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【 市場(いちば)を見よ 】 [雑学]

【 市場(いちば)を見よ 】

 

最近、アジア諸国の都市がどんどん近代的になっています。上海の浦東地区、ドバイ、シンガポールなどだけでなく、中央アジアの各都市にも超高層ビルや奇抜な形のオブジェのようなオフィスビルが並んでいます。

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超高層ビルが林立することが、その都会が近代的で先進的である証拠だと信じる人々は、その風景に満足します。高層ビルを建築するだけの資本が集まっているのですから、それは確かに結構なことなのですが・・・。でもそこに暮らす人にはどうなのか?

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近代的で奇抜な建築を並べることが、必ずしも都市の活力や住民の幸福に直結しない・・という反省は20世紀の中頃からあります。その例として挙がるのはブラジルの人工都市ブラジリアです。近代的で整った都市ですが、人々は暮らしにくいそうです。

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では、都市の快適さや先進性、もっと言えば都市の価値をどこで測ればよいのか?私に言わせれば、衣食住や情報、医療、とりわけ食が問題です。潤沢で質の高い食糧が適切に供給できるシステムが完備しているかが問題です。

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世界中で進行する急激な都市化や人口増大に食糧供給が追い付くのか?という疑問は、素朴に湧いてきます。

食糧といっても、長期保存や遠距離輸送が可能な穀物や食肉などは大きな問題になりません。都市生活者の食卓に不可欠な野菜類、果物、乳製品を生産・供給する、都市近郊型農業が問題となります。

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例えば、急速に都市の拡大が進む中国華東地区(上海都市圏)などは、人口増大に加え、生活水準の向上によって、食生活も欧米化、高たんぱく化、高カロリー化が進んでいます。ではその供給体制はどうなのか? 直近の資料が無いので、あくまで憶測ですが、量の問題としては、上海都市圏での食糧供給に不安は無いようです。

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アジアでも有数の肥沃な穀倉地帯である長江デルタを背後に控える上海都市圏では食糧供給量に問題はありません。それに加え、利に聡い中国の農民は機敏に高収益の作物に転換します。つまり、稲作や麦作より養豚、養鶏、魚の養殖あるいは野菜や果樹、花卉栽培の方が儲かると分かれば、自然に作物を転換します。特に小規模経営の場合、都市近郊型農業の方が穀物栽培より儲かるのは洋の東西を問わず事実です。そして、短期間に飛躍的に伸びた高速道路(高速公路)のトラック輸送や鉄道輸送が、遠隔地からの供給を可能にしています。

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しかし、それらを集め、分配する市場は遅れています。上海には2000万人以上の人口、つまり2000万個以上の胃袋がある訳ですが、その食糧を一か所に集めて市内に分配する中央市場に相当する機関がありません(済みません、私がいた10年以上前の知識ですから、今もそうなのかは分かりませんが)。

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ではどういう仕組みなのか?と言えば、小規模な市場が、住宅街のそこここにあり、近郊の農家から集まった食糧が、その地域の人たちに分配される仕組みです。地産地消を実践している訳ですが、小規模な市場が乱立することには、多くの問題があります。

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例えば衛生管理です。中国の小規模な生鮮食品の市場には衛生上の問題が多くあります。中国には生鮮食品は新鮮な方が良いという大原則があります。しばしば動物は生きたまま市場に運ばれ、そこで屠殺されます。鶏などは生きたまま籠に入れられて売買されます。鶏が羽ばたけば、埃が舞います。生きた動物はそのもの自体が汚染源です。その環境下で、21世紀の初めにSARSと呼ばれる新型肺炎(重症急性呼吸器症候群)が流行しました。発端は、広東の市場で売られていたハクビシンが感染源だったようですが、中国当局は明らかにしません。その後、トリインフルエンザも流行しました。感染は農場で始まったのでしょうが、それがパンデミックになったのは、市場で食い止めることができなかったからです。責任の一部は生鮮食品市場にあります。今、日本では豚コレラの流行が大問題になっていますが、これは多分中国から持ち込まれた豚肉が感染源でしょう。だって中国では日常的に豚コレラが発生していますから。

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中国政府は、SARSの時と同様、自国の病原体が原因とは認めないでしょうが、中国が衛生管理の面で遅れているのは事実です。繰り返しになりますが、家畜の伝染病を防ぐには、畜産農家の現場での防疫処理が大前提となりますが、遠距離への拡散を防ぐには、流通過程、特に市場での衛生管理が徹底的に重要になります。

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近代的な市場では、短時間に多くの競りを行い、集荷と出荷が能率よく行われることが重要ですが、併せて衛生管理が必須条件となります。今、東京の豊洲市場には海外からの観光客が多く訪れますが、彼らは見学通路から競りを眺め、その手際の良さと衛生的な環境に感心するそうです。逆に考えれば、外国の市場はそれだけ遅れているということでしょう。

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築地に魚市場があった頃は、無神経な観光客が競りの現場に踏み込み、指でマグロに触ったりして問題になったそうですが、これも自分達の国の市場はそれほど衛生的ではない・・ということでしょう。

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令和の時代、日本から外国に輸出するものは、これまでの工業製品から、目に見えないソフトに移行していくと私は考えます。その中の一つに、大都市で生鮮食品を扱う市場のシステムもあると私は考えます。とりわけ人口増大とスプロールが進む、アジアの大都市圏で、このノウハウは重要です。

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東京の魚市場の築地から豊洲への移転は、システムの近代化を実現するいい機会でしたが、政争の具にされてしまいました。その価値を議論する以前に、対抗する政治勢力が立案・企画したものだからとにかく反対しなくては・・とばかりに、地下の有害物質を発見して鬼の首を獲ったがごとく、プロジェクトを妨害しました。その影響もあってか、マスコミも豊洲市場については極めて冷淡です。

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しかし、新市場の良いところは良いところとして認め、それを世界に発信し、アジアの新しい大都市にも導入を促すことが、日本の行政の責任であり、マスコミの責任でもあります。東京の新しい市場が完成したからそれでいいや・・ということにはならないのです。

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アジアの国々の衛生問題は他人事ではありません。アジアから毎年一千万人以上の人々が、日本を訪れます。輸入品の検疫だけでは、疫病の防護壁としては全く不十分です。ここはおせっかいと言われても、アジアの大都市の市場の近代化、清潔化を応援するのが得策です。

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そして市場の問題は衛生管理だけではありません。市場を見れば、実に多くのことが分かります。大袈裟でなく、市場を見ればその街で暮らす人々の生活の全てが見通せると私は思います。

