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【 窮理の船 (今回は私事です) 】 [雑学]

【 窮理の船  (今回は私事です) 】

 

申し遅れましたが、私は10月中旬から福井県の北部にある鋼管工場に勤務しております。62才になってなお、「うちで仕事をしないか」との声がかかったのがありがたく、東京の勤務先には不義理をして、福井県に赴いた訳ですが、入ってみれば、いやその忙しいこと、1月に1回、鹿嶋の自宅に帰るという予定は、ままならないかも知れません。

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その中で、11月下旬の勤労感謝の日の3連休には、鹿嶋に帰ることを決めていました。東京でお会いしたい人もたくさんいますし、それに1123日は、愚息2号(つまり次男)の誕生日です。その次男は、今年、南極観測に出かけることになり、1125日に成田から出発するのです。実は南極観測船「しらせ」は既に日本を出発していますが、観測隊員は飛行機で後から出発し、オーストラリアのフリーマントルで乗船する予定なのです。

https://www.asahi.com/articles/ASLC87X66LC8UTIL078.html?iref=comtop_list_nat_n04

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そして成田から出発する次男を見送るために、私と家内、それに北海道の研究所にいる愚息1号も集まることになったのです。南極に行くのは、次男一人ですが、その少し前から、私も家内も南極と南極観測船「しらせ」に興味を持ち、ファンになりました。極地研究所の一般公開があれば出かけて見学し、「しらせ」の見学会があれば、横須賀まで出かけて乗船し、だんだんわくわくしてきました(自分が行く訳でもないのに)。そしてちょっと嬉しくなって親戚にも報告しました。

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早速、横須賀に暮らす家内の叔父からは、東京湾に浮かぶ美しい「しらせ」の写真が送られてきました。観音崎の先、走水を通過し、南極へ向かう「しらせ」の写真です。

 

shirase2.jpgshirase4.jpg

 

 

写真の中には、陸上から旗旒信号を振る男性の後ろ姿の写真もあります。(残念ながら肖像権の確認が取れていないので、その写真は掲載できません)。

UW.png

その旗旒信号は、「御安航ヲ祈ル」という、UW旗です。一昨年の弊ブログにも登場しました。お忘れの方は下記のURLをご覧ください。

https://halibut.blog.so-net.ne.jp/2016-12-04

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「海上自衛隊には、一隻だけ 明るい色で塗装した船があるのですよ。分かりますか?」と話すのは、海上自衛隊の幹部だったNさんです。「それは南極観測船「しらせ」です」。 何度も「しらせ」に乗船(乗艦?)したNさんによれば、海上自衛隊のほとんどの水上艦は、暗いグレーに塗られているそうです。そして潜水艦は黒色です。(これは喫水線より上の部分です)。

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軍艦は戦闘の際、敵に視認されない方がいい訳で、保護色を使うのです(ローヴィジと言うそうです)が、戦闘艦でなければ、その必要はありません。むしろ発見されやすい方がいい訳で、「しらせは」は甲板より下は明るい柿色、甲板より上はクリーム色です。

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初代の南極観測船「宗谷」は海上保安庁に属していたのであてはまりませんが、海上自衛隊に所属した「ふじ」「しらせ(初代)」も今の「しらせ」と同じ色です。

 

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これは、初代の「しらせ」です。

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「しらせ」の甲板に立つ自衛隊員に尋ねると、「しらせ」の乗組員は、全員が志願者で、選ばれて乗船するのだそうです。なぜ志願者が多くいるのか?

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南極という場所に行ってみたいという好奇心もあるでしょうし、もっぱら戦闘訓練に明け暮れる通常の艦隊勤務と異なり、平和な船に乗ってみたいという思いもあるでしょう。でもひょっとしたら、暗い色の船ではなくカラフルな船に乗ってみたいというそんな気持ちもあるのかも知れません。

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ところで1110日に出港した「しらせ」ですが、軍人より科学者や研究者を多く載せたこの船をなんと呼ぶべきか? 私は50年前に教わった「窮理の船」という言葉を思いつきました。私が中学生のころ、音楽の授業で、針谷茂先生がなぜか讃美歌を教えてくださいました。「月なき美空に・・」で始まる讃美歌312番ですが、その中に「窮理の船」という歌詞が登場します。

http://www.worldfolksong.com/hymn/friend-jesus.html

同級生の誰かが、「「窮理の船」とは何ですか?」と質問すると、針谷先生は、少し考えて「今、飛んでいるアレだよ。真理を探究するために進んでいる宇宙船も一つの窮理の船さ」と答えられました。ちょうどその頃、アポロ宇宙船が月面に着陸していたのです。

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本当は、窮理とは哲学的真理を探究することで、自然科学に使っていいのか?という疑問はありますが、なぜかその時は納得した記憶があります。

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すると、今ならさしずめ、南極観測船「しらせ」こそが「窮理の船」だな・・と、50年後の現代の私は思いました。

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窮理の船に心躍らせて乗る次男は、修士課程の1年生です。南極で何を学び、何を経験してくるのか、門外漢の私には分かりませんが、彼もまた人生の船出の時期を迎えます。 南極から帰り、修士課程を修了した後、彼がどの道を選び、どういう人生を送るかは分かりません。 ただ、自分で道を切り開き、困難を克服して自己実現してほしいと祈るばかりです。 次男だけでなく、若い学生や研究者の卵たちは、「しらせ」に乗ろうが乗るまいが、皆さん「窮理の船」の乗組員です。 私はただ「御安航ヲ祈ル」という旗を振るばかりです。

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海原に、白き航跡現れて 南を目指す 窮理の船は

 

天際に緋色の船を見送れり Bon Voyageの旗を振りつつ

 

うーむ 駄作です。私には短歌はやっぱり無理みたいです。


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