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【 P―1じゃなくっちゃ 】 [航空]

【 P―1じゃなくっちゃ 】

 

日本の海上自衛隊の能力で、特に評価が高いのが対潜哨戒能力と掃海能力(機雷除去)だと言われます。原子力潜水艦や正規空母は持たないけれど、P-3CP-1といった対潜哨戒機は充実しています。それがどんな意味を持つかといえば、ロシアの極東艦隊や中国の海軍が太平洋に進出するのを防止する役割になります。特にロシアと中国は原子力潜水艦に力を入れており、それらが太平洋に進出する際、日本の対潜哨戒能力が邪魔になります。

P-3Cの役割はオホーツク海の流氷観察だけではないのです。

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名機とされ、長い間活躍してきたP-3Cですが、後継のP-1にその座を譲りつつあります。そうはいっても、引退には早いので中国と対峙する東南アジアの諸国で第二の人生を送ることになりそうです。

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「早く新型哨戒機に替えなきゃ!」と部外者の私が感じたのは、2001年の北朝鮮の工作船騒動の時です。あの時、前面に出て銃撃戦に応じたのは海上保安庁の巡視船ですが、上空には自衛隊の対潜哨戒機P-3Cが飛んでいました。1999年の能登半島沖の不審船事件のように防衛長官(当時)が「海上警備行動」を発令していれば、自衛隊の出番だったのですが、そうはなりませんでした。もしそうなっていたら、歴史は変わっていたかと思います。

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P-3Cが北朝鮮の工作船が沈没するまで、上空から撮影していたのですが、最後に破れかぶれになった工作員が、携行型ミサイルRPG7 2発を発射する場面が映像に映りました。慌てたのか、やけっぱちになったのか、方角も定めずに発射したミサイルは見当違いの方向に飛んでいき、P-3Cには命中しませんでしたが、もし精確に狙いを定めて発射していれば、命中したかも知れません。

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RPG7は、西側のスティンガーのようにランチャーを肩にかけて、そこからミサイルを発射するもので、戦車や航空機を狙います。あとで海底から回収された武器には、さらに強力な携行型誘導ミサイル9K310イグラあります。もしこれが至近距離から発射されたら、フレアもチャフも間に合わず、P-3Cは撃墜されたはずです。

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P-3Cはターボプロップつまりプロペラ機です。もともとはロッキードエレクトラという旅客機です。当然スピードはジェット機より遅く、ミサイルに狙われたら回避する余裕はほとんどありません。今、導入が進みつつあるP-14発のターボファンでかなり優速です。勿論、ロケットエンジンで飛ぶミサイルよりは遅いのですが、発射されてから命中までの時間が稼げます。

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自衛隊の場合、P-3CP-1になっても、E2-C/E2-D早期警戒機やV-22オスプレイがプロペラ機として残ります。私は、練習機や連絡機は別にして、自衛隊の固定翼機は、ターボファンエンジン(つまりジェット機)であるべきだ・・と私は思います。現実に射撃されたり、ミサイルが飛んでくることがあるのですから。

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以前、尼崎にある住友精密工業の工場に何度か行ったことがあります。この工場では、航空機のプロペラや降着装置を作っています。プロペラはP-3Cのプロペラが主ですが、いずれこの仕事がなくなると話していました。宇宙航空事業部では降着装置やエンジンのオイルクーラーに軸足を移すとのことでしたが、時代の流れです。

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私が知る限りでは、自衛隊の航空機に向けて実弾が発射されたことが他にもあります。旧ソ連の原子力潜水艦で火災が発生し、浮上した状態で日本の領海に侵入した時です。接近した自衛隊のヘリコプターに向けて、潜水艦のブリッジから信号弾が発射されました。この時も当たりませんでしたが、もし命中していればヘリコプターが墜落した可能性もあります。

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マスコミは北朝鮮の工作船事件の時、撃たれた巡視船については報道しましたが、自衛隊については殆ど触れませんでした。北朝鮮やソ連/ロシアから、自衛隊の航空機が撃たれた・・という事実は、護憲を信条とする左派系のマスコミにとっては、何とも都合が悪いのです。

現行の憲法の前文には、平和を求める諸外国と協力して・・とあり、周辺諸国は平和的で攻撃してこない建前になっています。それが否定されるのは困るのです。

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しかし、実際には自衛隊の航空機は危険に曝されています。そのことを国民は知るべきです。最近、FCS(火器管制レーダー)の照射を受けた事実を政府が公表するようになったことはいいことです。 今後も、例えばスクランブル発進した自衛隊機に相手がどのような対応をしたかを正確に発表すべきです。中国やロシア、南北朝鮮は平和勢力で軍事行動はとらない・・・と主張するマスコミの嘘が明らかになります。