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だから読者諸兄の皆さまには、外国に行かれたら、その街の市場を訪問することをお勧めします。すると、そういうオヒョウはどうなのか?アジアではなくヨーロッパの事情はどうなのか?という質問が来そうです。

 

それについては、稿を改めてご紹介したいと思います。


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【 ヴの無い世界 】 [雑学]

【 ヴの無い世界 】

 

いささか旧聞ですが、外国の国名表記から「ヴ」の字がなくなったそうです。

何でも外務省が法案を提出して国会で決めたとのことですが、外国の名前の呼び方が法律で決まっていたとは、寡聞にして知りませんでした・

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しかし、その決め方というのが、よく理解できません。普通、法律というのは、お上(おかみ)が最初に決定して、国民に知らしめ、国民がそれに従う・・・という仕組みになっています。

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しかし、今回は巷間で使われる庶民の言葉の頻度を調べ、もう使われないから・・ということで、法律がそれを追認するというものです。一体何のための法律か?と思います。それ以前に行政の主体性の無さというか、国民への迎合は何だ?とさえ思います。

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マスコミにはその法案作成に尽力した若い課長補佐が登場します。

https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/15156.html

彼は目の前に膨大な書籍を置き、それらを読んで、誰も知らないような小国の名前がどのように表記されるかを解析したとのことです。全く分かりません。

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今は、パブリッシュされる文章が、純粋に活字にとどまることはあまりなく、多くはデジタル化されます。それなら手作業で調べなくても、外国の天才達が開発した検索エンジンを使えば、一瞬で検索できます。彼が手作業で何カ月もかける作業がほんの一瞬の作業になります。彼は一体何のためにそんな労力をかけたのか?

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それにしても暇な役所です。「セントクリストファー・ネーヴィス」が、「セントクリストファー・ネービス」になったところで、何の意味があるのか?そんなことに時間を費やすくらいなら、もっと他にすることはないのかい?

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外務・防衛・警察・公安といった治安に関わる役所が暇を持て余すというなら、これは大変結構なことですが、実は今、外務省は問題山積で多忙を極めている筈です。

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北朝鮮問題、それに輪をかけて頭痛の種である韓国問題、日本にすり寄り始めた中国との関係、四島を返さないロシアの問題、通商問題で無理難題をふっかける米国、EUを離れる英国の問題、外国人労働者の受け入れの問題、数は多いが質が伴わない留学生や研修生の問題・・・。戦後かって無かったほど、外務省は多くの問題を抱えています。そもそもソウルの日本大使館の新築工事の案件も宙ぶらりんです。

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来年の東京オリンピックも一大イベントですが、それより目前に迫った即位の礼こそ、日本最大の慶事で、各国からVIPが集まります。その出迎え、応接、警備その他で、外務省はてんてこ舞いだそうです。外務省始まって以来だそうですが、他の省庁から応援部隊を受け入れ、急場をしのぐことになっています。

それなのに、ひたすら書物を調べ、ヴの文字を探す・・というのは、有為な若い課長補佐のやることか?

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話題を変えましょう。

かつて明治から昭和の時代、日本語の仮名では表現しにくい発音をなんとか表記するために、人々は苦労しました。ウィスキーだって、昔は無理やりウヰスキーと書いたりしました。VBの違いにこだわる人は、Vの発音にはヴを用いたのです。

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とりわけイデオロギーにこだわる人達には、ヴは大切な文字でした。 ソ連はソビエトではなくソヴィエトでしたし、「東方」と言う意味を持つ宇宙船はボストークではなくヴォストークでした。ウォッカは確か・・ヴォトカだったような(あまり自信はありません)。

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しかし1991年にソ連が崩壊し、マルクスレーニン主義者は心の故郷を失いました。もうソヴィエトだろうがソビエトだろうがどうでもよくなったのです。そしてその後四半世紀以上を経て、ついに若い課長補佐の手によって、ヴは葬り去られるのです。合掌。

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しかし、国名以外の名詞で、ヴに愛着を持つ人はたくさん残っています。イデオロギー関係なしです。お金持ちは、ルイ・ヴィトンはやはりルイ・ヴィトンでなくちゃ・・と思うでしょうし、お金持ちでないオヒョウもやはりヴにこだわります。

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ポール・ヴェルレーヌの「秋の歌」を上田敏が翻訳し、「海潮音」に「落葉」として納めています。「秋の日のヰ“オロンのためいきの身にしみてひたぶるにうら悲し」。

一方、フランス文学の泰斗 堀口大學の訳では、「秋の日のヴィオロンの・・・」になり、

金子光晴の訳では、「秋のヴィオロンが・・」になり、窪田般弥の訳では「秋風のヴァイオリンの・・」になります。 誰一人として「ビオロン」や「バイオリン」と表記する人はいません。 実際のところ、「秋の日のビオロンの・・」では全く興ざめです。

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私は、国名は仕方ないとしても、文学の世界だけはヴを無くさないで欲しい・・と思います。

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再び話題を転じます。中央省庁では、若いキャリア官僚を他省庁に出向させて武者修行させることが多くあるそうです。つまらないセクショナリズムに陥らないよう、また他省庁の人と交流することで刺激を受けると同時に、視野を広げますし、人脈を作るうえでもいい機会です。前述の通り、外務省も他省庁から人を受け入れるそうです。

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さて、多くの書籍を調べて、ヴを抹殺する方案を作成した、くだんの課長補佐ですが、彼も孤独な作業から解放され、視野を広げるために他省庁に出向する機会があるかも知れません。それは結構なことですが、文科省だけは勘弁してください。言葉狩りや文字狩りをされては困ります。泉下の上田敏や堀口大學が「ひたぶるにうら悲しく」思う事でしょう。


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【 後悔などあろうはずもない? 】 [雑学]

【 後悔などあろうはずもない? 】

 

いささか旧聞ですが、平成時代を代表する野球選手であるイチローが引退しました。

もっとも、日本よりも米国での活躍が目立ったイチローとしては、日本の元号で時代を区切られることに違和感があるかも知れませんが・・。

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この偉大な選手について語りたいことは山ほどありますが、今回は彼の引退会見での一言にこだわります。

記者が「後悔はありますか?」と質問したのに対して、「後悔などあろうはずもない」と答えたのです。

https://www.asahi.com/articles/ASM3P7GBXM3PUTQP02M.html

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私が「あれっ?」と思ったのは、質疑応答の齟齬です。記者は「決断に後悔は?」と訊いています。「ここで引退すると決めたことについて後悔は無いのか?」という意味でしょう。一方、イチローは、これまでの野球人生全般について後悔はないか?と質問されたと解釈したようです。

