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【 今治脱獄事件についてのレ・ミゼラブル的考察 】 [広島]

【 今治脱獄事件についてのレ・ミゼラブル的考察 】

 

最近は脱獄囚とは言わないみたいです。ようやく身柄を拘束された平尾龍磨容疑者は、「逃走中の受刑者」という奇妙な呼び名で呼ばれ、囚人という呼び方をされません。

「あれっ?受刑者は分かるけれど、刑が確定して服役しているのに、どうして容疑者なの?」と私などは思いますが、これは今回の脱走(もしくは脱獄)という新たな犯罪についての容疑なので、もともと服役した原因の犯罪・刑罰とは別の話なのだそうです。やれやれ複雑です。

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それにしても、彼が脱走した事実は明らかなのに、犯人とは言わずにあくまで容疑者と呼ぶのは不可解です。判決が確定するまでは推定無罪・・とする考えが、マスコミに周知されているからでしょうが、これでは犯人という言葉が無意味になり死語となります。

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それにしてもものは言いようです。昔は、犯人や容疑者は呼び捨てにされていましたが、昨今は犯人の人格もあるので、呼び捨てはできません。今の時代、マスコミが呼び捨てにするのは、スポーツ選手だけです。かといって犯罪者に尊称も使えません。それで困った時は、稲垣メンバーだったり山口メンバーだったり、します。

しかし、犯人がグループに属していなければ、メンバーとも呼べません。さてどうするのか?

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塀の中にいる同じ存在でも、服役囚というと、なんとなく犯罪者=悪人ですが、受刑者というと、なんとなく受難に堪えている求道者のイメージが湧くのは私だけでしょうか? キリストもジャンヌダルクも吉田松陰も獄につながれました。刑務所にいるだけなら、必ずしも悪人ではないのでは?・・・という倒錯した思いに駆られるのが、受刑者という言葉です。

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それだけではありません。古来、脱獄者を善玉にした文学や映画はたくさんあります。

「巌窟王(モンテクリスト伯)」、「レ・ミゼラブル」、「大脱走」、「逃亡者」、「パピヨン」、「ショーシャンクの空に」・・・。比較的最近ではTVドラマシリーズの「プリズンブレーク」がヒットしました。どれも主人公はハンサムで善玉です。 脱獄囚にシンパシーを感じてしまうのは、ある種の閉塞感の中で暮らしている我々にとって、痛快な脱獄劇はひとつのカタルシスだからでしょう。だから脱走した受刑者のニュースを聞くと「そんなに悪い奴かい?」と思ってしまいます。しかしそこに陥穽があります。

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ディズニーアニメに登場するライオンやトラ、クマは人を襲いませんが、実際のライオンやトラ、クマは甚だ危険です。同じように小説や映画の脱獄囚は善玉でも、本物の脱獄囚は獰悪な存在と考えねばなりません。

今回の騒動で、尾道市の向島では、年に一度のサイクリングイベントも中止に追い込まれました。大げさなようですが、脱獄囚が付近に潜むというのはそういうことです。

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今回、脱獄した理由が気になるところですが、当初、病が篤い妹に一目会うため・・という憶測が語られましたが、実際はさにあらず、看守にいじめられ、人間関係に堪えられなかったから脱獄したのだとか。なんとまぁ、気の弱い意気地のない囚人です。そもそも監獄には、一定の厳しさや辛さがあって当然です。それに人間関係の軋轢など、塀の外の娑婆だって、大なり小なりあるものです。そんなにひ弱でどうする。

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今回の平尾龍磨のもともとの罪状をみると、窃盗です。人を殺めたり、傷つけた訳ではありません。それでも懲役・・というのは、ちと厳しいようですが、累犯が重なったからのようです。すると、最初のきっかけは、小さな犯罪だったのだな?しかし、立ち直りのきっかけをつかめず、次々と悪事を重ねていったのか・・。

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なんだか、レ・ミゼラブルのジャン・バルジャンのようです。そう言えば、レ・ミゼラブルでも、造船所の船のマストから海に飛び込んで脱獄する場面がありました。今治の造船所を抜け出し、さらに尾道水道を泳いで渡った平尾龍磨に通じるところがあります。

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ご承知の方がほとんどでしょうが、レ・ミゼラブルは、非常に重厚なストーリーです。ここであらすじを述べるのも野暮の極みですが、あえて ごく簡単に言いますと・・・・、

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青年ジャン・バルジャンはひもじい思いをしている妹の子供のために、一斤のパンを盗みます。それがきっかけで、逮捕・服役・脱獄・逃走の人生が始まります。ある時、逃げ込んだ司教館で一宿一飯の恩義を受けますが、そこで銀の燭台を盗みます。 しかし、その後で捕まったジャン・バルジャンを、ミリエル司教は嘘をついてかばい、彼に銀の燭台を与えたうえ、銀の皿までを手渡します。衝撃を受けたジャン・バルジャンは、その後、いくつかの曲折を経て、改心し真人間になります。さらに、薄幸の少女コゼットの親代わりとなり、彼女を幸せにすることを生きがいにして、まっとうで充実した人生を送り、やがて人生の最後を迎えます。