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すると今度は、相手がエスカレートしていよいよミサイルを発射してくるかも知れません。機動性に優れるP-1は、飛来するミサイルをひらりをかわし、正当防衛の反撃をすることになるかも知れません。でも相手が韓国なら、絶対にミサイル発射を認めないでしょうね。

文大統領は、「あれはミサイルではない。飛翔体だ」と主張するかも知れません。

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悲惨な状態にある韓国経済を、順調であると強弁する大統領です。北朝鮮のミサイルをただの飛翔体と言い張る人物ですから・・・、多分、彼は馬を見ても鹿と言う御仁でしょう。


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【 清朝の愛妻家 】 [中国]

【 清朝の愛妻家 】

 

昔、中国の江蘇省昆山市にある公園に遊んだ時です。園内に中国の偉大な人物20傑という碑がありました。日本でも知られている人物ばかりですが、その中に林則徐がいました。

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彼は、衰えていく清朝で大活躍した官僚ですが、日本ではアヘン戦争での中国側の当事者として知られています。その実像はどうなのか?

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福建省福州出身の彼は郷党の期待を担って、20代で科挙に合格し、進士となりますが、成績は特によかった訳ではなく、あまりエリートとは言えない存在だったようです。

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地方に派遣され、湖北省湖南省などの地方長官を歴任しますが、赴任先で農村改革を推進し、治水から農業経営の改善に取り組みます。特に江蘇省にいた頃の治水事業の実績が認められ、北京に戻され、欽差大臣に抜擢されます。江蘇省と言えば「水の蘇州」の名前があるとおり南部には水郷地帯が広がり、中国のパン籠というべき穀倉地帯です。彼はそこの治水事業で実績をあげたのです。

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当時の林則徐の業務内容を見ると、農水省の業務と国土交通省(旧建設省)の業務、総務省の業務(旧自治省)の業務までをこなす、スーパーマンだったようです。そしてその後、外務大臣の仕事も行い、戦時には彼は防衛大臣兼統合参謀本部議長としても活躍するのです。

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欽差大臣に任じられた彼はアヘン対策を担当します。彼は諸悪の根源は国内にはびこるアヘンにあり・・と判断し、厳しい取り締まりを皇帝に進言し、許可を得て実行します。具体的には英国商人のアヘンを全て没収し、海水に浸し石灰に混ぜて処分します。これに反発した英国人が武力に訴えたのが、ご存知、第一次アヘン戦争です。

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考えてみれば、アヘン戦争というのは、どうみても英国に非がある戦争です。中国から膨大な量のお茶や絹を輸入するものの、その代わりに英国から輸出するものが無いものだから、植民地のインドで作らせた麻薬を押し付け、それを禁じられたら、因縁をつけて戦争に持ち込む・・というのですから、場末のヤクザでも、顔を赤らめて行わない恥知らずな行為です。

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近代史において、義の無い、醜い戦争を3つ挙げろと言われれば、第一次アヘン戦争と第二次アヘン戦争(アロー号事件)、そしてボーア戦争となりますから、19世紀の大英帝国など、暴力団みたいなものでした。しかし、私が英国人に訊くと、勝利したアヘン戦争もボーア戦争も正義の戦いと考えている人が多いようです。勝てば官軍か?

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皇帝の信任が篤い林則徐は、清国の2大要職である軍機大臣と欽差大臣を交互に経験していますが、しかしアヘン戦争に敗れると「林が余計なことをしたために、英国に攻められ、国家が辱められ、莫大な損害が生じた」とばかりに、林を疎む声がでます。そして彼は新疆ウイグル自治区のイリに左遷されます。これについては、英国商人から莫大なワイロを受け取っていた官僚達が、林則徐がアヘン密輸を禁止した事を恨み、彼を排除したという説もあります。清国の為に活躍した彼の本当の敵は実は中国人だったようです。

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私の推測ですが、戦争勃発前に林則徐と交渉した英国側が、彼を手ごわい相手と考えて、南京条約の交渉前に彼を遠ざけるよう画策したのではないか?と考えます。

