族やチベット族、回族などの留学生を受け入れ、寄生虫駆除対策の研究を指導すべきです。 現在、日本の獣医学は、獣医学部だったり、農学部獣医学科だったり、畜産学部だったり、その扱いもまちまち(というよりでたらめ)です。 ここは人間の医学部医学科のように獣医学部獣医学科に統一して入学定員も確保すべきでしょう。

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どうです? 獣医学部の定員増の必要性を見いだせなかったとうそぶく元エリート官僚の前川さん、あなたはどう思いますか?


【 官僚の人事権とゆとり教育 その3 】 [政治]

【 官僚の人事権とゆとり教育 その3 】

 

加計学園の獣医学部新設にあたって首相サイドから圧力があったかなかったかは、これから明らかになるでしょう(ならないかも知れませんが)。 この学校法人に、森友学園に通じるうさん臭さがあるのも事実です。

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しかし、一方で学校設立の許認可の基準を緩和するのも既定路線です。規制緩和は、自民党政権でも民主党政権でも、大いに進めるべしというのが、統一見解です。しかし、官僚の中にはこれに反対する人もたくさんいます。 中央官庁には政策立案型官庁と許認可型官庁の2種類の性格があり、文部科学省はどちらかというと後者の色彩が強い官庁です。そうなると、規制緩和には当然慎重・・もっと言えば反対になります。

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前川前次官は、その思いが特に強いようです。 獣医学部の新設にあたって、既存の他校の獣医学部ではできない点、或は現存の16の獣医学部では対応できない問題が明確に見えなかったので反対したとのことです。

https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E3%80%90%E5%89%8D%E6%96%87%E7%A7%91%E6%AC%A1%E5%AE%98%E4%BC%9A%E8%A6%8B%E8%A9%B3%E5%A0%B1%EF%BC%88%EF%BC%95%EF%BC%89%E3%80%91%E5%89%8D%E5%B7%9D%E5%96%9C%E5%B9%B3%E6%B0%8F%E3%80%8C%E5%87%BA%E4%BC%9A%E3%81%84%E7%B3%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%81%AB%E8%A1%8C%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BA%8B%E5%AE%9F%E3%80%82%E5%AE%9F%E5%9C%B0%E8%A6%96%E5%AF%9F%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E3%81%A7%E6%95%99%E8%82%B2%E8%A1%8C%E6%94%BF%E3%81%AE%E8%AA%B2%E9%A1%8C%E3%82%92%E8%A6%8B%E3%81%84%E3%81%A0%E3%81%9B%E3%80%81%E6%84%8F%E5%91%B3%E3%81%8C%E3%81%82%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%80%8D/ar-BBBvUex#page=2

しかし、私に言わせれば、私学の教育とはそういうものではありません。学びたいという学生がいて、教えたいという教授がいて、教育の場が必要だと考えたら、学校は成立するし、必要なのです。あとは、月謝だけで学校が運営できるかという経営上の問題だけです。

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文科省の役人風情が、卒業しても就職先が無いからとか、社会的に需要と供給がバランスしているから新しい学校は不要・・とするのは不遜に過ぎます。

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世の中には、難しい資格を取得した者だけが就ける職業が幾つかあり、それらの人がギルドを構成し、世間からの尊敬と高い報酬を得ているのは事実です。難しく知的な仕事で、社会に貢献する仕事だから尊敬されるという訳ですが・・・。

しかし、畢竟それらは、教育機関や合格者の定員を少なくすることで希少価値を維持しているというのが本当のところです。かつては尊敬され格好いい職業の代表であった、弁護士や歯科医の数が増えた結果、過当競争になり、収入も不安定になりました。

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米国では弁護士はアンビュランスチェイサーと呼ばれます。つまり、救急車が走っていく先には事故があり、訴訟ネタがあるはずだから、そこに行けば仕事にありつけるというさもしさを意味しています。日本もそうなる・・か、どうかは分かりませんが、数が多すぎて過当競争になるのは困ったことです。 

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でもその問題は、文部官僚が考えるべきことではありません。前述の通り、本来大学とは、知識を得ようとする者の為にあるのであり、就職予備校ではないからです。入学したい人がいて、教える環境を求める人がいれば、認可するのが筋です。 それが規制緩和の精神であると考えます。

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前川氏は、ここで獣医学部を増設すれば、歯科医などと同じ問題が起きるから、新設に反対だったようですが、果たして獣医の数は足りているのか?不足しているのか?