だから「今日の球場の様子を見れば分かる通り、後悔などあろうはずもない」と答えたのでしょう。これは記者の質問の仕方が悪かったと言えます。

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ただ単に「後悔はありません」と言えばいいのに、「後悔などあろうはずもない」という、もってまわった大袈裟な表現を用いたのは、イチローのひとつの癖で、質問者(記者)を小馬鹿にする時に用いるパターンです。

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しかし、私が考えるのは「後悔は無い」というその発言です。

同じように、かつて「我事に於いて後悔せず」と記した人物がいます。あの宮本武蔵です。勝負師としての在り方、求道者としての生き方を考えると、何となくイチローに重なります。武蔵は、晩年に著した「独行道」でそう語っています。

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この一文については、多くの解釈がなされているようです。

https://view.cafe/monopoly/a-new-day/6480

勿論、自分はこれまでの人生で、一度も失敗や判断ミスをしなかったという浅薄な自慢話ではないでしょう。しかし、同じく武蔵が著した「五輪書」では、「我生涯に六十余度戦いて一度も負けず」と自慢話を書いていますから、やっぱり単なる自慢話かも知れません。

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これを「倨傲ではないか?」と、噛みついたのは、昭和の天才棋士の一人、升田幸三九段です。升田九段がまだ存命だったころ、NHKの歴史番組で、「宮本武蔵は本当は弱い人物だったのではないか?」と語っています。

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即ち、本当に強い人物だったら、武蔵は自分の人生を振り返り「いつ、どこどこで、辛き(からき)目に遭いけり」と、自分の失敗談や不名誉な記憶を正直に語ったはずだというのです。それができなかったのは、彼の弱さであり、強がりであろうと升田九段は語りました。 本物の勝負師だった升田九段だからこそ言える話です。

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実際の宮本武蔵の人生には、失敗と後悔が溢れています。関ケ原では負け組の西軍に付いた(真偽は不明)し、島原の乱では老骨を鞭打って参戦するも、負傷・気絶するという不名誉を体験しています。あまり出世もしていません。巌流島の決闘だって自慢できる勝ち方ではなかったという話もあります。それなのに、武蔵は、「生涯負けなし」と書き、「我、事に於いて後悔せず」と書きます。嘘つけ。

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だから、私は「後悔は無いです」という人の言葉を素直には信じません。

イチローの長い野球人生は、栄光に満ちていて、余人にはまねのできない素晴らしいものです。しかし、そこに失敗は何もなかったのか?後悔すべきことは何も無かったのか?と彼に尋ねたい思いにかられます。

イチローは本当は弱い人物だったのではないか?

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むしろ、「自分は、過去の事にくよくよしたり振り返ったりせず、常にこれからの未来を考える前向きな人間なので、だから後悔はしない」と答えた方が、よっぽどイチローらしく返答として適切だったのではないか・・と私は思います。

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言うまでもないことですが、引退会見は、それまでの野球人生に幕を下ろす宣言であると同時に、新しい人生を始める宣言でもあるからです。

これからのイチローの長い第二の人生で、彼が何をしようとしているのか、まだ発表はないのです。 ひょっとして「野球五輪の書」でも書くのかな?

 

東京オリンピックで野球も復活することだし。


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【 24時間働けますか? その2 】 [雑学]

【 24時間働けますか? その2 】

 

ではブルーカラーの生産性はどうなのか?と考えると、こちらはむしろ日本以下でしょう。トヨタの生産方式などと比べると、ドイツの工場は遅れていますし、働いている人は外国からの出稼ぎだったり移民だったりするので、なかなか生産性はあがりません。

(もっとも、これは自動車の組み立てラインの話ですが)。

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余談ですが、現場の生産ラインの効率はまだまだ改善の余地があると、ドイツ人は考えたのでしょう。近年インダストリー4.0という生産効率を上げるための方策を打ち出してきました。ITをとことん活用して、省力化や自動化を追求し最大効率を目指すことになります。

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そのドイツで慌てたことがあります。週末をデュッセルドルフのホテルに留まって過ごした時です。ご存知の方も多いでしょうが、日曜日はありとあらゆる店が閉店してしまい、食べ物にあり付けなくなります。私は空腹を抱えて月曜日の朝を待つ羽目になりました。 これは勿論、店員を日曜日に休ませるためです。

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「日本のサービス業で日曜日が休みなんて考えられない!みんな教会にでも行くのかな?」と思いますが、必ずしも協会に行く人ばかりではないようです。郊外の家庭菜園で土をいじる人もいれば、趣味やスポーツに興じる人もいます。自分の時間は自分の為に使うのです。

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「しかし、日曜日に全ての商店がお休みなんて・・・。皆がキリスト教徒という訳ではないはずだ。安息日が異なるユダヤ教徒やイスラム教徒はどうなのだ?」と考えても仕方ありません。近くにはユダヤ教徒の街もイスラム教徒の街も見当たりませんでした。

( 日本ならコンビニがあるのに・・ )

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ドイツ人が見れば、1365日、24時間開いている日本のスーパーやコンビニ、ファーストフード店は、驚異でしょう。「まるで高炉のある製鉄所みたいだ!」

( さすがのドイツでも、高炉は36524時間稼働しています )。

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日本ではそこまで顧客の利便性に配慮しなければ、商売はなりたたないのか? 「お客様は神様です」というけれど、サービスする側の人はそこまで卑屈にならなければならないのか? 店員の方の人権はどうなるのか? とドイツ人は思うはずです。

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その日本でも、24時間営業を強いる本部に対して、一部のコンビニ店が、反旗を翻し始めました。もはや消費者は王様ではなく、消費者の利便性が最優先される時代ではなくなるのです。今回の反乱は単に人手不足に対応できないからですが、その先には長時間労働の是正や人間らしい働き方の追求があります。20年前から叫ばれていた、サービス業に従事する人に、人間的な生活を保障する勤務体系が実現しつつあるのです。もっとも実態は下記の記事のように前途多難ですが。

https://citrus-net.jp/article/78949

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我々はドイツを範とし、ドイツのスタイルに近づこうとしているのか? それもいい事だと思います。サービスをする側や店員の側に立ってルールを作ることには大賛成です。

でも、それだけではだめです。片手落ちです。

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ドイツをまねるなら、お店の営業時間だけでなく、限られた時間内のホワイトカラーの生産性を上げる必要があります。ドイツ人の働き方は、短時間に集中して、成果をあげるスタイルです。日本の一部のオフィスのように、くつろいだ雰囲気はありません。冗長で非効率な会議もありません。