実際、アヘン戦争では、英国艦隊は林則徐が守りを固める広東を避け、渤海沿岸の天津に現れています。手ごわい相手を避け、敵国の勢力から外すというのは、孫子の兵法です。

大坂城を攻めた徳川家康も片桐勝元を豊臣側から遠ざけていますが同じ論法です。

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左遷された林則徐は、新疆ウイグルで善政を布き、絶大の人望と高い評価を得ることになります。その後太平天国の乱の勃発で、彼は再び第一線に呼び戻されるのですが、しかし辺境に左遷された林が愉快だったはずもなく、鬱屈した日々だったことは予想されます。

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小説「阿片戦争」を著した小説家陳舜臣によれば、なんと彼は単身赴任先での孤独で憂鬱な想いを妻に手紙で書き送っていたとのことです。陳舜臣はそのことに驚いています。当時、林則徐は新疆ウイグルのイリにいて、家族は陝西省西安にいた訳ですから、かなり遠距離の単身赴任です。その間を手紙が往復したのです。

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陳舜臣がなぜ驚いたのかは不明ですが、当時の女性の識字率が高かったとは思えず、夫と漢字ばかりの手紙(当たり前ですが)を頻繁にやり取りしていたというのは、確かにちょっと意外です。でも唐代や宋代の漢詩には女性の作品も多く、男女の恋文も多く残されていますから、女性の手紙のやり取りに驚くというのも少し変です。

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おそらくは仕事上の憂鬱を妻に打ち明けるという行動が、当時の官吏としては意外だったからではないか?と私は思います。これは19世紀だけではありません。20世紀も21世紀も、働く男性は仕事の悩みや愚痴を妻には語らないのが普通です。多分、日本でも中国でもそうでしょう。彼がそれを妻に伝えていたということは、それだけ妻を信頼し、心を通わせていた・・ということで、陳舜臣の驚きはそこにあります。林則徐はその心境を漢詩にも詠んでいます。

https://kknews.cc/history/46emgkg.html

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林則徐の時代の問題を考えると、現代中国の問題も見えてきます。例えば、南京条約や北京条約では、キリスト教の中国内での布教が認められます。しかし今の中華人民共和国が認めるキリスト教とは、共産主義の指導の下に活動する宗教であり、唯物論を前提としたキリスト教です。本物のキリスト教は地下に潜り、そして弾圧されています。また林則徐が善政を布いた新疆ウイグル自治区は、北京政府に弾圧されています。ウイグル族だけでなく回族も含めてイスラム者は皆弾圧の対象です。その反動として起こるテロや反政府活動に政府は悩んでいます。 そして林則徐の足を引っ張った腐敗官僚は今もいます。習近平政権にとって官僚の腐敗は解決すべき大きな課題ですが道半ばです。英国やフランスに対するコンプレックスもまだ残っています。そして中国最大の問題である農村改革は、非常に遅れています。林則徐の時代から2世紀近くが経ちますが、その間に中国で実現したことといえば、アヘンの取り締まりぐらいでしょうか? 泉下の林則徐が聞いたら苦笑いでしょう。

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林則徐の出身地である福州には彼の記念館があります。そして中国海軍のソブレメンヌイ級の駆逐艦には「福州」があります。しかし旧式艦であり、もし英国や米国と戦えば、また負けそうです。

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それにしても・・と別のことを考えます。清朝末期に活躍した林則徐も李鴻章も科挙には合格していますが、優等生だった訳ではありません。しかし国難に当たっては大活躍します。林則徐を支えアヘン戦争で戦死した関天培は科挙に合格もしていません。

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余談ですが、かつて行われた科挙の試験の解答用紙は巻紙でした。合格者の答案の巻物をお盆に載せて天子(皇帝)に献上する訳ですが、最優秀者の答案を一番上に載せて献上しました。つまりトップ合格の答案が他の答案の上に乗るので「圧巻」という言葉が生まれました。「圧巻」の働きをした林則徐は、実は「圧巻」の官僚ではなく、そしてその彼にも清朝を救うことはできませんでした。

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ところで、中国の強い影響を受けた昔の日本ですが、中国から導入しなかったものが4つあります。それは宦官と纏足とアヘンと科挙です。しかし日本に科挙はなくても、戦前には高等文官試験、現代は国家公務員上級甲種試験があり、「圧巻」の官僚が毎年誕生します。

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日本の「圧巻」の官僚達は今一体何をしているのか? やはり国難にあたって活躍するのは「圧巻」の官僚ではなく、もっと普通の官僚なのか? 最近ニュースで報道される事務次官や局長級の官僚達の不誠実な仕事ぶりをみると、そんな事をふと考えてしまいます。


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【 火器管制レーダー照射 】 [政治]

【 火器管制レーダー照射 】

 

