So-net無料ブログ作成
検索選択
前の10件 | -

【 シトラス・アイランド その2 】 [広島]

【 シトラス・アイランド その2 】

 

前述の通り、近年の果物の品種改良は、めざましい早さですが、柑橘類の場合、基本的に、より甘く、より大粒にすることを競っているようです。その方が客に好まれ、より多く売れるからです。

夏ミカンなどは、少しでも甘い品種が登場すると、以前のすっぱい果実は見向きもされなくなります。ミカン山では商品価値の無くなった、夏ミカンが、フットボールとして遊ばれ、野生のイノシシの餌になっているそうです。

・・・・・・

一部はブリなどの養殖魚の餌になります。夏ミカンを食べたブリは商品価値が高まるのだとか!果物を食べて育つ魚がいるのか・・・。その内、マスクメロンを食べて育ったハマチなんてものが、登場するかも知れません。

・・・・・・

果物が甘いのは悪いことではありませんが、ひたすら甘さを競うのが、本当にいいことなのでしょうか? 昔のリンゴにはさわやかな酸味があって、リンゴならではの風合いがありましたが、最近のリンゴは酸味よりも甘味です。ひたすら甘いばかりでちょっと詰まりません。

・・・・・・

ただ甘いと言っても、証拠が無いじゃないか・・ということで最近は糖度計なるものを用いて、甘さを定量化して表示しています。私が行くスーパーでは、多くの果物で糖度が数値で表示されています。学力テストじゃあるまいし、なんでもかんでも数字で示すというのは、ちょっと抵抗があります。

・・・・・・

世の中はビッグデータ解析の時代だそうで、全ての現象、特質を数値化して解析し、マクロ的な現象を解明しようという試みが流行っています。しかし、全てを数値化できるのか、そして数値化することの是非はどうなのか? と考えてしまいます。 糖度を競い合い、その内に××農園のミカンは偏差値70、東大でも合格OKの甘さ!なんて宣伝文句が登場するかも知れません。 そんなのは、私は嫌です。

・・・・・・

柑橘類の特徴は甘さだけではありません。品種によって違いますが、さわやかな香り、思わず唾が出そうな酸味も特徴です。

 

街をゆき 子供の傍を通る時、蜜柑の香せり 冬がまた来る

 

というのは木下利玄の歌ですが、これはリンゴなどの他の果物では成立しない歌です。

おそらく、今よりもずっと酸っぱく、小粒で薫り高いミカンを食べていた頃の歌です。

「柑橘類はやはり香りが大事だ」と思った私は、「はるみ」と「ポンカン」を買い求めました。

・・・・・・

あいにく朝市の時間ではなく、名物の「みかん大福」も売っていません。

IMG_0955-s.jpg 

通りすがりの人に訊くと、大芝島以外では、西條の町か因島に行かないとないだろう・・とのことで諦めました。 もともとハッサクなどを大福餅に入れて、売り出したのは因島らしく、大芝島はそのパクリだそうです。 しかし、もとをただせば因島の大福餅もイチゴ大福にヒントを得たものです。 だから、みかん大福をオリジナルと言い張るのも難しいところです。

・・・・・・

それはともかく、みかん大福を食べられないのも少し残念です。そして、前述の晩柑祭りにどんな柑橘類が登場するかも、興味がありますが、残念ながら見ることはできません。 34日は、既に広島にはおりません。 晩柑祭りの1週間前に、広島県呉市を去ります。

・・・・・・

ぼんやりとみかんのことを考えながら、改めて当地でやり残したことの多さに気づきます。前にも同じ感覚になったことがあるけれど、広島での時間はあまりに短かったな・・と 思います。

 

そこで、ちょっと駄句で恥ずかしいのですが・・・

 

行く人の 晩柑の香を 語らざる


【 シトラス・アイランド その1 】 [広島]

【 シトラス・アイランド その1 】

瀬戸内海の島々は、豊かな海産物の産地であると同時に柑橘類の宝庫です。以前、ご紹介した山口県の周防大島も、さまざまな柑橘類が取れる島ですが、広島県の大芝島も柑橘類の宝庫です。

・・・・・・

先日、引越し会社との契約を終えて、午後に少し時間ができました。ふと考えてみると、広島県内でも行ったことのない場所がたくさんあります。そう気付いた瞬間、焦りのような感覚にとらわれ、私は車で出発しました。出かけたのは広島県内の島々でまだ行ったことのない・・・大芝島です。

・・・・・・

海沿いの国道を走っていると、安芸津の集落の先に大芝島が見え、そこへ行く吊り橋も見えます。前に川崎のご隠居とドライブした時、「大芝島に行こうか」とも考えたのですが、ネットで調べてみると「何にも無い島だね」と分かり、とりやめたことがあります。

・・・・・・

しかし、この島には実にいろいろな柑橘類の果実があります。その柑橘類を全部眺めるだけでも価値があります。もともとは、温州ミカンと夏ミカン、レモンなど、限られた種類だけだったのが、何時の間にか増えています。多くは人工的に改良された品種でしょうが、ひょっとしたら、開花時期が重なる隣接地の別の柑橘類の花粉を受粉して交雑してできた新種もあるかも知れません。

・・・・・・

大芝島に入ると、すぐに道端のミカンの無人販売所が目に入ります。ミカン、はるみ、シラヌイ(デコポン)、はっさく、チャンドラポメロ、イヨカン、レーコン、ポンカン、大津、と並んでいます。はっさくやイヨカンは有名ですが、レーコンや大津、チャンドラ・・なんて種類は知りませんでした。教えられなければ、柑橘類の果実だとは思わないでしょう。

IMG_0951-s.jpgIMG_0952-s.jpgIMG_0953-s.jpg

・・・・・・

ところで、昔、中国にいた頃、上海のリニアモーターカーを前に、中国人の友人から、「現代中国は全ての分野で日本に追いつき、追い越している。日本にできて中国にできないものは無い」と言われました。 でも農産物の無人販売所だけは、中国にまねはできないだろうなぁ・・・・、と今でも思います。

・・・・・・

話を元に戻します。柑橘類の種類が増えたのは、市場の激しい競争があるからです。柑橘系の栽培は他の果樹栽培に比べ、手間とお金がかかります。少しでも市場価値が高く、高く売れるものを開発・販売して元を取らなくてはなりません。 長閑そうな島にも厳しい競争がある・・・といったことを考えながら、朝市の会場に着きました。

・・・・・・

残念ながら朝市は土曜日の午前中だけで、私が行った時間は開いていません。会場の裏はカキ小屋になっていて焼きガキを食べられますが、それも今は食べる予定はありません。朝市の会場に車を停めると、二宮金次郎の像の向こう側に、ハート形の島として人気がある小芝島が見えます。