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今ならさしずめOAを駆使したデスクワークが求められます。グループウェアをベースにして、紙の書類は追放されます。 全員が一同に揃う会議も不要です。必要ならインターネットのTV会議で十分です。ドイツのインダストリー4.0の日本版です。

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商店ならキャッシュレス化は常識となります。AIを駆使し、顔認証や籠の中の商品を瞬時に数えて計算する仕組みも必要となります。 商品を棚に並べるのはロボットです。 そうしなければ、勤務時間の短縮も難しいでしょうし、「働き方改革」は実現しません。

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かつて、日本では長く続いた低成長期の間、経営者側は「賃上げは生産性向上の範囲内」と言われてきました。しかし実際には生産性の伸びは低く、賃上げ率も低かったのですが。

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今度こそ、生産性を極限まで上げて、時短を勝ち取り、夜間と休日は誰もが休める仕事を目指すべきです。もっと発達した自動販売機とキャッシュレスのレジが並び、顔認証で会計が済む時代になれは、生産性はあがり、人間はもっと人間らしい仕事ができます。労働時間も短くできます。

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あれ?でも、無人化したりロボットを活用するお店なら、何も夜間に閉店する必要はありません。むしろ24時間操業のお店が増えてくるかもしれません。必ずしもドイツと同じようにはいきません。

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すると結局、無人化・ロボット化した24時間商店に対抗すべく、零細な有人型の商店も長時間操業を強いられることになります。ではその店舗の経営者と店員には、どうやって補償すればよいのか? 過渡期の問題ではありますが、これは課題です。

 

さしずめ、健康ドリンクのリゲインでも配りますか?

(30年前のCMですが)


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【 24時間働けますか? その1 】 [雑学]

【 24時間働けますか? その1 】

 

昔話で恐縮です。20年ほど前、ロンドンにいた頃です。まだEUは通貨統合をせず、各国が自国通貨を持ち、自国の経済政策を行っていました。出張でドイツのデュイスブルグにあるティッセン社の本社を訪れ、ミュッシェンボーン博士と打ち合わせをした時です。午後に到着し、世間話から始めようとすると、少しソワソワした様子で、「本題を話そう。5時までに打ち合わせを終わらせる必要があるのだ」と言います。

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そこで会話の内容を極めてビジネスライクなものにして、5時前に切り上げました。では「この続きはデュッセルドルフの日本料理店で・・」と言って別れ、夜の会食を待ちました。

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現れた彼は「先ほどは失礼した。我々に残業は許されないのだ。定時に仕事を切り上げないと罰を受けるのだ。だから会議も短時間で終え、仕事の密度を上げなければいけない」と話し始めました。 定時以降も会社に残っていると罰を受けるとは、どういうことか?

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それだけでなく、与えられた有給休暇も確実に消化しなくてはならないのだそうです。

そして55歳になると早期退職が始まります。同社の場合、退職すると一生、現役時代の収入の80%の年金が保証されるということ。

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理工系の人々の高学歴化が進んだドイツでは、多くの学生が大学院まで進み、博士号を取る人も多くいます。そうなると、25歳~30歳の間に就職し、そして退職は55歳となると、会社員で働いている期間は30年程度しかありません。それで一生暮らせるのかな?

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日本企業に勤める私からみると夢のような話です。でもどうしてそこまで労働時間を減らせるのか?或いは減らさなくてはならないのか?理由はドイツの高い失業率にありました。

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ドイツは第一次世界大戦後の天文学的なインフレを経験しています。その悲惨な経験からどうしても経済政策をデフレの方向に舵取りします。その結果ドイツマルクはひたすら強くなりますが、失業率も高くなります。 サラリーマンの場合、リストラする際、経験年数の短い人から馘首されます。年配の人は既得権を守り、若い人はわりをくいます。ドイツでは慢性的に若い人の失業率が高かったのです。それに加え、東ドイツを統合吸収した後だったので、多くの人が東ドイツから職を求めて豊かなウェストファーレン州に来ていたのです。失業率が高いといっても、ドイツ人は汚れ仕事は嫌がります。高学歴の若いドイツ人はホワイトカラーを希望し、就職は狭き門になります。3Kの仕事はトルコや旧東ヨーロッパからの出稼ぎ労働者が受け持つのです。

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ドイツ人の技術者の多くが大学院に行き、博士号を持つのも、実は就職難が背景にあります。「だから、職にありついた人は長時間働いて仕事を独り占めせず、皆に機会を与えなければならないのだ」というのが彼の説明です。当時、ワークシェアリングという言葉があったか忘れましたが、つまりそういうことです。

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日本人の私には分からないことです。

ロンドンに帰ると、先輩のMさんがフィナンシャルタイム紙を読んでいます。「面白いねぇ。ドイツでは年間労働時間が1500時間以下なのに、英国は1600時間以上ある。だからドイツ並みに労働時間を年間1500時間以下にすべきだという論調だよ」横から、Kさんが「日本なんて年間1800時間以上も働いているぜ。英国どころじゃない。もっと時短しなきゃ軽蔑されるぜ」

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当時、日本はもっとゆとりを持つべきだ・・という風潮で、職場で「時短」が叫ばれ、学校教育は「ゆとり教育」が標榜されました。

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私は、「でも香港じゃ年間の労働時間が2000時間以上ですぜ。日本どころじゃないやな」Kさんはちょっとムッとして「香港を参考にしてどうなる。我々は西欧のゆとりを見習うべきだろう」

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ちょうど、香港が中国に返還される少し前でした。経済が低迷する英国本土に比べ、香港には活気があり、英国内で就職できなかった英国人が敢えて、香港に行って就職したりしていました。

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「労働時間が長すぎるのも困りものだけれど、やはり活気があった方がいいなぁ。労働時間を短くすると、国際競争に勝てなくて、経済は伸び悩むのでは?」と私は思いました。

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それにしても、あれだけ労働時間が短く、言い換えれば、遊んでいるドイツ人が、あれだけ豊かなのはなぜかな?・・・・ あくせくしている日本人が貧しいのはなぜかな?