とうとうと言うべきか、やはりと言うべきか韓国の駆逐艦による日本の対潜哨戒機へのレーダー照射の件はうやむやになりそうです。

これまでの経緯を見ると

 

1.最初、韓国は北朝鮮の船を探索するレーダーが対潜哨戒機にも当たってしまった、とレーダー照射を認めました。

2.しかし、日本が映像を公開し、北朝鮮船が至近にいて探索の必要もなく、海も静かだったことが判明すると、今度はレーダーを当てていない・・と抗弁し始めました。

3.そこで、日本がレーダー照射の警報音を流すと、最初はその警報音は信用できないと言い、次には対潜哨戒機が低空で接近してきたからだ・・と論点をすり替えてきました。前言を翻してレーダー照射を認めた訳ですが、今度は、被害者は韓国軍だと強弁してきました。

4.さらに、今後は対潜哨戒機が接近したらレーダー照射をすると通告してきました。

もっとも、それについても韓国は正式に日本に通告したという意見と、そうではないという意見があって、はっきりしません。

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結局、彼らはレーダー照射をしたと認めたのか?そうならば、レーダー照射していないとした彼らの主張は真っ赤な嘘だったのか? よく分かりません。

とにかく、韓国としては論点をずらしたり、肯定と否定を繰り返したりして、最後はうやむやにしたい・・という作戦です。以前、弊ブログで江華島事件について触れましたが、当時の朝鮮側の説明も、責任逃れのために、言を左右させ、一貫しない信用できないものだったようです。

https://halibut.blog.so-net.ne.jp/2018-10-05-1

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私自身、韓国の製品を日本の製鉄会社に納入した際、韓国のメーカーの説明がいい加減で信用できず困った事があります。韓国の人は前言を翻すことになんら呵責を感じないのか?

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そうなると、今度はレーダー照射など大した事ではないし、それを問題視する日本の方がおかしいという奇妙な意見が韓国から登場します。韓国人だけではありません。航空自衛隊の元幕僚長で右派の論客として知られる田母神俊雄氏も、レーダー照射など大したことではない・・と言っています。彼の意見はツイッターで示されましたが、何とか韓国側の応援をしたいAERAは、右派の論客である田母神氏ですら、レーダー照射を問題として取り上げるのはおかしいと言っているではないか。騒ぎ過ぎだ・・・という意見です。

https://ironna.jp/article/11560

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では本当はどうなのか?

80年代の傑作映画「トップガン」では、冒頭に米軍の戦闘機がミグ戦闘機からレーダーロックオンされる場面から始まります。結局その時はミサイルは発射されませんが、ロックオンされたパイロットはパニックに陥り、戦闘機を降りることになります。その結果、主人公のトム・クルーズらが、ミラマー基地のトップガン養成コースに送られることになります。

映画の後半の空中戦の場面では、ミグからロックオンされた直後にミサイルが発射されF14戦闘機が撃墜されます。

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つまり、米軍ではロックオンされれば、即撃墜の危険にさらされた・・と理解されます。

そんなことを言うが、所詮映画の中の世界ではないか?という意見もありましょう。

米軍は、ベトナム戦争でもコソボ紛争でも、ロックオンと同時にミサイルを発射され航空機を撃墜されています。

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それは戦時であって、平時ではないだろう・・という意見もありましょうが、平時でもロックオン即撃墜の例があります。有名なパワーズ大尉が乗ったU2偵察機は、領空侵犯とはいえ、平時に旧ソ連によってレーダーロックオンされ、そして撃墜されています。

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逆にロックオンされた米軍はどう対応するか?と言えば、これは躊躇なく反撃しています。

イラクでは、湾岸戦争とイラク戦争の間、しばらく平和な時代がありました。多国籍軍はイラクの領空を管理下に置き、警戒飛行していましたが、時々イラク軍のレーダーサイトからレーダーの照射(ロックオン)を受けました。その都度、ロックオンされた飛行機は即座に反転し、照射したレーダーサイトを攻撃・破壊しています。イラク側にどの程度の被害がでたかは不明ですが、多国籍軍の対応は当然のこととされました。

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戦争状態でなくても軍用機に火器管制レーダーを照射すれば、逆に攻撃されても仕方ないというのが、世界の常識です。

韓国軍もその常識は認識していたはずですが、日本の自衛隊に対しては何をしても許されるとたかをくくっていた可能性があります。

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理解できないのは、なぜ田母神俊雄元航空幕僚長が、レーダー照射など大騒ぎする問題ではない・・と発言したのかです。