IMG_0950.JPGIMG_0946.JPG

・・・・・・

小芝島を説明する看板がなぜか大芝島の海岸にあります。

IMG_0945-s.jpg

「ヘエー、小芝島ではその昔、狼煙をあげていたのか・・・」と考えます。狼煙をあげるには小高い丘のある島が好都合で、その頂きで火を焚く訳です。

しかし、一方、瀬戸内の海岸で火を焚くとなると、藻塩を焼きたくなります。製塩業は瀬戸内海沿岸の伝統産業です。 実際、広島県でも、方々に藻塩を焼く製塩業があったようで、私の住まいの近所にも塩焼(しやき)という地名があります。そして、藻塩を焼くとなると、標高の低い海岸の方が好都合で、丘の頂きでの焚火は不都合です。

狼煙と藻塩焼きは、実はなかなか両立しません。

・・・・・・

小芝島では、官命によって狼煙をあげた訳で、その時は製塩作業の方は断念したのだろうな・・などと思いながら、目と鼻の先の小島を眺めます。百人一首の

来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに

    焼くや 藻塩(もしほ)の 身もこがれつつ 

の舞台は淡路島ですが、文化的には、安芸の島にも共通するかも知れません。

・・・・・・・

ふっと後ろを見ると、「晩柑祭り 345日」とあります。

IMG_0947-s.jpg

晩柑とは何だろうか? ひょっとして新しいミカンの一種なのかな?と思いますが、そんな果物をお店で見たことがありません。

調べてみたら、晩柑は、特定の種類を指すものではなく、温州ミカンに対して遅れて実るハッサクやイヨカンなどの果物全体を指すみたいです。

へえ・・そうなのか と思うと同時に、おいしそうだな、どんな香りなのかな?と・・とチラッと思います。

以下 次号


【 ホロヴィッツ  その3 Rugby校 】 [イギリス]

【 ホロヴィッツ  その3 Rugby校 】

 

私が鹿島製鉄所にいた頃、同期に京大でラグビー選手だったY君がいました。彼は会社員になった後も、製鉄所のラグビー選手として活躍し、引退してからも副所長になる頃まで、コーチをしていました。

・・・・・・

ある時、彼とラグビーの話をしていて、私がラグビー選手の意味で、ラガーと言うと、Y君は「オヒョウさん、違いますよ。ラグビー選手のことはラガーメンと言うのですよ」とたしなめるように言ったのです。 「えっ?ラガーメンだって?僕はそんな言葉は知らないよ」「そりゃオヒョウさんが無知なだけですよ」 私は困惑しました。

・・・・・・

やがて、あるオピニオン雑誌に作家の阿部譲二が寄稿した文を読みました。彼は慶応時代にラグビー選手でしたし、少年時代に海外生活を経験していて英語もすこぶる堪能です。 彼が言うには、「奇妙な和製英語が氾濫している。 ラグビー選手のことをラガーメンなどと奇妙な呼び方をするので、驚いていたら、どうやらそれはTBSのアナウンサーが作り出した言葉のようで、ラグビーの本家本元の英国にはない言葉だ」とのことです。

・・・・・・

あのTBSですから捏造もするでしょうし、英語の造語もお手の物かも知れません。しかし本当のところはどうなのか? 果たして京大のラグビー選手の言葉が正しいのか?慶応(中退だけど)のラグビー選手の言葉が正しいのか?

・・・・・・

自分なりの回答を得たのは、私がロンドンに駐在していた時です。ラガーメンという言葉は誰からも聞かれません。やはりラガーメンというラーメンみたいな言葉は日本人の造語なのか? 困った時には英国生まれの秘書嬢に訊くのか私のやり方です。

Kate Ford嬢に尋ねると、英国人らしい皮肉を含めて答えます。

「日本の英語にはラガーメンという言葉があるかも知れないけれど、英国の英語ではラガーであり、ラガーメンとは言わない」という明解な回答です。

British English”という表現自体が奇妙でおかしく思えましたが、彼女の説明には理由があります。 

・・・・・・

アメリカ英語がいろいろな点でイギリス英語と異なるのはご承知の通りですが、多くの英国人は、自分達が話すイギリス英語こそが正統で、アメリカ人の英語は正統でないと考えています。 その延長上で、もし日本にも独自の英語というものが確立していたとして、それを否定はしないが、あくまで本家はイギリス英語だと、彼女は主張したいのだと理解できます。

・・・・・・

実際、私自身が話していて、「そうか。それが日本英語Japanese English“なのか」と妙に納得されたことがあります。 自分の話すへたくそな発音を英語と認めてもらえたことを喜ぶべきか、それとも本物の英語とは程遠いということで馬鹿にされたのか、私としては複雑な思いで返答に窮しました。 今思えば、日本人全体の英語が馬鹿にされたと、怒るべきだったのかも知れませんが・・・・。

・・・・・・

秘書嬢はそれ以上説明しませんでしたが、実はラガーとラガーメンの間には本質的な違いがあります。メン”men”と付く場合、例えばチェスメン(チェスの駒)には人格は認めません。自分の意思で動く選手ではなく、司令塔の命令に従って動くだけの存在です。自分の意思で判断し行動できる場合は、語尾にerが付くPlayerです。

・・・・・・

御存知の方も多いでしょうが、銀行家はBanker、銀行員はBank-menです。後者は単なるClerkであり、銀行を経営する立場ではありません。ロンドン時代、私は下手なゴルフをせざるを得ないことが時々ありました。 ある時、住友対抗戦なるもので、住友銀行や大阪商船三井の駐在員と一緒に回った時、私はバンカーにつかまり、脱出するのに4打を要しました。思わず、私は「だから私はバンカーが嫌いだ!」と言うと、銀行の駐在員が「僕の方を見て言わないでくださいよ。バンカーというのは頭取級の人を指すのですよ」と大笑いしたことがあります。

・・・・・・

ラグビーの場合、監督(コーチ)もいますが、選手は指示通りに動く駒という訳ではありません。自分の意思で行動し、それでいてちゃんとチームワークに則った行動をするのがラグビー選手です。 彼らはラガーであってラガーメンではありません。

・・・・・・

今、最先端のAIを研究している人達は、複数のロボットの協同作業の実現に取り組んでいます。 自律系で動くロボット達が、相互に連絡を取り合い、チームで行動すれば、能力は各段に向上します。 ラグビー選手達はそれを実現しています。

・・・・・・

日本にはもうひとつ誤解があります。 英国では知識階級の青年はラグビーを愛し、労働者階級の青年はサッカーを愛するという噂です。ラグビーがパブリックスクールであるRugby校で生まれたのは事実です。そして大学進学を前提としたパブリックスクールは、基本的に中産階級以上の家庭の子弟が通うのも事実です。

・・・・・・

しかし今は、ラグビーは学生スポーツの域を脱していて、全ての人が楽しむスポーツです。中産階級とか知識階級云々は全く当たりません。 またその逆にサッカーは労働者階級のスポーツというのも的外れです。大学教授でも会社の経営者でもサッカーの熱烈なファンはいます。

・・・・・・

それでも、私がロンドンにいた頃のスター選手だったベッカムの決して上品とは言えない英語を聞いて、「彼のお里が知れる・・」と言った英国人はいましたが。

・・・・・・

スポーツの世界では、急速なグローバル化と同時に、階級レス化が進んでいます。今、英国で上流階級だけがするスポーツは何か?と訊かれたら、うまく答えられません。多分、とてもお金のかかるスポーツであるポロぐらいではないか?と思います。