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前川氏がどういう調査をしてどういう検討を経て、獣医学部の新設は不要と判断したのか不明ですが、専門家でない彼に十分な検討ができたのかはなはだ疑問です。 私も素人ですが、獣医師はこれからさらに必要になり、現在の大学の定員では足りなくなると思います。

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古典的な考え方では、獣医師はペットを相手にする犬猫病院や、牧場の牛の出産幇助、動物園の勤務医といった仕事になりますが、これから変化します。 鳥インフルエンザや口蹄疫が、猖獗を極める事態となった時、最前線で戦うのは獣医です。国際化が進み、海外からの病原体の侵入の機会はさらに増えます。獣医師は足りません。

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そしてもう一つ、今後、医学が進めば、医師と獣医とがオーバーラップする領域が増えてくるのではないか?ということです。 特に公衆衛生学の分野では医師と獣医師そして農学の専門家の連携や協力が欠かせません。 

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素人のオヒョウが何を言うか?と叱られそうですが、私はそれなりの理由があってそう思うのです。 その一例として、エキノコックスの問題を次報では取り上げます。


【 官僚の人事権とゆとり教育 その2 】 [政治]

【 官僚の人事権とゆとり教育 その2 】

 

文科省エリートであった前川氏の業績で見逃せないのは、「ゆとり教育の推進」です。「ゆとり教育」は大失敗で、万死にあたる罪です。この責任を彼は負うべきです。

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詰め込み教育と激化する受験戦争への反省から導入された「ゆとり教育」ですが、文字通り、のんびりとした児童・生徒を作り出しただけです。授業時間を短縮し、その時間で「生きる力を身に着ける教育を」というスローガンでしたが、空いた時間は、社会見学や一部のボランティア活動を除き、ゲームに費やす時間になりました。一方で親に経済的余裕がある生徒は、その時間を塾通いにあてました。私立の進学校を選ぶ子供も増えました。その結果、親の経済力が、露骨に児童生徒の学力に反映することになりました。

http://www.nippon.com/ja/in-depth/a00601/

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しかし、最も大きな問題は、若い内に学ぶべき多くの事柄を学ぶ機会を失ったことです。

例えば、ゆとり世代にとって円周率は3です。それ以前の世代では便宜的に3.14で計算しました。 3と3.14 たったそれだけの違いではないか?と思われるかも知れませんがそうではありません。

円周率は最も有名な無理数で、小数でも分数でも表すことはできません。円周率が無理数である証明は、非常に難しく、私自身も理解している訳ではありませんが、円周率のおかげで、数学の世界には無理数が存在し、むしろ有理数(整数や分数、小数で表記できる数)より一般的だという具合に数論の入り口を知ることになります。その上で便宜的に3.14と表記する事を理解する訳ですが、円周率が3となってしまっては話が違います。 円周率を整数だと誤解するかも知れず、非常に重要な数学の概念が抜け落ちてしまうのです。

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毎年、世界各国の生徒の自然科学の学力を評価し比較するイベントがありますが、かつて世界のトップクラスだった日本の生徒の平均学力は、「ゆとり教育」の結果、どんどん落ち、アジアでもシンガポールなどに遠く及ばないレベルに低下しました。喜んだのは特アと呼ばれる中国と韓国です。彼らの日本に対するライバル意識は強烈ですから、日本の「ゆとり教育」を大歓迎したはずです。

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「ゆとり教育」が目指した、旧来のカリキュラムから離れた自主的な学習など、小学生には無理です。 自分で、何を学ぶべきか、あるいはどうやって学ぶべきかを考え、能動的に学習できるのは、大学生以上です(これは日本も外国も同じ)。それを小学生に求めてどうするのか?