ここからは、オヒョウの推測になるのですが・・・、田母神氏はパイロット出身ではありません。航空機に搭乗した経験はありますが、基本的には高射砲部隊の出身です。実際には今の時代、高射砲ではなく、パトリオットやナイキJといった迎撃ミサイルを担当した訳ですが、本当に外国の軍隊と接触する最前線にいた訳ではありません。それが彼の見解に影響を与えた可能性があります。

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そしてもう一つの推測ですが、ひょっとしたら、日本政府が黙っていただけで、これまでも自衛隊機はレーダーロックオンされていたのではないか?という疑いです。

これまで自衛隊機や、海上自衛隊の護衛艦にレーダーロックオンした国は、知られている限りでは中国と韓国だけです。いずれも外交上デリケートな扱いを要する国です。

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現場の自衛隊員が強い脅威を感じても、温度差がある上層部で握りつぶされ、公表されてこなかった可能性があります。さらに言えば、防衛省(防衛庁)と外務省の力関係があります。事を荒立てたくない外務省と、現場で脅威を感じる防衛省では外務省の力が優り、これまでのレーダー照射はうやむやにされていた可能性があります。田母神氏はそれを踏まえて「大したことはない」と言い、韓国軍は「どうせ日本は騒がないはずだ」と考えていたのかも知れません。

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映画「トップガン」にあるように、ロックオンされるというのは搭乗員にとって大変なストレスになります。今回のビデオを見ると、P1哨戒機の搭乗員の対応は極めて冷静であり、肝の座った隊員達であることが分かります。実はパニックに陥らない、冷静で勇敢な隊員の存在こそが自衛隊の強みであり、外国が日本の自衛隊を恐れる理由でもあります。

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日本の自衛隊を脅かそうと、レーダーロックオンした結果、逆に自衛隊の凄みというか強さを感じて慌てているのが、韓国海軍かも知れません。

各国の軍隊は、自らの強さをアピールして、戦争抑止に役立てようとしています。それはしばしば最新兵器を見せびらかす形で行なわれます。ある意味で幼児的です。中国は航空母艦をPRし、韓国も新型潜水艦の建造を自慢します。北朝鮮の場合はミサイルです。

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しかし、戦争抑止に役立つ最も強烈な武力の誇示は、勇敢で精強な隊員を揃えている事の証明です。今回のレーダー照射事件で、冷静な対応をした搭乗員が紹介され、図らずもそれが実現しました。

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日本を脅すつもりで火器管制レーダーを照射し、逆に自分達が自衛隊の恐ろしさを思い知らされ、かつ見苦しい言い訳で国家の信用を無くした韓国にとって、レーダー照射は、実に高くついた失敗だった・・と私は考えます。


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【 市場(いちば)を見よ 】 [雑学]

【 市場(いちば)を見よ 】

 

最近、アジア諸国の都市がどんどん近代的になっています。上海の浦東地区、ドバイ、シンガポールなどだけでなく、中央アジアの各都市にも超高層ビルや奇抜な形のオブジェのようなオフィスビルが並んでいます。

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超高層ビルが林立することが、その都会が近代的で先進的である証拠だと信じる人々は、その風景に満足します。高層ビルを建築するだけの資本が集まっているのですから、それは確かに結構なことなのですが・・・。でもそこに暮らす人にはどうなのか?

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近代的で奇抜な建築を並べることが、必ずしも都市の活力や住民の幸福に直結しない・・という反省は20世紀の中頃からあります。その例として挙がるのはブラジルの人工都市ブラジリアです。近代的で整った都市ですが、人々は暮らしにくいそうです。

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では、都市の快適さや先進性、もっと言えば都市の価値をどこで測ればよいのか?私に言わせれば、衣食住や情報、医療、とりわけ食が問題です。潤沢で質の高い食糧が適切に供給できるシステムが完備しているかが問題です。

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世界中で進行する急激な都市化や人口増大に食糧供給が追い付くのか?という疑問は、素朴に湧いてきます。

食糧といっても、長期保存や遠距離輸送が可能な穀物や食肉などは大きな問題になりません。都市生活者の食卓に不可欠な野菜類、果物、乳製品を生産・供給する、都市近郊型農業が問題となります。

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例えば、急速に都市の拡大が進む中国華東地区(上海都市圏)などは、人口増大に加え、生活水準の向上によって、食生活も欧米化、高たんぱく化、高カロリー化が進んでいます。ではその供給体制はどうなのか? 直近の資料が無いので、あくまで憶測ですが、量の問題としては、上海都市圏での食糧供給に不安は無いようです。