私には縁が無いので、本当のところは分かりませんが。

・・・・・・

むしろ、選手やチームが一部の学校に偏るのは日本の学生スポーツの方かも知れません。 以前は、なぜか高校野球は商業高校が強く、高校ラグビーは工業高校が強いという時代がありました。 

今は、スパルタンな教育を施す私立高校が、野球もラグビーもサッカーも強いようですが。

・・・・・・

話が脱線しましたが、元へ戻します。

長い間、英連邦諸国や南太平洋の島国の後塵を拝していた日本のラグビーも、近年急速に強くなっているようです。 残念ながら名選手平尾は世を去りましたが、五郎丸という新しいスターは、活躍の場を世界に広げています。

・・・・・・

日本人選手のフィジカルには、まだまだ限界があり、すぐに欧州の6カ国対抗(5カ国対抗?)に通用するレベルにはならないでしょう。その前にラグビー自体が15人制から7人制中心になるかも知れません。

・・・・・・

しかし、日本人選手は、自ら考え、チームとして最適の行動をする訓練を積み、体格は小柄でも強いチームに変化しつつあります。 日本風のラガーメンからラガーへの脱皮です。 東京オリンピックが楽しみです。


【 ホロヴィッツ  その2 刑事フォイルについて 】 [イギリス]

【 ホロヴィッツ  その2 刑事フォイルについて 】

退職が近づく初老の警察官、必ずしも思い通りにならない宮仕えの立場、ロンドンではない田舎の勤務、戦時下での窮乏生活、妻を早くに亡くし、息子は遠くに暮らす孤独の日々・・・。 主人公は必ずしも晴れやかな人生を歩む成功者ではありません。 年齢も近い私などは実に感情移入がしやすい設定です。

・・・・・・

初老の勤め人の哀歓を、上品に描いたヨーロッパ映画は他にもあります。イタリアのピエトロ・ジェルミ監督の「鉄道員」もその一つです(高倉健のではありません)。 しかし「刑事フォイル」は、あくまで英国紳士で、不平不満は面に出さず、淡々としている点が「鉄道員」とは異なります。

・・・・・・

警視正という役職は日本なら警察署長の上に位置し、相当の高官ですが、フォイルの場合、多くの部下を持つ訳でもなく、田舎の警察署でひたむきに問題を解決する日々です。異動を希望しても許可されず、反りの合わない上司と衝突して辞表を出したりもします。普通の日本のサラリーマンに似ています。

・・・・・・

彼の高い教養から推測するに、かなりのインテリで、本来はエリートなのでしょうが、暮らし向きは庶民です。 英国は中産階級がいち早く出現した国ですが、フォイル警視正は庶民と中産階級の間に位置する知識階級の人です。貧乏ではないけれど、お金持ちではない。 そして、ある矜持のもと、権力を持つ上流階級の人に対しても臆せず、毅然としています。この人物設定は、現代の多くの視聴者の共感を得るのに好都合です。

なぜなら現代は、日本も英国もそれほどお金持ちではない、しかし矜持を持った知識階級の人が多数派だからです。

・・・・・・

先日、この「刑事フォイル」を見ていて、びっくりしました。主人公のフォイルが、無能で無理解な上官と対立して辞表を出し、警察署を去ったのです。 その時、まさに私も辞表を書いていたのです(形式的なもので、一身上の都合により・・というものですが)。

・・・・・・

フォイルの辞表は実に格調高く、簡潔で適切な文章です。それに比べて私の辞表のなんと無内容なことか・・。 恥じ入るばかりです。 歴史上、最も有名かつ格調高い辞表は、陶淵明の「帰去来の辞」でしょうが、私の辞表はその対極で、くだらない文章の極致です。 フォイルの辞表はその中間辺りでしょうか?

・・・・・・

一方で、フォイルに対して、なぜ「あんたが無能だから部下をやってられない」と本音を語らないのか?というじれったさも感じます。

そう言えば、その昔、「ベンチがアホやから野球をやってられない」といってプロ野球選手を辞めたピッチャーがいました。

・・・・・・

そのピッチャーが「ベンチがアホやから・・」と言った時に、ある種の爽快感を味わったサラリーマンは多いはずです。 なぜ、辞表を出す勤め人は格好よく見えるのか?そして潔く職を辞する態度になぜ人は憧れるのか? 私には何となく理解できます。 でもうまく表現できません。 では作者のホロヴィッツはどう考えていたのか? 彼自身を見てみれば分かるかも知れません。

・・・・・・

この設定を考えた作家のアンソニー・ホロヴィッツとはどんな人物なのか・・?

彼は1955年生まれ、オヒョウにごく近い年齢です。 民間企業なら定年を迎えた直後くらいです。 「刑事フォイル」のフォイル警視正は、作者の実年齢に近いのです。だから人情の機微を精密に描写できるのかも知れません。

・・・・・・

ホロヴィッツの生い立ちをWikipediaで調べてみれば、さらに詳しいことが分かります。

彼はLondon Paddington比較的に裕福なユダヤ人の家庭に生まれ、少年時代は太っていたとのこと。子供の頃のコンプレックスは人格描写に陰影を付けるのに適しています。

・・・・・・

そして彼は、パブリックスクールRugby校に通い、大学York大学を卒業しているとのことです。それほど優等生ではなかったらしい・・・。

London Euston駅から、West Coast Main Lineを西に向かう特急列車Inter Cityに乗ると、最初の停車駅がRugbyです。エリス少年が思わずサッカーボールを抱えて走り出してしまい、ラグビーという新しい球技ができてしまった、あの名門校ラグビー校はその町にあります。 しかし、ラグビー校はイートン校やハロー校ほどの超エリート学校ではありません。 そしてその後、進学した進学したヨーク大学も名門ではありますが、オックスフォード大学やケンブリッジ大学ほどの一流大学ではありません。

・・・・・・

もともと大学が少ない英国では、今でも大卒はそれなりの教養人として扱われますが、オックスフォード大学とケンブリッジ大学以外は、赤レンガ大学(日本で言うところの駅弁大学)と言われて差別されるのも事実です。 ホロヴィッツはインテリだけれど、本当のエリートではない、少し屈折した教養人なのかも知れません。そしてそれをフォイル警視正に投影しています。

・・・・・・

ドラマに登場するフォイル警視正は、時々、息子のことを語ります。「オックスフォードにいたが、応召して今は空軍にいる・・・」とサラリと語るのですが、そこに息子自慢がちょっと現れます。「爆撃機に搭乗しているのか?」と訊かれて、「いやスピットファイアだ」と答えるあたりも、エリートの戦闘機パイロットであることを自慢したがっています。インテリは、自慢する時に限って、そっけなくそして何気なく語るのです。そしてその短い会話に、微妙に彼のコンプレックスと自慢が現れます。