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もう一つの大罪は、東日本大震災で多くの犠牲者を出した大川小学校の事件の検証委員会の設置です。他の学校では皆避難に成功し、犠牲者は最小限だったのに、なぜ大川小学校では多くの死者・行方不明者を出したのか? ひたすら時間を無駄にし、ちょうど津波が訪れる最悪のタイミングで川を渡ろうとした愚かしさの元は何なのか? 嘘に嘘を重ねて本当のことを語ろうとしない、唯一生き残った教師の不誠実さは何なのか?

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もとをたどれば、校長が一人いないだけで、何も判断できない無能な教員の問題に帰着する訳ですが死者を鞭打ちたくない人々の追及は甘くなります。そして前川氏が設けた検証委員会から犠牲者の家族は締め出されました。教育現場の「事なかれ主義」を考えた場合、責任所在不明のままでうやむやにしようという意図が丸見えです。なにせ、いじめの自殺事件の検証でも、遺族が必死に訴えなければ真実が表に出てこない世界です。

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その、一種の隠蔽工作を図ったのが前川氏であるとすれば、「ゆとり教育」の導入に並ぶ大罪です。「ゆとり教育」も「大川小学校検証委員会」も、前川氏ひとりに責を負わせるのは酷かも知れませんが、彼も関与したはずです。そして全体に対して責任をとるのが、事務方のトップである事務次官というものです。

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どうしてそんな男が官僚の頂点である事務次官まで上り詰めたのか? 理解できませんが、外部の干渉を受けず、内部の「役所の論理」で人事が決まったからでしょうか?それならば、なぜ前川氏が・・ではなく、前川氏だからこそ次官に上り詰めたという風に理解できます。 公務員試験が4番だろうと、何番だろうと関係ありません。

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やがて全体への奉仕者たる官僚についても、従来の単純な減点主義ではなく、個々人の業績を評価し、信賞必罰が実施される人事制度が適用されると私は思います。無能な大臣に振り回され、その大臣に評価されるというのでは、高級官僚には不本意かも知れませんが、サラリーマンなんてそんなものです。

 

ところで、前川氏は怪しげな加計学園の獣医学部新設に身を挺して抵抗したジャンヌダルクだそうですが、果たしてどうなのか?そのあたりについて、次報で管見を申し上げたいと思います。


【 官僚の人事権とゆとり教育 その1 】 [政治]

【 官僚の人事権とゆとり教育 その1 】

 

だいぶ昔のことですが、小泉内閣で田中角栄の娘の真紀子が外務大臣だった時、田中真紀子外相と野上事務次官以下の官僚の軋轢が激しくなりました。官僚は全員そっぽを向いた状態となり、彼女は孤立しました。

そこで彼女は言うことを聞かなかったり、逆らった部下を馘首しようとしましたができません。他の省庁から出向で来ている官僚については、古巣に帰って要職を与えられますし、外務省プロパーの官僚についても、クビにはできないのです。閣議で彼女はその問題を取り上げ、「それはひどい」と憤慨する閣僚もいたそうですが、どうにもできません。

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不思議なことですが、大臣には部下である官僚の人事権が無かったのです。国家公務員は全体への奉仕者であり、誰か特定個人に忠誠を誓うというものではありません。そしてその身分は保証されます。

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結局、喧嘩両成敗ということで小泉首相自身が、野上次官から辞表をとりつけるのと同時に田中真紀子を罷免する形で決着がつきました。首相自身が乗り出さなければ、官僚の人事は動かなかったのです。

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今にして思えば、田中真紀子は外務大臣として全くの無能で、失敗ばかりを重ねました。父親は人たらしで優秀な部下を使いこなしたのに、娘は部下の使い方を知らず、どなりちらすばかりでした。本来、人の上に立つべき人ではなかったのです。自分が部下を管理できない醜態を閣議で明らかにするというのもみっともないことです。

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しかし、このエピソードはひとつの疑問を抱かせました。省庁のトップである大臣に決められないのなら、高級官僚の人事は誰がおこなうのか?人事権は誰が持つのか?