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アジアでも有数の肥沃な穀倉地帯である長江デルタを背後に控える上海都市圏では食糧供給量に問題はありません。それに加え、利に聡い中国の農民は機敏に高収益の作物に転換します。つまり、稲作や麦作より養豚、養鶏、魚の養殖あるいは野菜や果樹、花卉栽培の方が儲かると分かれば、自然に作物を転換します。特に小規模経営の場合、都市近郊型農業の方が穀物栽培より儲かるのは洋の東西を問わず事実です。そして、短期間に飛躍的に伸びた高速道路(高速公路)のトラック輸送や鉄道輸送が、遠隔地からの供給を可能にしています。

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しかし、それらを集め、分配する市場は遅れています。上海には2000万人以上の人口、つまり2000万個以上の胃袋がある訳ですが、その食糧を一か所に集めて市内に分配する中央市場に相当する機関がありません(済みません、私がいた10年以上前の知識ですから、今もそうなのかは分かりませんが)。

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ではどういう仕組みなのか?と言えば、小規模な市場が、住宅街のそこここにあり、近郊の農家から集まった食糧が、その地域の人たちに分配される仕組みです。地産地消を実践している訳ですが、小規模な市場が乱立することには、多くの問題があります。

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例えば衛生管理です。中国の小規模な生鮮食品の市場には衛生上の問題が多くあります。中国には生鮮食品は新鮮な方が良いという大原則があります。しばしば動物は生きたまま市場に運ばれ、そこで屠殺されます。鶏などは生きたまま籠に入れられて売買されます。鶏が羽ばたけば、埃が舞います。生きた動物はそのもの自体が汚染源です。その環境下で、21世紀の初めにSARSと呼ばれる新型肺炎(重症急性呼吸器症候群)が流行しました。発端は、広東の市場で売られていたハクビシンが感染源だったようですが、中国当局は明らかにしません。その後、トリインフルエンザも流行しました。感染は農場で始まったのでしょうが、それがパンデミックになったのは、市場で食い止めることができなかったからです。責任の一部は生鮮食品市場にあります。今、日本では豚コレラの流行が大問題になっていますが、これは多分中国から持ち込まれた豚肉が感染源でしょう。だって中国では日常的に豚コレラが発生していますから。

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中国政府は、SARSの時と同様、自国の病原体が原因とは認めないでしょうが、中国が衛生管理の面で遅れているのは事実です。繰り返しになりますが、家畜の伝染病を防ぐには、畜産農家の現場での防疫処理が大前提となりますが、遠距離への拡散を防ぐには、流通過程、特に市場での衛生管理が徹底的に重要になります。

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近代的な市場では、短時間に多くの競りを行い、集荷と出荷が能率よく行われることが重要ですが、併せて衛生管理が必須条件となります。今、東京の豊洲市場には海外からの観光客が多く訪れますが、彼らは見学通路から競りを眺め、その手際の良さと衛生的な環境に感心するそうです。逆に考えれば、外国の市場はそれだけ遅れているということでしょう。

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築地に魚市場があった頃は、無神経な観光客が競りの現場に踏み込み、指でマグロに触ったりして問題になったそうですが、これも自分達の国の市場はそれほど衛生的ではない・・ということでしょう。

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令和の時代、日本から外国に輸出するものは、これまでの工業製品から、目に見えないソフトに移行していくと私は考えます。その中の一つに、大都市で生鮮食品を扱う市場のシステムもあると私は考えます。とりわけ人口増大とスプロールが進む、アジアの大都市圏で、このノウハウは重要です。

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東京の魚市場の築地から豊洲への移転は、システムの近代化を実現するいい機会でしたが、政争の具にされてしまいました。その価値を議論する以前に、対抗する政治勢力が立案・企画したものだからとにかく反対しなくては・・とばかりに、地下の有害物質を発見して鬼の首を獲ったがごとく、プロジェクトを妨害しました。その影響もあってか、マスコミも豊洲市場については極めて冷淡です。

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しかし、新市場の良いところは良いところとして認め、それを世界に発信し、アジアの新しい大都市にも導入を促すことが、日本の行政の責任であり、マスコミの責任でもあります。東京の新しい市場が完成したからそれでいいや・・ということにはならないのです。

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アジアの国々の衛生問題は他人事ではありません。アジアから毎年一千万人以上の人々が、日本を訪れます。輸入品の検疫だけでは、疫病の防護壁としては全く不十分です。ここはおせっかいと言われても、アジアの大都市の市場の近代化、清潔化を応援するのが得策です。