・・・・・・

それにしても、彼は何と格好いいのか。 決して笑顔を見せず、笑う時も少し頬を緩め、唇の端を上げるだけです。頭髪はかなり少なく、ハンサムとは言えない風貌です。立ち回りもせず、走る事もせず、見得をきる訳でもありません。車の運転すら滅多にしません。でも落ち着いたしぐさと思慮深い話し方と鋭い洞察力だけで、十分に格好いいのです。 かつての英国に多かった典型的な紳士の挙措です。 アメリカにはあまりいないタイプです。多分、ホロヴィッツもそのような男性に憧れ、そのような男を主人公にした作品を書いたのでしょう。 そして同世代の視聴者である私も、同じ感覚で、このドラマを眺めるのです。 だから、このドラマは私には理解しやすく、感情移入も容易なのです。

・・・・・・

アンソニー・ホロヴィッツは、このまま作品を出し続けるなら21世紀のグレアム・グリーンになれるかも知れません。でも彼がそう呼ばれるのを好むかは不明ですが。

・・・・・・

「それにしても・・」ともう一度考えます。 退職願を出し、職を辞する男はどうして格好良く見えるのか? 実際には、しばしば惨めであったり、ある種の屈託をもたらすものであるのに。


【 ホロヴィッツ  その1】 [イギリス]

【 ホロヴィッツ  その1】

私達の年代では、ホロヴィッツと聞くと、名ピアニストを思い浮かべます。 でも私のイメージでは、かなり衰えたお爺さんのピアニストです。彼の来日公演をTVで見た時には、がっかりしました。稀代の名演奏家と聞いていたのに、音は外すし、鍵盤を叩く指に勢いは無いし、さっぱりでした。

・・・・・・

TV放映の翌日、誰かにその話をしました。「麒麟も老いては駑馬に劣る」というけれど、ちょっとがっかりしたと言ったら、彼も同感だったらしく、複雑な表情をして「それでも、何と言ってもウラディミール・ホロヴィッツだからなぁ」ということで、私達の間では、暫く、「腐っても鯛」の代わりに、「老いさらばえてもホロヴィッツ」というひどい例えが使われました。 若かった頃は、随分失礼な表現で他人を貶したものです。

・・・・・・

しかし、それは昭和の時代の話です。今、ホロヴィッツといえば、私にとっては、アンソニー・ホロヴィッツです。今NHKで放映している「刑事フォイル」は彼の作品です。

・・・・・・

先日、「名探偵ポアロ」の「ヒッコリー・ロードの殺人」を見た時、「あれっ?どこかで見た雰囲気だぞ・・」という一種の既視感に捕われました。 そして脚本のクレジットを見て納得がいきました。この作品の原作は勿論アガサ・クリスティですが、脚本はアンソニー・ホロヴィッツだったのです。 「名探偵ポアロ」の一連のシリーズは、何人かの脚本家が、書いており、ホロヴィッツはその内の11作品を担当したとのことです。

具体的には、下記の11作品で、詳細は、下記のURLをご参照願います。

The Million Dollar Bond Robbery

The Double Clue

The Mystery of the Spanish Chest

The Theft of the Royal Ruby

Yellow Iris

Dead Man's Mirror

Jewel Robbery at the Grand Metropolitan

Hickory Dickory Dock

Murder on the Links

Lord Edgware Dies

Evil Under the Sun

http://www.anthonyhorowitz.com/television/series/poirot

・・・・・・

私が既視感を覚えたのは、作品の雰囲気が「刑事フォイル」のそれに近かったからです。 時代背景としては、「刑事フォイル」は第二次大戦中、「ポアロ」は2つの大戦に挟まった、つかの間の平穏な時代(それでもヨーロッパ大陸の方はきな臭くなり、英国に暮らす人々は不安を感じていた時代)です。 だから時代背景としては微妙に違うのですが、微妙な共通点があります。 それはアールデコ調の調度やファッションではなく、登場人物の性格や物腰、話し方です。

・・・・・・

同じ原作者でも演出家や脚本家によって、ドラマの雰囲気は変わります。「名探偵ポアロ」の各作品で、演出家による違いを示せ・・と言われても困るのですが、アンソニー・ホロヴィッツの作品だけ、私にはピンと来たのです。

・・・・・・

しかし本当のところ、「名探偵ポアロ」は、私には理解てきない部分があり、少し苦手なドラマです。 グラナダTVが制作したジェレミー・ブレット主演の「シャーロックホームズ」の方が、よくわかります。

・・・・・・

「名探偵ポアロ」について言えば、私は、アガサ・クリスティの原作を既に読んでいて、どうしても映像を自分のイメージと対比させてしまい、ズレを感じます。それに、デビッド・スーシェの卵型の頭と特徴的な髭、それに熊倉一雄の吹き替えのセリフのキャラクターが濃すぎて、少し抵抗を感じるのです。熊倉一雄は私の大好きな声優ですし、彼以上にデビッド・スーシェの吹き替えを上手にできる人はいないでしょう。

でもそれゆえに、イメージが強すぎて固定化されてしまいます。ちょうど寅さんといえば、渥美清しかイメージできないように。

・・・・・・

さらに言えば、エルキュール・ポアロの第一の特徴がベルギー人であることです。いつもフランス人と錯覚されることに憤慨し、そして少しだけなまった英語発音します(フラミッシュ語ではなくフランス語の影響を受けた訛りです)。

・・・・・・

これはこの推理小説にとって重要な点ですが、かなり微妙な特徴です。英国に暮らす外国人が話す英語に外国訛りがあるのは当然ですが、正統なBritish English (変な言い方ですが)でないために、奇異な目で見られることがあります。

当たり前ですが、英国には、英国人でなくても英語を母国語とする人がたくさんいます。アメリカ人、オーストラリア人、カナダ人、南ア共和国人、インド人、シンガポール人、ニュージーランド人、ケニア人・・・。 しかし彼らの英語にはそれぞれに特徴があり、全て微妙に訛ります。 

・・・・・・

それにより、僅かながら区別というか差別があります。母国によって微妙に区別されるのです。英語を母国語としない外国人(フランス人、ドイツ人、日本人等)の場合はなおさらです。 その英語は訛りが強く、その発音で相手がフランス人かドイツ人かが分かるくらいです。当然、それらは、差別の対象になりえ、特に英語の下手な外国人は軽蔑の対象になりえます。 しかし、フランス訛りの英語は軽蔑の対象とならないようです。英国ではフランス人とフランスの文化は一目置かれます。

かつての英国ではフランス語とラテン語は教養の象徴であり、気取って話す時は、フランス語やラテン語を混ぜたりします。だからフランス語訛りでも軽蔑されないのです。しかし、それがベルギー人となると、少し微妙です。英国人は大国ではないベルギーの人を少し軽く見ています。

・・・・・・

その微妙なコンプレックスは、ベルギー人を主人公にしたアガサ・クリスティの小説の深みを増すことに役立っています。 エルキュール・ポワロを演じるデビッド・スーシェの微かにベルギー訛り(フランス語訛り)の英語の発音は効果的です。