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答は明らかです。多くのドイツ人のホワイトカラーは、勤務中は仕事に集中します。だらだらした時間潰しのような会議はしませんし、執務中は雑談もしません。そして定刻までに仕事を終えます。その効率の良さというか生産性の高さには感心します。

そして工業製品には高いブランド力があります。例えば自動車ですが、ベンツ、BMW、ポルシェ、アウディ、オペル・・多くは高級車です。同じ4つのタイヤを履いたセダンでも、韓国車の3倍の値段で売れます。つまり、同じ工数を掛けて1台の自動車を作っても、売り上げは韓国の3倍なのです。或いは同じフォルクスワーゲンを製造しても、ドイツ製と他国製では価格が違います。ドイツ製は高く売れるのです。つまり人気があるからですが、それなら豊かになるはずです。

 

以下 次号


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【 意趣返し その3 】 [雑学]

【 意趣返し その3 】

 

韓国は、日本への嫌がらせのために、慰安婦の少女像を世界中にばらまいています。北朝鮮は昔から金日成や金正日の巨大な銅像で知られる銅像大国ですが、韓国もまた銅像が好きなようです。日本の在外公館の前に置くのは、大使館や領事館を侮辱してはいけないというウィーン条約に明らかに違反していますが、韓国人にとっては国際条約より、自分たちの感情が優先します。もっと言えば、怒りと恨みに基づく行動が最優先となります。

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警察当局は「民間が置いた設備を公権力は動かせない」などと、これ以上の詭弁はないくらいの詭弁を弄して、撤去をサボタージュします。

それなら、私たちもやりましょう。

「どうぞ、日本国内にも少女像をたくさん建てて下さい」とお願いしましょう。東京にある韓国大使館の前にも少女像を建ててもらうのです。アメリカなど、他の国の公的施設の前にも建ててもらいましょう。

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そして、その横に今度は日本人が銅像を建てるのです。

ニンマリと笑ってお札の数を数える父親の像です。 父親の姿は(白丁)パクチョンが着る韓国の民族衣装に帽子です。そしてその父親の横に長煙管で煙草を吸ってずるがしこく笑う、同じく韓国衣装の女衒の銅像も建てるのです。

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もし韓国人が抗議してきたら、こう言ってやりましょう。「私有物なので、我々公権力は撤去できないのですよ。それにこれはウィーン条約にも違反していませんしね。それより早く、財団に拠出した10億円を返してくださいよ。韓国の少女像を撤去しないのならね」                                


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【 意趣返し その2 】 [雑学]

【 意趣返し その2 】

 

次はモノです。

日本から輸出を制限して、韓国経済に大打撃を与えることができる物質は実にたくさんあります。最初はフッ酸です。フッ酸は半導体の製造に欠かせません。私の専門分野で言えば、ステンレスやチタンの製造にも欠かせない重要戦略物資です。しかし一方で、フッ酸はガラスをも溶かす特殊な酸でしかも猛毒です。タンクローリーから少し漏れただけで、運転手が死亡するといった悲惨な事故が時々発生します。

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そして、そのフッ酸の供給を韓国はほとんど日本に頼っています。日本が供給をストップするだけで、韓国経済を支えるサムスンの半導体は生産できなくなります。

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しかし、その作戦がうまくいく保証はありません。フッ酸は蛍石から製造しますが、その蛍石は中国で取れます。日本もまたフッ酸を中国に頼っているのです。だから日本からの供給を絶たれた場合、韓国は中国からの輸入に切り替えるでしょう。

猛毒の危険物質であるフッ酸の場合、流通経路を変えるだけでも大変ですが、中国からの輸入に切り替えるのは単に時間だけの問題です。

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それ以外にも、半導体製造に用いる露光装置、材料となるシリコンウェハー、研磨装置や切断に用いる糸鋸などを韓国は日本に頼っており、その供給を絶たれると、DRAMの製造ができなくなり、サムスンの経営は悪化し、もっぱら財閥の稼ぎに頼っている韓国経済は破綻します。しかしその場合、日本の産業も相当の返り血を浴びます。

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次に韓国への輸出禁止で効果があるのは軽油です。不思議なことに、日本は韓国からガソリンを輸入し、一方で軽油を輸出しています(どちらも少量ですが)。これは韓国の製油所の事情によるものだそうですが、日本から軽油の輸出をストップすれば、韓国はその分を他国から輸入せざるを得ませんが、すぐには無理でしょう。スポットのかなり高い軽油を買わざるを得ません。そうなると、冷え込みつつある韓国の景気をさらに冷やします。

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しかし原油や石油製品の禁輸は最後の手段です。かなり追い詰められた時の手段です。みだりに使うべきではありません。実際、米国からの石油輸出がストップしたため、やむを得ず、南方の油田を求め、太平洋で戦争を始めた国が過去にあります。

そして、韓国の産業を支える戦略物資を抑えた場合、日本経済への跳ね返りも大きいのです。さらに言えば、輸出制限という作戦は韓国の人々の日本への恨みをますます増大させることになり慎重にならざるを得ません。

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私がロンドンにいた1990年代、英国がアイルランドに謝罪するということがありました。一体何のことかと言えば、150年も前、アイルランドで大飢饉が発生した時に英国が助けなかったことを謝ったのです。 アイルランド人の主食であるジャガイモのエキ病が大流行して収穫できなくなり、多くの餓死者がでました。飢えを逃れて新大陸(つまりアメリカ)に移住した人も多いのですが、残った人は飢餓に苦しました。その時、隣国の英国は冷淡で食糧援助に消極的でした。それが今でも遺恨となって、両国の関係をギクシャクとしたものにしています。物資の供給停止は長期にわたる恨みの元になります。

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日本が戦略物資の供給をストップしても、それで韓国が自国の非を認めたり、天皇陛下への謝罪要求が非礼で行き過ぎだったと反省する訳はなく、逆に日本憎しの思いが募るばかりです。小人(しょうじん)とは自らを省みず、ひたすら逆恨みする存在なのです。モノの制限は難しいかも知れません。

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では、その次に考えるのは、カネです。

誰もが考えるのは、「もう二度と韓国との通貨スワップはしないぞ!」ということです。

ご承知の通り、韓国の外貨準備高は多くありません。 昨年夏の時点で日本の1/3程度ですが、実はその多くがすぐに現金化できない有価証券なので、対外債務の支払いなどには使えません。一方で対外債務は巨額です。もし支払いが滞れば、通貨ウォンは信用を無くして下落し、加工貿易のもとになる原材料や部品が買えなくなり、経済は破綻します。

日本では輸出産業を守るために、意図的に円安に誘導したりしますが、韓国では自国通貨が信用を無くし、ウォンが暴落することこそが悪夢なのです。

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日本は、外貨の乏しい韓国とスラップ協定を結んで何度か韓国を助けてきましたが、韓国はそれに恩義を感じていません。スワップ協定は相互的なもので、我々が日本を助けた場合もある・・などと荒唐無稽なことをのたまい、挙句に、日本が頼み込んできたからスワップをしてやった・・などと言ったりします。