戦前なら高級官僚は、親任官、勅任官、判任官に分かれ、任免権者が明確でした。形だけですが、親任官と勅任官は天皇から任命されていました、

今、各省の大臣に人事権がないとすれば、官僚が暴走する可能性があります。戦前の陸海軍がそうであったように、自分の組織を守ることが目的化し、内向きの活動が評価され、組織が肥大化します。

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それを防止するために、一部の高級官僚の人事権を内閣に移動する対応がとられました。平成14年に発足した内閣の人事局がそれです。

http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e7%8f%be%e5%bd%b9%e5%ae%98%e5%83%9a%e5%9b%bd%e4%bc%9a%e7%ad%94%e5%bc%81%e3%80%81%e3%81%9d%e3%82%93%e3%81%9f%e3%81%8f%e3%81%ae%e5%b5%90-%e5%ae%98%e9%82%b8%e3%81%ab%e4%ba%ba%e4%ba%8b%e6%8f%a1%e3%82%89%e3%82%8c/ar-BBBxqdy?ocid=spartandhp#page=2

 

すると、マスコミは、一斉に反発しました。官僚が政治家の顔色ばかりうかがうようになり公平で適切な行政が行なえなくなる・・というのです。

これは奇妙なことです。かつて民主党政権のころは、行政を官僚の手から政治家の手に取り戻せ!だの、政治主導で清新な行政を!と訴えていたのに・・・。当時、官僚は「箱物」ばかり作り、天下り先を生み出すと同時に土木建築の業界の既得権益を守る・・ということで、悪者にされ、民主党のスローガンは「コンクリートから人へ」でした。菅直人元首相などは、「官僚はバカばかりだ」と公言して憚らず、それがまたマスコミうけしていました。

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それが自民党政権になったとたんに、今度は政権に逆らう官僚がヒーローになりました。政治家が悪者で官僚は善玉です。民主党政権の時と全く逆です。朝日新聞などには、理屈ではなく、自民党政権に逆らう人がヒーローなのです。

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私は、官僚であろうが、民間のサラリーマンであろうと、目を光らせる存在、生殺与奪の権限を持つ存在がなくなれば、組織は肥大化し、判断は独善化し、人は暴走すると思います。だから3すくみのように、牽制しあう権力構造が望ましいと思います。官僚の上に立つ政治家も必要ですし、民間人の監視も必要です。何より官僚の査定と評価には、国民のまなざしでの審判が必要であろうと思います。

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では今回、政府という権力に盾つき、総理大臣のスキャンダルの鍵を握るとされるマスコミのヒーローである前川前事務次官はどうなのか?

次報で彼の業績を洗います。


【 転失気 について考える その2 】 [医学]

【 転失気 について考える その2 】

 

看護師は「気分はどうですか?」と尋ね、「そうですか。ガスは出ませんか。後半は体内に吸収されやすいガスにしましたので、やがて吸収され、張りは解消するかも知れません」とのことです。 

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ガスによって吸収度合いが違うのは、体液への溶解度の差なのか、気体分子の粘膜の透過率の差なのか・・ちょっと気になります。ではこの場合のガスの吸収はヘンリー則に則るのかラウール則に則るのか・・・と、その昔学んだ化学を思い出します。

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製鉄所にいた頃、溶鋼の水素の吸収についてヘンリー則を適用して計算したら、東北大の院を出た新人スタッフに「違いますよ。ヘンリーの法則ではなく、この場合はジーベルツの法則を適用します。オヒョウさんは金属学を専攻した訳でもないのに知ったかぶりをしないでください」とたしなめられました。苦い記憶ですが、インテリにやり込められて、なんだか寅さんになった気持ちでした。

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それにしても、腸の吸収が効率的なら、これを有効活用できないものか?とおなかを撫でながら考えます。通常は経口投与されている薬でも、経腸投与することで、メリットが出るのではないか? 例えば硫酸アトロピンを座薬にできないか?