・・・・・・

しかし、熊倉一雄の日本語のセリフにそれを求めても無理です。だから、私にはアガサ・クリスティが描こうとした「名探偵ポワロ」を完全に理解することは無理なのです。

・・・・・・

では、同じくホロヴィッツが脚本を書いた「刑事フォイル」の方はどうか・・と言えば、こちらは、ずっと理解しやすいのです。 そしてこれはアガサ・クリスティのような原作者を持たず、ホロヴィッツ自身が書いた作品だから理解しやすく、しっくり来るのだと思います。 この辺りのことは次報で申し上げます。


【 米国の鉄鋼業 その2 パイプをどうする? 】 [鉄鋼]

【 米国の鉄鋼業 その2 パイプをどうする? 】

 

前回の繰り返しになりますが、米国の石炭産業の復活を掲げ、自動車産業の国内回帰を唱え、鉄鋼の専門家を閣僚に入れるトランプ大統領は、米国の基礎産業の復活に、まじめに取り組むかも知れません。

・・・・・・

ニューヨーク出身の彼が、米国北部の伝統的産業である、鉄鋼、石炭、自動車、機械などの産業にこだわるのは、ある意味で当然かも知れません。

同じ共和党でもブッシュ政権時代は、南部のテキサス州が地盤で、石炭ではなく石油産業を重視しました。国務長官だったラムズフェルドなど、石油関連産業の経営者を要職に据えましたし、ブッシュファミリー自身も石油産業で潤った一族です。

・・・・・・

同じ米国内でも、この北部と南部の違いを意識してか、トランプ大統領は鉄鋼産業に肩入れします。鉄鋼業界もトランプ氏のこの姿勢を歓迎します。

しかし、彼自身は、米国の鉄鋼産業にあまり詳しくないのかも知れません。

・・・・・・

先日も、Keystone XLと呼ばれる、米国とカナダを結ぶパイプラインの建設を提案しましたが、そこで用いられる鋼管は、当然米国製であるべきだ・・というスピーチが登場しました。

この大統領の声明は124日に出され、126日のAmerican Metal Market紙の1面に掲載されました。

それによると、溶鋼段階から、厚板、製管、コーティング段階までを米国で行う “by American Policy”を貫く・・というのです。 しかし、それは可能なのか?

・・・・・・

American Metal Market紙によればAIISアメリカ国際鉄鋼協会)は、早速検討に入ったといいますが、関係者は首を傾げており、「トランプ大統領は鉄鋼のことをあまり知らないのではないか?」という声もあるそうです。

・・・・・・

私の記憶が正しければ、エネルギーのパイプラインに適した高品質のUO鋼管を製造する工場は米国にはありません。フロリダのPanama Steelは厚板から鋼管を製造しますが、UOではありません。今からUOミルを建設するとなると・・・、トランプ氏の任期中には間に合いません。 材料となる厚板も、その元の鋼材を製造する製鋼工場もありません。

・・・・・・

北米で最も高性能なUO鋼管を製造できるのは、メキシコの太平洋岸のラサロ・カルディナス近くにある鋼管工場です。これは旧住友金属と現地資本の合弁で作られ、日本の住金で製造されるのと同レベルの大径鋼管を製造できます。

しかし、住金が手を引いたあとは、確か開店休業状態だったはずです。

・・・・・・

もともと、Keystone XLというパイプラインの建設は、オバマ前大統領が却下したプロジェクトだったのですが、トランプ氏が、一つの意趣返しとして復活させたものです。

もし、トランプ大統領が高性能・高品質のパイプラインを建設したいなら、ここはメキシコ大統領に頭を下げて、この工場を稼動させて、パイプを米国に運ぶしかありません。

・・・・・・

南部出身で、石油や鋼管の業界に詳しいブッシュ大統領なら、こんな間抜けなことにはならなかったのですが、トランプ大統領では仕方ありません。

・・・・・・

メキシコとの国境に壁を作り、その費用をメキシコに負担させる・・という暴言により、両大統領の関係は決定的に冷え込んでいますが、このパイプのプロジェクトを利用して両者の関係を回復することもできます。

・・・・・・

閑古鳥の鳴いている大径管工場を稼動できるならメキシコにとってもありがたい話ですが、それを機会にNAFTAの有用性を改めて確認することもできます。

パイプを用いた両国間のパイプ作りが可能になるのです。

・・・・・・

しかし、そこに問題点が一つあります。メキシコにあるのはUOの製管工場だけで、材料となる高品質の厚鋼板は外国から持ってくるしかありません。具体的には、日本から太平洋を横断して持ってくることになります。

・・・・・・

そうなると、NAFTAだけでなくTPPの有用性をトランプ大統領に認めさせることになり、日本政府としては面目躍如・・となるのですが、そう簡単ではありません。 日本では大分製鉄所の厚板工場の火災事故のために、当分、日本全体の厚板生産の能力が不足するのです。 

American Metal Market紙には、そこまで書いてありませんが、実に大分の厚板工場火災は、日本の経済外交にとって、全くの大痛なのです。

 

(我ながら、オチのひどさに自己嫌悪になりますが)。


【 米国の鉄鋼業 その1 昔の名前で出ています 】 [鉄鋼]

【 米国の鉄鋼業 その1 昔の名前で出ています 】

政治家としては未知数のトランプ大統領ですが、彼がどういう政策を行うかは、閣僚にどういう人物を選ぶか・・で占うことができます。いささか旧聞になりますが、ご存知の通り、外交については対中強硬派の人物や保護貿易主義の人物が起用されています。米国では伝統的に保護貿易主義者と自由貿易主義者が交互に登場するのです。

・・・・・・

そして、アメリカ政府の閣僚に私が名前を知る人物がなることなど、普通は無いのですが、今回は複数います。どちらも鉄鋼の関係者で、今の時代に重厚長大産業の関係者が就くというのは異例です。トランプ氏が鉄鋼や石炭など重厚長大産業を重視する現われかも知れません。既に多くの報道がなされていますが、一番的確なのは日経新聞の西條氏の記事です。

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO12003590T20C17A1000000/?df=2

・・・・・・

一人は、NUCORの経営者として有名なダニエル・デミッコ氏です。彼に会った人の話では、非常にきさくな人物で、フランクな性格、誰とも気軽に話し、そして即断・即決する人物だそうです。実にアメリカ的な経営者です。全体的には沈滞ムードが漂う米国の鉄鋼業界で一人勝ちに近い実績をあげた人物を政権のアドバイザーに起用するということは、本当に米国の基礎産業にてこ入れする気かも知れません。

・・・・・・

もうひとりは、USTR(米通商代表部)の代表となるロバート・ライトハイザー氏です。

http://www.msn.com/ja-jp/news/world/%e3%80%90%e3%83%88%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%97%e5%a4%a7%e7%b5%b1%e9%a0%98%e5%a7%8b%e5%8b%95%e3%80%91%e3%80%8c%e3%83%91%e3%82%a4%e3%83%97%e3%82%82%e7%b1%b3%e5%9b%bd%e8%a3%bd%e3%81%a0%e3%80%8d-%e3%83%88%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%97%e5%a4%a7%e7%b5%b1%e9%a0%98%e3%80%81%e3%82%aa%e3%83%90%e3%83%9e%e6%b0%8f%e5%88%a4%e6%96%ad%e8%a6%86%e3%81%97%e3%81%a6%e3%83%91%e3%82%a4%e3%83%97%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%81%ae%e5%bb%ba%e8%a8%ad%e6%8e%a8%e9%80%b2%e3%81%ae%e5%a4%a7%e7%b5%b1%e9%a0%98%e4%bb%a4/ar-AAmc9ux?ocid=LENDHP