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そして市場の問題は衛生管理だけではありません。市場を見れば、実に多くのことが分かります。大袈裟でなく、市場を見ればその街で暮らす人々の生活の全てが見通せると私は思います。

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だから読者諸兄の皆さまには、外国に行かれたら、その街の市場を訪問することをお勧めします。すると、そういうオヒョウはどうなのか?アジアではなくヨーロッパの事情はどうなのか?という質問が来そうです。

 

それについては、稿を改めてご紹介したいと思います。


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【 Papa & Mama’s Store 】 [アメリカ]

【 Papa & Mama’s Store

 

今は昔、平成の時代の話です。私が1990年代の初めに米国にいた頃の話です。私達一家が暮らしたのは、シカゴの北の郊外にある町Glenviewです。町といっても小さな自治体ですが、それなりに繁華街というか、目抜き通りがあります。そこには、大手のスーパーマーケットが3軒ありました。Jewel-Osco(スーパーのJewelと薬局のOscoの合弁)、Walgreen(世界最大の小売店チェーンのWalmartのグループ)、Dominic’sの3店で、食料品や日用品はその3店で全て揃います。しかし、それ以外にも小規模な小売店が何軒かありました。夫婦二人で切り盛りする家族経営の小規模なお店で、店内でお惣菜をつくったりパンを焼いたりする店でstoreというよりshopという感じの店です。

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米国では、その種の家族経営のお店を、親しみを込めてPapa & Mama’s Store と呼んでいました。大資本の大規模スーパーに対抗するのは大変で、小回りの利くサービスに努め、地域密着型というか、顔見知りのお客に支えられて、なんとか店を維持する訳です。

米国には、大企業に雇われるのを潔しとせず、小規模といえども、事業主としてお店を経営する人を、それなりに尊敬します。だから小規模小売店も生き残っていけた訳です。

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もし、大規模小売店の安価で合理的なシステムと、Papa & Mama’s Store の地域密着型のサービスの良いところ取りをした、新しいビジネスモデルを作成し、店舗展開できれば、成功するのではないか? 世界初のフランチャイズ型のコンビニエンスストア、セブンイレブンを始めた人は、そんなことを考えたのではないでしょうか?

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そのセブンイレブンをアメリカで見た鈴木敏文氏は、それを日本に導入し、いろいろなノウハウを追加して、日本独自のコンビニエンスストアのシステムを作り上げ、大成功させたのだと思います。本家本元の米国のセブンイレブンが傾くと、逆に日本が応援しています。

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実に多くのものが、米国から導入され、それが日本で改良され、そして米国に里帰りしています。私の出身分野の鉄鋼業の技術もそうですし、QCと呼ばれる品質管理の手法や小集団活動もそうです。そしてコンビニエンスストアのノウハウもその一つです。

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日本でコンビニが普及し成功したのには、幾つも理由があります。その一つは時流に乗ったということです。昭和時代の末、日本でも米国同様、大規模小売店(全国展開するスーパーマーケット)が小売業の世界を席巻し、旧態然とした小規模な小売店は変革を迫られていましたが、資金もなければノウハウもありませんでした。そこにセブンイレブンがフランチャイズシステムを紹介すれば、渡りに船というものです。セブンイレブン側は、酒類の販売免許と駐車場があり通りに面した場所を手に入れることができ、小売店側は少ないお金で店舗を改造し、経営の安定を図れたのでWin-Winの関係ができたのです。

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しかし事態は変化します。コンビニの増加とともに、サービスの質も変化します。また新しいオーナー達が登場します。

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昭和の末期、高度成長が終わった後、民間企業のサラリーマンは一種の閉塞感を感じるようになります。脱サラという言葉が生まれ、勤め人を辞めたい衝動に駆られますが、簡単ではありません。脱サラをして飲食店などを開業しても順調にいくとは限りません。街には「泳げたい焼き君」の歌が流れ、TVでは木下恵介の「二人の世界」が高視聴率を上げていた時代です。

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そこにコンビニエンスストアの本部が、フランチャイズを募集すれば、脱サラ希望者には魅力的に映ったはずです。資金の多くは本部が貸与してくれ、ノウハウも提供する。そして店のオーナー様として祭り上げられ、一国一城の主になれる訳です。

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流通業界で平成の時代に大成功したビジネスモデルを2つ挙げろと言われたら、私は、製造コストが低い中国で生産する一方、日本の厳しい品質管理基準を適用し、そしてブランドイメージの構築に成功したユニクロ(ファーストリテイリング)のビジネスモデルと、フランチャイズ制を導入して、大規模小売店と小規模小売店の長所を融合したコンビニエンスストアのビジネスモデルを挙げます。