ここはスワップの申し込みがあっても拒否し、誰が誰を助けてやっているのかを明確にすべきでしょう。

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失礼ながら、文政権にまともな経済政策を考える人はいないのかも知れません。もしいれば、後先無しに最低賃金の猛烈な引き上げをしたり、愚かな財閥潰しの政策を出したりしないでしょうから。やがて韓国で再び信用危機が起こり、債務不履行となる可能性があります。

その時、スワップ協定の重要性を知り、日本に甘えてくる可能性が大です。

このスワップ協定拒否の制裁はその時まで取っておくべきです。

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それ以外にも、ワールドカップ日韓共催の時に、日本から貸したお金の返済を求めるとか、いろいろ督促すべきお金はあります。しかし韓国は返済する気は無いでしょう。慰安婦財団のために日本が拠出した10億円以外は・・・。

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ではどうすべきか? ヒト・モノ・カネの制限は確かに有効ですが、かえって韓国の恨みを買ったり、日本側にも負担がでるなど、副作用も大きいのです。

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そこで私が考えるのは韓国の作戦を逆手に取ることです。

以下、次号


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【 意趣返し その1 】 [雑学]

【 意趣返し その1 】

 

韓国の反日活動が止まりません。2国間で揉め事があった場合、普通は政府当局が、過激に走らないようブレーキをかけたり、火消しに走るものですが、韓国政府は、反日活動を鎮めるどころか煽る一方です。徴用工問題にしてもいわゆる慰安婦問題にしても、大統領自身が確信犯として扇動している状況ではとてもブレーキはかかりません。

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相手国(つまり日本)は冷静に見過ごすのが大人の対応と言えますが、個々の民間企業の資産が差し押さえを受ける事態となっては静観できません。日本から外圧をかけて反日活動にブレーキをかける必要がありますが、あまり気持ちのいい仕事ではありません。

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やられたらやり返す仕返し、或いは報復という概念は、しばしば幼稚な対応とされ、紳士たるべき先進国の外交ではありません。しかしここまで来ると、もはややむをえません。

では韓国に対してどういう制裁を行うべきか?

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仕返しの手段を考える時、人々はしばしば暗い情念にかられます。制裁や復讐の手段を考えるとき、密かに喜びを覚える時すらあります。私は喜びを感じることはありませんが、韓国政府に対してどういう制裁が可能で適当かを考える意味はありそうです。

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国と国の境を無くし仲良くなる場合、ヒト、モノ、カネの移動を自由化し垣根を無くすのが普通です。ヨーロッパでEUが存在感を強めた1990年代、マーストリヒト条約やシェンゲン協定を通じて、EU域内のヒト、モノ、カネの移動を自由化していきました。逆に、今脱退する英国はその垣根を再び構築するその手続きに悩んでいます。日本と韓国も関係が冷却化し、日本から制裁を加えるとなると、ヒト、モノ、カネの往来に制限をかけることになります。

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日本のマスコミも政治家も、ヒト、モノ、カネのそれぞれで規制をかけることを考えています。

まず、ヒトの往来について考えてみます。

政府が考えるのは、マルチビザや短期滞在型ビザの発給の厳格化・制限です。あるいは日本からの渡航自粛です。これはすぐに実行でき効果てきめんです。

しかし、問題も多くあります。韓国人の多くは、必ずしも反日ではありません。反日なのは、韓国政府と一部の過激思想の持主だけで、彼らが蛇蝎の如く日本を嫌い憎んでいるだけです。敢えて日本に来ようという人は必ずしも反日ではなく、彼らを苦しめてどうするのか?ということになります。人の往来に制限をかけることは必ずしも得策ではありません。

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もうひとつの対策は日本で不法就労する韓国人の炙り出しと強制送還です。これは現在の法律を厳格に適用するだけで実行できます。

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紳士淑女の読者諸兄はご存知ないでしょうが、日本の風俗産業(つまり売春業界)で働く女性の相当数は韓国人です。これには理由があります。以前韓国で売春が徹底的に取り締まられた際、多くの春をひさぐ女性達は海外に逃れました。一部は米国に行き、一部は日本に来ました。米国の西海岸では、当局が定期的に売春婦狩りをしますが、捕まる女性の多くは韓国人です。

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日本の場合は・・・どこにいるのか私は知りませんが、風俗産業にたずさわる韓国人を摘発すれば、相当数になるはずです。彼女達の行為は当然違法であり、ビザの種類によらず、強制送還の対象となります。 そして彼女達を摘発することは、いかに韓国人売春婦が多いかを世界に知らしめる効果があります。即ち、従軍慰安婦なるものの多くが、実は従軍売春婦だったのではないか?と気付かせる効果があります。

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アメリカなどには、今でも、アフリカの奴隷狩りのように、済州島で日本の官憲が両家の子女を一斉に拘束して無理やり慰安婦にしたと信じている人がいます。当時、韓国では売春婦がありふれた存在で、ふんだんに供給されたのなら、どうして堅気の少女を拘束して慰安婦にする必要があるのか?という疑問がわきます。従軍慰安婦は強制された存在ではなかったのではないか? と聡明な人々に気付いてもらえるかも知れないのです。

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しかし、これにも問題があります。

風俗産業で働く人にも人権があります。彼女達には韓国の家族に仕送りをしている人もいるでしょうし、皆必死に働いて生活しているのに、国と国の仲が悪くなったからといって、彼女達を追い返していいのか?と思います。違法行為とはいえ、彼女達が働いて日本で稼ぐということは、日本の社会に需要があり、役立っているということでもあります。そう考えると、これも上策とは言えません。

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次はモノの行き来をストップする作戦です。これについては次号で。


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【 窮理の船 (今回は私事です) 】 [雑学]

【 窮理の船  (今回は私事です) 】

 

申し遅れましたが、私は10月中旬から福井県の北部にある鋼管工場に勤務しております。62才になってなお、「うちで仕事をしないか」との声がかかったのがありがたく、東京の勤務先には不義理をして、福井県に赴いた訳ですが、入ってみれば、いやその忙しいこと、1月に1回、鹿嶋の自宅に帰るという予定は、ままならないかも知れません。