彼は1980年代~1990年代 USTRの副代表でしたが、その時期に、日本から米国への鋼材輸出は急ブレーキがかかりました。1990年代の初めに私が米国に赴任したとき、私がした仕事の一つは、日系の自動車会社などのユーザーに、日本からの鋼材の代わりに、米国のパートナーの会社の鋼材を使ってくれ・・とPRする奇妙な仕事でした。

・・・・・・

自社の製品を売るのではなく、ライバル会社の製品をPRするのですから・・。

現地(米国)に組立工場を建設して現地生産に切り替えられる自動車産業は結構ですが、鉄鋼業はそうはいきません。莫大な投資と時間がかかる一貫製鉄所の現地移転は困難です。

・・・・・・

仕方なく鉄鋼各社は、それぞれ米国内にパートナーとなる鉄鋼会社を探し、そこに技術移転して日系企業のユーザーをサポートしたのです。

新日鉄 =Inland Steel

川崎製鉄=Armco Steel

住友金属=LTV Steel

日本鋼管=National Steel

神戸製鋼=US Steel

日新製鋼=Wheeling Pits

といった具合です。米国の大手鉄鋼メーカーで日本と組まなかったのはBethlehem Steel

ぐらいで、米海軍の軍艦用の鋼材は、一手にBethlehem Steelが製造していました。

・・・・・・

ライバル会社に技術ノウハウや商権を渡すというのは奇異なことですが、鉄鋼業界では時々あります。八幡製鉄と富士製鉄が合併した時には、独禁法を回避するため、レール鋼の製造技術と商権を日本鋼管に譲渡しました。今話題の新日鉄住金と日新製鋼の経営統合ではMg入りの特殊メッキ鋼板の製造技術が神戸製鋼に譲渡される見込みです。

・・・・・・

しかし、米国の独禁法では資本関係にない会社同士が協力して技術を共有することを禁じています。そこで、日本の鉄鋼各社は米国のパートナーの会社に資本参加し、その多くは損失となりました。

・・・・・・

つまり、ライトハイザー氏がかつて副代表だった時代は、日本の鉄鋼業にとっては屈辱的で苦難の時代だったのです。その結果、日本からの鋼材輸出は激減し、20年後もその状態は続いています。今、日本から輸出されているのは、米国製鋼材では対応できない高級鋼が殆どです。

・・・・・・

そう考えると「昔の名前で出ています」とばかりに、ライトハウザー氏が再登場しても、日本相手に強硬な政策は実行できませんし、実施しても意味がありません。

スーパー301条をしかけたり、ダンピング訴訟を濫発するとしたら、中国や韓国が相手となる可能性が高いと思われます。しかし中国製鋼材は駄物が多く、米国の鉄鋼産業とすぐにバッティングする可能性は低いのです。むしろ安価な鋼材を入手できない米国の機械産業が困ります。

・・・・・・

そうなると、影響を受けるのは韓国です。韓国の鉄鋼産業については、現時点で内需が弱く、輸出に依存する比率が高いのですが、中国の景気減速、米国の輸入規制となれば、製品を持っていく先がありません。

・・・・・・

今現在は、大幅な黒字を出し、生産もタイトで繁忙感のあるPOSCOですが、ライトハウザー氏を相手にして大丈夫なのだろうか?韓国の鉄鋼業界は楽天的すぎるのではないか?・・と余計なことを考えてしまいます。

・・・・・・

しかし、トランプ大統領のこの政策は妥当なのか? 疑問です。

その辺りについて、次報で考えてみます。

以下 次報


【 人生はトライアウト 】 [広島]

【 人生はトライアウト 】

 

2月に入って、晴れた日の暖かい陽光の中、私が工場の製品ヤードを歩いていると、人生の先輩とも言うべきNさんに会いました。 Nさんは、定年をだいぶ前に過ぎていますが、再雇用の形で、まだ現場で働いています。すでに年金もフルに出る年齢で、引退して悠悠自適の日々を送ってもいい状況です。 しかし、彼は会社に残り、現場の作業をモクモクと続けます。

・・・・・・

実は彼のご子息は地元の球団で活躍する内野手で、かなり有名な選手です。しかし、ここ2,3年は一軍で活躍する機会は少なく、二軍で各地を転戦する日々が続いています。そしてNさんは、地方で試合をするご子息の“おっかけ”をしていて、各地の野球場を訪問しています。

・・・・・・

「会社を辞めて年金生活になってもいいのだけれど、倅(せがれ)の試合を見るために、各地を旅行するお小遣いが欲しいのですよ。だから会社に残してください」

彼は会社の人事担当にそう言って、雇用契約を更改してきたのです。

しかし私は、彼が工場で仕事を続けるのは、お金のためだけとは思いません。厳しいプロスポーツの世界で歯を食いしばって頑張っている息子のことを考え、息子が現役でいる限りは、自分も現役で働き続けたい・・・そんな思いがあるはずだ・・と私は思います。

・・・・・・

「そう言えば、「巨人の星」の星一徹だって、飛雄馬がプロの選手になってからも土方を続けていたしなぁ。(途中で中日のコーチになったこともあったけれど)」と昭和の時代の漫画を思い出します。

プロ選手の親子というのは、やっぱり一種の「父子鷹」なんだな・・と思いました。

・・・・・・

そのNさんが私の顔を見ると、ボソッと話しました。

「とうとう、倅が戦力外通告をされてしまいました。現役引退ですよ」。

さてこれからどうしようか・・・?という風に彼は遠くを眺めています。

その表情につられて、私も自分の事を話します。

「私もね、60才を過ぎて再雇用の身の上です。戦力外とは言いませんが、会社での活躍の機会は減りそうです。 そこで転職することにしましたよ。 なに、スカウトとかヘッドハンティングだとか、格好いい呼び方をしますが、私の感覚としては、お払い箱になったサラリーマンが、仕事にしがみつくというか、もう一度、活躍の機会を得たい思いで、必死に転職先を探した訳で、これはプロ野球で言うところのトライアウトですよ」

・・・・・・

「だから、私は3月から東京で新しい会社に勤務するのです」。

Nさんは少し驚いた表情で、「そうですか、オヒョウさんはトライアウトしたのですか」

・・・・・・

それから、私達は天気の話などを少ししました。広島県北部の積雪の話になると、彼は、昔小学生だったご子息を連れてスキーに出かけた話などを懐かしそうに話しました。 しかし、目の前の空は晴れていて、気温は2月だというのに暖かです。

・・・・・・

唐突に私は、芭蕉の俳句を思い出しました。

 