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しかし、いい時代は長く続きません。ライバル会社が現れ競争は激化し、そしてコンビニの店舗数は、地域によっては飽和しました。それでも店舗は増え続けます。大資本の論理では、ライバルとの競争でマーケットシェアをいかに奪い、ヘゲモニーを獲得するかが重要です。とにかく店舗数を増やしてライバルに負けないようにすること。そして差別化するには、価格以外でサービスの質を高めること・・・例えば24時間操業の導入です。

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あれっ? セブンイレブンというのは、午前7時から午後11時までの営業という意味ではないのか?と思いますが、いつの間にか24時間開店が当たり前になりました。

昭和の終わり、ステージの三波春夫は感極まって、「お客様は神様です」と口走りましたが、顧客満足度を追求する小売業界では、これはスローガンとしてピッタリでした。お客様の利便性を考えるなら、当然24時間でなければなりません 。時任三郎が「24時間戦えますか?」という声の中でリゲインを飲むCMが流れたのはその後です。

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しかし、それらのサービス強化のしわ寄せは全てオーナー側の負担となりました。店舗数の拡大方針と、現場のサービス強化・・・・本部の無茶な作戦で、いたずらに戦線を拡大し、兵をガダルカナルに送り込んだのはいいが、補給がままならず、最前線の兵士が苦しんだ太平洋戦争のようです。コンビニオーナーの過労死や自殺は、南方戦線で亡くなった日本軍兵士に通じます。

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小売業の最前線では、若年労働力の不足が深刻化し、人手不足がコンビニを襲います。学生アルバイトだけでは対応できません。外国人実習生、専業主婦、リタイヤしたサラリーマンなどを動員して何とか凌ぐことになります。

しかし平成の中頃、景気はさらに悪化し、就職氷河期となります。企業に正社員として就職できなかった若者達は、派遣の非正規社員になるか、腰掛のつもりでコンビニの店員となりました。これが禍根となります。

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昭和の時代、大企業だろうと小企業だろうと、就職すれば終身雇用の保証のもと、勤労者は技術やノウハウを身に着け、自分自身が成長し、生産性が上がり、地位も待遇も上がっていきました。その後、定年退職したあとも穏やかな老後を過ごせたのです。

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しかし、平成時代の非正規雇用の人々、とりわけコンビニの店員はそうではありません。マニュアル通りに仕事することを求められますが、忠実にそれに従ったところで、技術が身に付く訳ではありません。給料が上がる訳でもなく、オーナーになれる訳でもなく、本部に行って昇進する訳でもありません。やがて40代を迎え、自分の子供と同年齢の店員と同じレベルの仕事をし、同じ給料を貰い続ける訳です。彼らの老後の生活を誰が負担するのか?

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この事実に暗澹とする人は多いはずです。コンビニだけの問題ではありませんが、日本経済が抱える時限爆弾の一つはコンビニエンスストアのカウンターの向こう側で時を刻んでいます。

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ではどうするべきか? 私は原点に帰って考えるべきだと思います。原点とはアメリカの片田舎にあったセブンイレブンです。顔見知りのお客と世間話をしながら、子供にキャンデーやソーダ水をサービスし、営業は午前7時から午後11時までのPapa & Mama’s Store です。行き過ぎた日本式が常に正しいとは思えません。日本のコンビニも午後11時までで十分です。

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もっとも、外国を参考にしろ・・と言っても、韓国のコンビニは参考になりません。韓国は絶望的な就職難で、名門大学を出てもコンビニの店員にしかなれないといった話が聞こえてきます。そこで大衆におもねる文政権は、最低賃金を一挙に50%も引き上げましたが、今度はコンビニの人件費倒産が相次ぎます。潰れなくても店員数を絞り込み、店員とオーナーの労働強化は過酷を極めます。一方で失業者はますます増える・・という有様です。

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シカゴ郊外の小さな町、Glenviewの小さな繁華街キャリロンスクエアにあった小さなお店の店主に日本や韓国のコンビニ地獄の話をしたら、何と言うでしょうか? 

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世の中は常に進歩しているけれど、もし平成の時代に間違った方向に進んだことがあるなら、それは昭和の時代に立ち帰って考えるべきです。そして見直しは急ぐべきです。

ぐずぐずしていると昭和を記憶している人はどんどんリタイヤして、いなくなってしまいますからね。


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