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その中で、11月下旬の勤労感謝の日の3連休には、鹿嶋に帰ることを決めていました。東京でお会いしたい人もたくさんいますし、それに1123日は、愚息2号(つまり次男)の誕生日です。その次男は、今年、南極観測に出かけることになり、1125日に成田から出発するのです。実は南極観測船「しらせ」は既に日本を出発していますが、観測隊員は飛行機で後から出発し、オーストラリアのフリーマントルで乗船する予定なのです。

https://www.asahi.com/articles/ASLC87X66LC8UTIL078.html?iref=comtop_list_nat_n04

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そして成田から出発する次男を見送るために、私と家内、それに北海道の研究所にいる愚息1号も集まることになったのです。南極に行くのは、次男一人ですが、その少し前から、私も家内も南極と南極観測船「しらせ」に興味を持ち、ファンになりました。極地研究所の一般公開があれば出かけて見学し、「しらせ」の見学会があれば、横須賀まで出かけて乗船し、だんだんわくわくしてきました(自分が行く訳でもないのに)。そしてちょっと嬉しくなって親戚にも報告しました。

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早速、横須賀に暮らす家内の叔父からは、東京湾に浮かぶ美しい「しらせ」の写真が送られてきました。観音崎の先、走水を通過し、南極へ向かう「しらせ」の写真です。

 

shirase2.jpgshirase4.jpg

 

 

写真の中には、陸上から旗旒信号を振る男性の後ろ姿の写真もあります。(残念ながら肖像権の確認が取れていないので、その写真は掲載できません)。

UW.png

その旗旒信号は、「御安航ヲ祈ル」という、UW旗です。一昨年の弊ブログにも登場しました。お忘れの方は下記のURLをご覧ください。

https://halibut.blog.so-net.ne.jp/2016-12-04

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「海上自衛隊には、一隻だけ 明るい色で塗装した船があるのですよ。分かりますか?」と話すのは、海上自衛隊の幹部だったNさんです。「それは南極観測船「しらせ」です」。 何度も「しらせ」に乗船(乗艦?)したNさんによれば、海上自衛隊のほとんどの水上艦は、暗いグレーに塗られているそうです。そして潜水艦は黒色です。(これは喫水線より上の部分です)。

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軍艦は戦闘の際、敵に視認されない方がいい訳で、保護色を使うのです(ローヴィジと言うそうです)が、戦闘艦でなければ、その必要はありません。むしろ発見されやすい方がいい訳で、「しらせは」は甲板より下は明るい柿色、甲板より上はクリーム色です。

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初代の南極観測船「宗谷」は海上保安庁に属していたのであてはまりませんが、海上自衛隊に所属した「ふじ」「しらせ(初代)」も今の「しらせ」と同じ色です。

 

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これは、初代の「しらせ」です。

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「しらせ」の甲板に立つ自衛隊員に尋ねると、「しらせ」の乗組員は、全員が志願者で、選ばれて乗船するのだそうです。なぜ志願者が多くいるのか?

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南極という場所に行ってみたいという好奇心もあるでしょうし、もっぱら戦闘訓練に明け暮れる通常の艦隊勤務と異なり、平和な船に乗ってみたいという思いもあるでしょう。でもひょっとしたら、暗い色の船ではなくカラフルな船に乗ってみたいというそんな気持ちもあるのかも知れません。

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ところで1110日に出港した「しらせ」ですが、軍人より科学者や研究者を多く載せたこの船をなんと呼ぶべきか? 私は50年前に教わった「窮理の船」という言葉を思いつきました。私が中学生のころ、音楽の授業で、針谷茂先生がなぜか讃美歌を教えてくださいました。「月なき美空に・・」で始まる讃美歌312番ですが、その中に「窮理の船」という歌詞が登場します。

http://www.worldfolksong.com/hymn/friend-jesus.html

同級生の誰かが、「「窮理の船」とは何ですか?」と質問すると、針谷先生は、少し考えて「今、飛んでいるアレだよ。真理を探究するために進んでいる宇宙船も一つの窮理の船さ」と答えられました。ちょうどその頃、アポロ宇宙船が月面に着陸していたのです。

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本当は、窮理とは哲学的真理を探究することで、自然科学に使っていいのか?という疑問はありますが、なぜかその時は納得した記憶があります。

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すると、今ならさしずめ、南極観測船「しらせ」こそが「窮理の船」だな・・と、50年後の現代の私は思いました。

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窮理の船に心躍らせて乗る次男は、修士課程の1年生です。南極で何を学び、何を経験してくるのか、門外漢の私には分かりませんが、彼もまた人生の船出の時期を迎えます。 南極から帰り、修士課程を修了した後、彼がどの道を選び、どういう人生を送るかは分かりません。 ただ、自分で道を切り開き、困難を克服して自己実現してほしいと祈るばかりです。 次男だけでなく、若い学生や研究者の卵たちは、「しらせ」に乗ろうが乗るまいが、皆さん「窮理の船」の乗組員です。 私はただ「御安航ヲ祈ル」という旗を振るばかりです。

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海原に、白き航跡現れて 南を目指す 窮理の船は

 

天際に緋色の船を見送れり Bon Voyageの旗を振りつつ

 

うーむ 駄作です。私には短歌はやっぱり無理みたいです。


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【 ノーベル賞枯渇論に駁す 】 [雑学]

【 ノーベル賞枯渇論に駁す 】

 

元の東北大学総長でミスター半導体とも呼ばれた西澤潤一博士が他界されました。オヒョウには電気工学や電子工学は専門外なので迂闊なことは言えませんが、西澤博士が考案したとされる光ファイバーの理屈はとても面白いと思った記憶があります。

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そして一時期、西澤博士は、日本人研究者ではノーベル賞に最も近い位置にいたとされます。

残念ながら、その機会はなく、東北大学でははるか後輩の田中耕一さんが化学賞を受賞するのを祝福し、今年は京都大学の本庶佑教授の生物医学賞受賞を見届ける形で亡くなった訳で、本人の胸中はどうだったかな?と、ふとそんな事を考えます。

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最近のノーベル賞は、下馬評を報道するマスコミのせいか、門外漢でも名前は聞いたことがある有名な先生が受賞することが多いようです。iPS細胞の山中伸弥教授やニボルマブ(オプジーボ)の本庶佑教授、青色発光ダイオードの中村修二氏などは、早くからノーベル賞候補として噂されていました。ソフトレーザーによる質量分析技術で受賞した田中耕一さんのようなダークホースは稀です。

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そして、今年の本庶教授の受賞にあたっても登場しましたが、毎年報道されるのは「日本のノーベル賞枯渇論」です。