「行く春を 近江の人と 惜しみけり」

 

これは不可解です。 場所も季節も全く違います。今は初夏ではなく、冬ですし、ここは近江ではなく安芸です。 でもなんとなく、この句の気分です。

 

どうしてこの俳句を思い出したのかな? そんなことを考えていると、暫く沈黙していたNさんが、もう一度つぶやきました。

 

「そうですか、オヒョウさんはトライアウトしたのですか・・」

 

私は、あと3週間で呉の地を離れます。


【 孟嘗君を探して 】 [中国]

【 孟嘗君を探して 】

中国の戦国策には、いろいろなエピソードが登場しますが、その中で人気があるのは、孟嘗君のエピソードです。そこに登場する彼の才能とは、数多くの「食客」を抱えたことです。何らかの特殊技能を持つものの、それが何の役に立つのやら? という人物ばかりを抱えていました。 しかし、普段は遊んでいる彼らが、一旦緩急あり・・という非常事態になった時、大活躍して主人を窮地から救うのです。

・・・・・・

最も有名なのは「鶏鳴の故事」で、鶏の声をまねるのがうまい、江戸屋猫八みたいな「食各」がいたお陰で、夜は開かない関谷関の関所を通ることができたエピソードです。

余談ですが、最近の大学入試では、学力以外で、何か一芸に秀でた生徒を合格とするAO入試なんてものがありますが、鶏の声帯模写で合格となる大学はあるでしょうかね?

・・・・・・

しかし孟嘗君が凄いのは、その一発芸すら持たない、つまり“無芸大食”の輩を「食客」に抱えていたことです。 私が特に好きなのは、無芸大食の「食客」だった馮諼(日本語での発音は知りませんが、中国ではフェンと発音していましたの故事です。 

ご存知の方も多いでしょうが、彼のエピソードの粗筋を下記します。

・・・・・・

馮諼は仕事もしない居候なのですが、自分の待遇改善を主人の田文(孟嘗君)に訴えます。

彼は自分の長い剣を弾きながら、「長鋏よ帰らん乎。客を遇するに以って魚無し」と言います。つまり「剣よ、帰ろうではないか。ご飯のおかずに魚が無いではないか」と言います。田文がそれを認め、ご馳走を出すと、今度は「外出するのに馬車が無い」と言います。 田文が、これを認めて車を与えると、今度は家族を持つために家が欲しいと訴えます。

・・・・・・

周囲の人々は呆れますが、田文はこれをみとめます。馮諼はそこまでの厚遇を受けても、やはりゴロゴロしているばかりで、仕事をしません。やがて田文が、ある地域に貸し付けたお金を取り立てることになりました。馮諼は「自分が借金取りをする」と手を挙げます。馮諼は馬車を仕立てて借金取りに向かいますが、そこで借金が返せない者からは取立てをせず、借用証を燃やしてしまいます。借金を返してきた者からは受け取りますが、そのお金で酒盛りをし、一緒に使ってしまいました。

・・・・・・

手ぶらで帰ってきた馮諼に田文はさすがに呆れますが、馮諼は「借金を返せない者は実際にお金を持っていないのだから無い袖は振れない。無理に取り立てても恨みを買うだけで、何の得も無い」と答えます。

・・・・・・

やがて、政変が起こり、田文は命の危機にさらされます。都をすぐに脱出して安全な地元に帰らなければならないのですが、脱出するルートがありません。そこでかつて馮諼が借金の取り立てに行って、借金を帳消しにした村を通る事にします。村民は、もろ手を挙げて一行を歓迎し、田文は無事に安全地帯に帰りついた・・という訳です。

・・・・・・

この逸話では、将来を見越して智略を巡らした馮諼がヒーローのようですが、そうではありません。役に立つか分からない多くの食客を抱えた田文つまり孟嘗君の度量の深さがポイントです。 全篇を通して、描かれているのは孟嘗君を讃える内容です。

・・・・・・

実は孟嘗君だけではありません。中国の歴史には、多くの役に立たない「食客」を抱えて、自分の度量を示そうとした豪族が多くいました。 その目的は・・、自分の懐の深さを自慢する・・ということもありますが、つまらない者でも厚遇することで、有能な人材が集まるかも・・という期待です。有名な「隗より始めよ」という言葉もこれに由来します。

・・・・・・

中国だけではありません。日本にも普段は役立たずと思われていた人物が後で大活躍する話はたくさんあります。 「三年寝太郎」はその一つです。

・・・・・・

米国にも、同じような話はあります。 例えば、「あいまい理論」を応用したファジィ制御を確立したザデーはIBMの研究所では異端児で、役立たずと思われていたそうです。 既存の制御理論を追及するだけでは、彼の才能は発揮できなかったのですが、余裕のあるIBMは彼を雇い続け、そして彼は新理論を確立しました。

・・・・・・

翻って、現代の日本を眺めて思うのは、孟嘗君がいないことです。そして「食客」もいません。一見して無駄な人物を抱える事が許されない時代です。 1990年代以降、日本ではリストラという名前の馘首が流行りました。 特に重厚長大産業では、いかに多くの社員を減らすかが、経営者の才能であるかのように喧伝されてきました。

・・・・・・

そこで生き残るのは、その時点で与えられた仕事で、最大限の成果を挙げる人だけです。 しかし、それは将来の変化に柔軟に対応できる能力ではありません。 

実は、無駄飯食らいの「食客」の方が、柔軟性があり、変化に対応できるのですが・・その人材を抱える余裕が無いのです。

・・・・・・

日本は不況下で多くの「食客」を減らした結果、その後の失われた20年を招きました。三菱重工は、ビジネスジェット機MU300の開発に失敗した後、民間航空機の研究開発をリストラしました。 今、ジェット旅客機MRJの開発が難航するのは、そのためかも知れません。 民間機を研究する「食客」をずっと残しておけば、こんなことにならなかったも知れません。 鉄鋼でも革新的な技術が長らく登場しません。 無芸大食の「食客」をリストラしたせいかも知れません。

・・・・・・

今、経済成長や技術開発に勢いがある国は、若い労働人口が多く、人件費が安い国です。 多くの安い労働力の存在は、工業製品の安い製造コストを意味するだけではありません。 多くの「食客」を抱える能力も意味します。

・・・・・・

その観点で世界を眺めると、日本や韓国は難しい状況です。中国も今後、若い人口が急減しますし、優秀な人は海外へ去ってしまうので厳しい状況です。 有望なのはインドや世界中から人を集める米国ぐらいですが、その米国もトランプ大統領の時代になって将来が不透明です。

・・・・・・

私自身について言えば、以前は馮諼の立場で考えていました。 職場の不満、待遇の不満を感じた時、剣を弾いて、「長鋏よ帰らん乎」と言ってみたくなりました。今は微妙に違います。 どちらかと言うと田文(孟嘗君)の気持ちが分かります。