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私は呉の座禅道場の会話を思い出します。座禅道場では、眼科の専門医のお二人に、散瞳剤であるアトロピンの作用機序について、少し教わりました。アトロピンは眼科では主に点眼薬か軟膏だそうです。

しかしムスカリン受容体に拮抗する薬として考えた場合、アトロピンは眼科だけの薬ではありません。有機リン系の毒薬(サリン等)の解毒剤になりますし、消化器官の痙攣や運動亢進や消化液の分泌過多の抑制にも使われます。それらの場合は、注射か経口投与だそうです。 それならアトロピンを経腸投与する方法もあるのではないか?腸で吸収されれば、作用は迅速に現れるだろうし、必要最小限の量で済むなら副作用も限定的だ・・。 妄想は続きます。

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じっとしていると、荒唐無稽なことばかり考えてしまうのは私の悪いくせです。そしてもうひとつの悪い癖は、専門家(特に医師)に対して、つい知ったかぶりで、知識をひけらかしてしまうところです。そう言えば、くだんの広島の眼科の先生方にも、いろいろな話をぶつけて、ご迷惑をかけてしまったなぁ。大いに反省しなくては・・・・。

しかし、それにしても医師に対して雑学をひけらかすというのは、潜在的に何らかの対抗意識を持っているからなのかなぁ? それとも一般的にインテリに対する反発やコンプレックスがあるのかなぁ。そうすると、これはフーテンの寅さんと同じです。寅さんが恋敵の医者に言った「てめぇ、さしずめインテリだな?」というセリフを思い出します。やれやれ、私は、検査中はゾウになった気分でしたが、検査を終えた後は、トラさんになった気分です。

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そこまで考えたところで、私のお尻から、一発、おなら、もとい転失気がでました。雷鳴というほどの大音量ではありませんが。 私はその瞬間、誹風柳多留のもう一つの川柳を思い出しました。 

「屁をひれど、おかしくもなし 独り者」

どうやら私には俳句よりも川柳の方が向いているかも知れません。

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あ、ところで余談ですが、私の大腸検査の結果は問題なく、健康体でした。素人の私が観てもきれいなおなかの中でした。

実際、オヒョウくらい、腹黒さと無縁の男はいないのです。


【 転失気 について考える その1 】 [医学]

【 転失気 について考える その1 】

 

先日、5年ぶりの大腸内視鏡検査を受けました。レガシーというか、前回受診したクリニックで検査を受けるのが良かろうと思い、今回も東京駅の横のクリニックで前回と同じ先生にお願いしました。

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内視鏡と一緒に相当量のガスを腸内に送り込み、おなかはカエルのそれのように膨らみます。鏡はないけれど、もしあれば、自己嫌悪に陥る見苦しい様であったに違いありません。筑波山のガマガエルなら脂汗を流すところです。

3人の看護師が私のおなかをさすりながら、「苦しかったらガスを出してください」と声をかけてきます。しかし、なぜかおならは出ません。若い女性4人を前にしておならをすることに無意識に抵抗があるのか、出口を内視鏡に塞がれているためか、よく分かりませんが。

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以前も思ったのですが、放屁は何時から羞恥の対象となったのか?と考えます。日本の場合、少なくとも江戸時代以前からです。

誹風柳多留には「嫁の屁は五臓六腑をかけめぐり」 という川柳があります。当時から、放屁が人を憚るものであったことは間違いありません。とりわけ、嫁ぎ先でおならをするなど、若い女性には堪えられないことで、おならを我慢するのに苦しんだのだろうと推測されます。人々は文化的になった結果、おならを慎むようになったのかも知れません。だとしたら不自由なことです。

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かつてオランダでは国王がおなら解禁令を出し、フォーマルな席でもおならをしてよいことになったそうです。つまり、何時でもどこでも、おならをしてよいことになり、国民はその結果、大変健康になったとのことです。(本当かね?)