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即ち、「最近の70代の受賞者は30代、40代の頃の研究が評価されて受賞するので、30年の時間差がある。30年前は、優秀な科学者がたくさんいたし、文科省の予算も潤沢で先進的な研究ができた。しかし今は駄目さ。子供達の理科系離れやゆとり教育で、理工系の学部の人気も質も大幅に低下した。科学者の数も質も低下した。文科省の科研費も削減される一方で、増え続けるのは博士の数ばかり。彼らはパーマネントポストを獲得するのにきゅうきゅうとして、ノーベル賞に値するような大研究をする余裕も能力も無い。だから、今がピークで、将来は日本からはノーベル賞は出ないね・・・」という悲観論です。

「昔は良かった。それに引き換え今は・・」というのはいわゆる下降史観です。

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それに続いて「だから文科省は基礎研究予算をもっと手厚くするべきだ」と続く場合もあります。

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日本の自然科学研究が沈滞傾向にあり、ダメになっていくのか?というと、私にはよく分かりません。しかし、斜に構えた下降史観にすなおに与することはできません。そもそも、自然科学全般(特に、ノーベル賞の対象となる物理、化学、医学、生物学)で、最先端の研究がどのように行われているのか、あるいはその中で、日本人研究者の存在感はどうなのか、といったことを、全て理解している学者や評論家はいないはずです。それにも関わらず、ノーベル賞級の研究が減った・・などと言うのは倨傲にすぎます。

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実は、「ノーベル賞枯渇論」は今に始まった話ではありません。私の記憶では、1981年に福井謙一博士がフロンティア電子理論で化学賞を受賞した頃からです。当時、日本にノーベル賞受賞者はまだ少なく、物理学賞が主でした。

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その時からノーベル賞枯渇論は存在したのですが、その主張とは、以下の通りです。

「かつての理論物理学では湯川秀樹博士や朝永振一郎博士のように、紙と鉛筆さえあれば研究できた。だから敗戦後の貧乏国だった日本でも世界に通用する研究ができ、ノーベル賞も受賞できた。しかし今はダメさ。大掛かりで高価な実験装置を駆使し、国家プロジェクトで研究を進める時代では、日本の研究者は太刀打ちできない。それに全共闘世代以降は、日本の研究者のレガシーも破壊され、日本の自然科学研究はもう終わりだね。福井先生が最後さ」

たしか、こんな意見を朝日新聞で読んだ記憶があります。

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しかし、実際はどうかといえば、全く違います。

福井謙一先生が受賞されたころには、山中伸弥教授は大学一年生ですし、田中耕一さんも大学生でした。福井先生の後に研究を開始した人達も、立派にノーベル賞学者になっています。日本人受賞者は増える一方です。当時の「ノーベル賞枯渇論」は的外れでした。

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理科系のノーベル賞について、全てを把握した訳ではありませんが、共通するのは、一種の偏執狂のように一つのことに拘る天才科学者が人生を掛けて成し遂げた研究だということです。そして紙と鉛筆だけで・・・というのは、半分は正しいのですが、半分は誤りです。物理学では理論と実験は表裏一体だと聞いています。

湯川秀樹博士が中間子の理論でノーベル賞を受賞したのと前後して、米国のアンダーソン博士と英国のセシル・パウエル博士が受賞しています。

湯川博士は中間子の存在を予測しましたが、アンダーソン博士とネダマイヤー博士は宇宙線の中から中間子を発見し、セシル・パウエル博士は、原子核の崩壊を観察して中間子を発見したのです。それら三位一体での受賞であり、やはり大掛かりな実験は必要でした。もっとも、湯川博士が予言した中間子と発見された中間子は別物だったのですが・・。

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最先端の高エネルギー物理学では、巨大で高価な実験設備が必要なのは事実ですが、そればかりではありません。小柴昌俊教授や梶田隆章教授らのカミオカンデやスーパーカミオカンデは、巨額な費用を要する加速器が望めない中で、巨大な水槽を利用してニュートリノを捕まえようとしたもので、設備は巨大ですが、大型加速器と比べて、それほど巨額とも言えません。

むしろ、高エネルギー加速器研究機構のTRISTANKEKBのプロジェクトでのノーベル賞受賞者が小林誠教授だけ・・というのは少し寂しいところです。

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物理の世界は、今でも、湯川秀樹、朝永振一郎、南部陽一郎、益川敏英といった紙と鉛筆で研究する人と。小柴昌俊、戸塚洋二、梶田隆章のように、実験で研究する人が車の両輪のように存在し、ノーベル賞は両方に授与されています。

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冒頭で西沢潤一教授の例を挙げましたが、ノーベル賞は、その背後に母集団とも言うべき沢山のノーベル賞級の研究があり、その中で特に優れたもの、あるいは特に幸運だったものが受賞の名誉を受けます。日本の場合、門外漢のオヒョウが知るだけでノーベル賞級の研究は日本に沢山あり、その母集団がなくならない限り、日本からの受賞者が途絶えることはないと思います。

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いずれにしても、日本のノーベル賞枯渇論は根拠が薄弱であり、心配の必要はないと思います。

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話は変わりますが、自分が研究者でなくても、ノーベル賞受賞の話は嬉しいものです。同じ郷里の出身者だったり、母校が同じだったりすれば、とても誇らしく思えたりします。しかし、日本人の受賞者を数えて外国と比較したり、日本の科学技術のレベルを評価するのに、受賞の数を議論するのはナンセンスでしょう。

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科学技術のグローバル化は進んでおり、日本一国だけの研究と言えない場合が多いからです。実は例外はあるものの、自然科学の分野でノーベル賞を受賞した日本人研究者の多くはなんらかの形で、英語圏で研究し、評価されています。国籍が既に日本人でない人もいます。日本の・・・、或いは日本人の・・とこだわる必要はあまりないのです。

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これからはむしろ日本で研究した外国人留学生や研究者の受賞を喜ぶべき時代かも知れません。例えば、つくばの高エネルギー加速器研究機構に留学した英国人研究者が受賞したとか、京都大学で研究した中国人留学生がノーベル賞を受賞した・・ということを喜ぶべきかも知れません。しかし、実際には、そんな例はまだ無いのです。

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ところで、西澤潤一教授には、西澤泰二教授という弟がおられ、東北大学の金属学の先生でした。合金の状態図を理論的に説明する研究の第一人者です。かなり強い東北弁訛りの話し方が特徴で、西澤潤一教授とは、少しイメージが違います。

兄弟なのに、どうして違うのか? 少し気になるのですが、兄弟のタイプの違いを研究してもノーベル賞にはならないでしょうね。

 

イグノーベル賞にはなるかも知れませんが。


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