・・・・・・

もっとも、私自身は経営者ではないので、「食客」を抱える人の気持ちは分かりません。しかし仕事をするなら、孟嘗君の下で働きたい・・と思うのです。

私は、60歳で定年を迎えた後、新しい活躍の場を求めて転職を決めました。その際、転職先を選ぶにあたって、その会社の経営者に孟嘗君の雰囲気があるか否か・・を考えました。 自分自身は「食客」になるつもりはありませんし、長鋏も持っていませんが・・・。

・・・・・・

でも、他の人は言うでしょうね。 オヒョウは選ぶ側じゃなくて、選ばれる側じゃなかったのかね? 確かにそうかも知れません。

私の転職の話については、別稿 【人生はトライアウト】に書きたいと思います。


【 餡子(あんこ)の味 】 [金沢]

【 餡子(あんこ)の味 】

 

久しぶりに、北国新聞を読んでいたら、中能登町の観光大使になっている一青妙さんの記事がでていました。2017120日の文化欄です。(著作権の事情でその記事を転載できないのが残念です)。

・・・・・・

あれっ?彼女は南西諸島で歯科医をしていたはずだけど・・・いつの間にか、女優兼エッセイストになっているぞ。彼女は一青窈の姉で、自分達の母親を回想したエッセイ「私の箱子」や「ママ、ごはんまだ?」を元にした映画、「ママ、ごはんまだ?」にも出演しています。

http://mama-gohanmada.com/

余談ですが、私は一青窈のファンで、以前、ブログ【 裸足の歌姫 】でも、彼女について書いています。

http://halibut.blog.so-net.ne.jp/2011-06-21

・・・・・・

母親の残したレシピに、母親の愛情を改めて感じるというのは「四十九日のレシピ」に通じますが、ポイントは日本の石川県に生まれた母親が台湾に嫁ぎ、違う風習や食文化に戸惑いながらも、溶け込んでいき台湾料理をものにすること。それでいて懐かしい故郷の味も決して忘れていないこと。それらは、娘たちにも引き継がれていて、料理が母と娘の絆になっている・・という点が独特です。そして、私が驚いたのは映画には「圓八のあんころ餅」も母親の好物として登場するということです。

・・・・・・

石川県の名物「圓八のあんころ餅」は、子供の頃からの私の大好物です。特に金沢駅のホームで買い求め、列車の中で、賽の目に切ってあるあんころ餅を食べるのが好きでした。あの程よい甘さの餡子が好きで、竹の皮にこびりついた餡子を楊枝で擦って口に運びました。

・・・・・・

人は、子供の頃においしいと感じた食べ物を、終生、最高の味として記憶する・・というのは嘘でしょう。大人になってから、あんころ餅に出会ったとしても、私はあんころ餅を好きになったはずです。

・・・・・・

漫画家の雁屋哲は、「美味しんぼ」の中で、(お菓子などが)ひたすら甘くても許されるという点で甘味は下品な味覚だ・・と断じていますが、これも多分違うでしょう。

和菓子などは、微妙な甘味で勝負します。

・・・・・・

先日、呉で上田宗箇流のお点前でお茶をいただいた際、お茶を飲む前に口に入れたお菓子のおいしさ、絶妙の甘さに、思わず「おいしい!」と言ったところ、ご亭主から「流派によって、お茶とお菓子の順番は様々です。お茶を口にした後で、最もおいしく感じる甘さにしたお菓子、お茶を飲む前に頂いて最もおいしいと感じる甘さにしたお菓子など、様々です」との説明がありました。ちなみに上田宗箇流は、お茶を飲む前にお菓子をいただきます。

すると「お濃茶と薄茶でも本当はお菓子の甘さを加減すべきなのですね?」と私。

・・・・・・

なるほど、お茶の席に登場する和菓子はデリカシーの塊です。特に餡子の甘さはデリケートです。雁屋哲が言うところの「ひたすら甘くても許される味覚」というのはドイツの砂糖菓子くらいじゃないのかな?

・・・・・・

そこで思うのは、一青妙さん一家が暮らした台湾の餡子の甘さはどうだったのかな?と言うことです。 一般に中国のお饅頭などに使われる餡子は日本の餡子と似て非なるものです。 全体に油っこく、色は小豆色というより黒に近く、少ししつこい甘さが印象に残ります。 一方、月餅に用いられる、果実から作った餡は逆に甘さが薄くなっています。どちらも、和菓子とは違う味で、圓八のあんころ餅の餡とは程遠い味です。

・・・・・・

日本では中国風の餡子は今ひとつ人気がなく、中秋の名月の頃の贈答品の月餅が敬遠されるのも、そのせいだと思います。

・・・・・・

では台湾の場合、中国風の餡子なのか、それとも日本風の餡子なのか・・・それが問題です。素朴に考えれば、中国風でしょうが、一青妙一家の実家が財を成した九份はかつて日本人が多く暮らし、日本文化の影響を受けた街です。その様子は傑作映画「非情城市」に登場します。

・・・・・・

姉妹の母親は、嫁ぎ先で台湾料理になじみ、レシピをものにしますが、ひょっとしたら、餡子の味だけは、日本の餡子の味にこだわったのではないかな? 圓八のあんころ餅の味は、単なる石川県への郷愁の味を超えた存在だったのでは?

・・・・・・

しかし、日本の餡子がおいしいとされるのは、日本と日本人だけかも知れません。以前、聞いた話ですが、試しにアンパンをアメリカ人に紹介したところ、評判はさっぱりで、なんとかおいしくしようとシナモンを大量に加えて、アンパン本来の味を消してしまったとか。それに日本人にも餡子が苦手な人もいます。

・・・・・・

でも米国に駐在する多くの日本人には、お土産に貰うアンパンは格別のご馳走だったようで、私の上司だったシカゴ事務所長は、地方にある日系企業のお客を訪問する時は、シカゴの日本人のパン屋さんで作った大量のアンパンをお土産に持参していました。

・・・・・・

そのシカゴ事務所の日系二世の女性秘書は、戦前、実家がカリフォルニア州で和菓子屋を営んでいたことから、餡子は日本の餡子に限る・・と言っていました。米国生まれで米国国籍だったけれど、日系人のアイデンティティを大切にする人でした。ひょっとしたら、日本の餡子の味にこだわったのも、日系人のアイデンティティと関係するのかも知れません。たかが餡子、されど餡子です。

・・・・・・

そんな事を言うと、必ず日本と中国で優劣を議論したくなる輩がでてきて、中国の餡子と日本の餡子、どちらが世界で好まれ、どちらが市民権を得ているか?なんてことを調査して比較する記事が、新聞に出そうです。

・・・・・・

それは困ったことです。 圓八のあんころ餅が大好きな私ですが、中国の餡子も、そして月餅も嫌いな訳ではありません。どれもおいしくいただきます。甘さにこだわりが無いというのは悪いことではないと思うのですが・・・、漫画「美味しんぼ」などでは軽蔑されそうです。 雁屋哲からは

「そうか、下品なのは甘味ではなく、鈍感なオヒョウ君の舌なのだ」と言われそうです。

 

もっとも、下品な味覚しかない私でも、映画「ママ、ごはんまだ?」は楽しめそうです。


前の10件 | -
メッセージを送る