後述しますが、おならを我慢した場合、いずれガスは体内に吸収されるようです。おならに含まれる成分は、食べ物と一緒に飲み込む空気(窒素と酸素)、消化器官での発酵によるメタン、CO2、硫化水素、インドールやスカトールなどです。硫化水素やインドール、スカトールが体内に吸収されれば、健康にいいとは思えませんが、体内にそれほど強力な毒ガスがあるとも思えません。オランダでおならを解禁した結果、国民が健康になったというのは、ストレスから解放された精神衛生面に拠る部分が大きいのではないか?・・・・。おならを待ちながらそんなことを考えます。

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「ご気分はいかがですか?」とC医師。抜群の記憶力を誇る読者諸兄であれば、前回も同じ質問をされた私が「ドジョウになった気分です」と答えたことをご記憶かも知れません。今回はドジョウでもカエルでもなく、インド象になった気分でした。

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東武動物園の名物園長であった西山登志雄氏は、動物園日記を残していますが、その中に便秘になったインド象の話がでてきます。

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象用の浣腸液などありませんから大量の石鹼水をバケツに用意し、それを獣医師がサイホンの原理でゴムホースを通して肛門に注ぎ込みます。一方で数人の飼育係が象のおなかの下に入り、全力で腹をマッサージする訳です。やがて雷鳴かと思う大きな音とともにガスが放出され、それと同時に大量の排泄物が、あわれな飼育係たちの頭上に降り注いだとのことです。

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考えてみれば、象のおなかの下に入って刺激するというのは大変危険な作業です。浣腸で排泄物を浴びただけで済んだのは幸運だったのかも・・・。

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「うーむ、なかなか屁が出ません」と言おうとして、一瞬私は迷いました。若い上品な女性達を前にして、「屁」だの「おなら」だのという下品な言葉を言うのは失礼ではないか?そこで私は消え入るような声で「テンシキが出ません」と答えました。「テンシキ?」

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古典落語の傑作「転失気」は、気取った言い回しが誤解されドタバタを招くというストーリーです。無粋を承知でそのあらすじを述べれば・・・・・、

和尚を診察した医師が、「おならは出ますか?」と尋ねるところで、「テンシキはありますか?」と尋ねました。相手がインテリで上品な僧侶なので、「屁」だの「おなら」だのというのをためらい、難しい表現である「転失気」を用いたのです。しかし、和尚はその意味を知らず、こっそり小僧に調べさせます。すぐに屁の意味だと分かりますが、それを和尚は屁ではなく瓶(へい)だと勘違いして、またそこで滑稽なやりとりになって大爆笑するという噺です。

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古典落語の主要なテーマのひとつはインテリと非インテリの対峙です。普通はインテリの代表は大家さん、非インテリの代表は八つぁん熊さんですが、「転失気」では両方ともインテリです。そして、知ったかぶりを茶化すことで、インテリを嗤ってやろうという趣向です。その複雑なテーマを「転失気」というわずか一つの単語に凝縮した作家は見事です。

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この構図は、古典落語をおおいに参考にした映画「男はつらいよ」のフーテンの寅さんにも登場します。この作品の初期のテーマの一つはインテリと非インテリの対立です。作品の中に小林桂樹扮する考古学者と、渥美清の寅さんが、樫山文枝を争って恋のさや当てをする話があります。相手がインテリだと判ると、反射的に拒絶反応と対抗意識を示す寅さんは、相手の知識を試そうとします。そこで「屁のことを英語で何て言うんだい?」と尋ねます。例えとして下品な言葉しか思い浮かばないところに非インテリの悲しさがある・・と山田監督は思ったのかも知れません。

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しかし、小林桂樹は「英語ではファーだ。中国語ならピーだ。ドイツ語なら、フランス語なら・・・」と説明し「どうだ参ったか?」と寅さんをやり込めます。

・・・・・・

寅さんはグウの音も出ませんが、見ている人には小林桂樹の方が大人気ない・・と映ります。インテリは同情されないのです。おならという意味の外国語を知っていても、果たして自慢になるものか?

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検査は終わりましたが、おなかは膨満感があるままです。おなら、もとい「転失気」は出ません。休憩の椅子にいると、そこに看護師が現れました。

 

以下、次号


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