コゼットの夫のマリウスが、引導を渡すために司祭を呼ぼうとすると、ジャン・バルジャンは彼を止め「司祭はここにいらっしゃる」と、枕元の銀の燭台を指さします。悲惨だった彼の人生を変えるきっかけは、ミリエル司教が与えてくれたと、ずっとジャン・バルジャンは意識していたのです。

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ロマン主義などと言いますが、レ・ミゼラブルに限らず、ビクトール・ユーゴーの小説は皆、全ての人の人格を肯定するもので人間賛歌とも言えるものです。自身が投獄された経験を持つユーゴーは、囚人に対しても博愛の精神で対応します。

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ところで、平尾龍磨は昔から逃げ出すのがうまかったらしく、そのあだ名はルパンだったそうです。

でもね、僕は君をルパンとは呼ばないよ。いつか四国のジャン・バルジャンと呼んであげよう。しかし、まだ早い。今のままのチンピラじゃあ、その資格はない。真人間になってから、その名前で呼んであげよう。

何時の日か、彼が、彼にとってのミリエル司教に出会えないだろうか。そんな事を考えます。


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【 DDH184 その3 】 [広島]

【 DDH184 その3 】

 

ヘリコプター搭載型護衛艦「かが」の見学では、最初に甲板下の大きな格納庫に入り、そこから、せり上がり式の大型エレベーターに乗って、甲板に上がります。太い4本の鋼索を油圧モーターが巻き取り、広い床が持ち上がると、見学者は驚きの声を上げます。誰だか知りませんが、中年の男性がサンダーバードのテーマ音楽を口ずさんだりします。

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「しかし、この広さではV22オスプレーの昇降には使えませんね?」と案内役の士官に尋ねると、彼はニコリとして「これはヘリコプターや重機用です。 オスプレーだけでなく、F35Bにも使えません」 

私は、「それにエレベーターが甲板の中央部にあるのは、まずいのでは? 火災を起こした航空機をすばやく海中に投棄するには、舷側にエレベーターがある方がいいと思います」と、生意気にも、ミッドウェイ海戦の記録を持ち出して、意見を言うと、彼は「そうです。実は大型のエレベーターは右側後方の舷側にあり、オスプレーやF35Bも使えます。後でご覧になるといいですが、今日は公開していないので、近寄ることはできません」

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私は、「するとF35Bを乗せる為に、後は、甲板を耐熱仕様にすることと、邪魔になるCIWSファランクスを移設するぐらいですか?でもエレベーターから見えた甲板下の構造を見るとカタパルトを設置する余裕はなさそうですね」

士官は「カタパルトの予定については聞いていませんが、確かにF35Bの運用は、小規模な改造で対応できます」

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そこで私は説明役の士官と別れたのですが、不思議に思える点は残ります。

本格的な空母にするには、収容できる機体の数を増やす必要がありますが、空間が足りません。それに離発艦を頻繁に行うには、エレベーターが1基では足りません。

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やはり、固定翼機が離発艦可能な艦というだけで、空母として運用するには非力すぎるのでは? でも本格的な正規空母を持っているのは、現時点では米国だけですし、日本に正規空母が必要とも思えません。

しかし、そこで思い出すのは英国とアルゼンチンが戦ったフォークランド紛争です。

1980年代、南大西洋の孤島であるフォークランド諸島(マルビナス諸島)の領有権を争って、両国が戦争をした訳ですが、結果は英国の一方的な勝利でした。

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もともと英国が占有していましたが、それを不当とするアルゼンチン軍が、同島を急襲して、一度は占領に成功したのですが、やがて駆けつけた英国軍によって奪還され、アルゼンチン軍は降伏したのです。

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英海軍には、小型で老朽化した空母2隻がありました。空母「インビンシブル」と「ハーミス」です。情けないほど貧弱な2隻ですが、その2隻と他の輸送艦にVTOL戦闘機シーハリヤーを積んで、おっとり刀で、フォークランドに向かったのです。

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アルゼンチンにも航空機を搭載し離発艦できる艦があることはあったのですが、機械の故障で動かなかったり、外洋を遊弋する英海軍の原子力潜水艦が怖くて、出撃できなかったのです。 実際、巡洋艦「ヘネラルベルグラーノ」は英潜水艦「コンカラー」によって撃沈されています。

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ハリヤー/シーハリヤーはVTOL(垂直離着陸)できることだけが取り柄で、速度も遅いし、燃費も航続距離も劣る戦闘機ですが、作戦空域の至近の位置から発艦できる点が有利です。

付近の艦艇からの情報の支援も得られます。

アルゼンチン軍のシュペールエタンダールやミラージュは、本国から長距離を飛行してやっと作戦空域に到達する訳で、作戦空域に滞在できる時間はごく短時間です。

地上からの支援も得られません。パイロットの疲労も無視できません。

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結果はほぼ一方的に英国のシーハリヤーの勝利でした。そしてその結果が、戦争の帰趨に影響したのは間違いありません。

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同じことは太平洋戦争でもありました。 日本海軍はミッドウェイ海戦、珊瑚海海戦、レイテ沖海戦などで、どんどん空母を失い、その結果、本来艦載機であるゼロ戦は地上の基地から出撃するようになりました。 幸か不幸か、ゼロ戦には長大な航続距離があり、遠隔地への攻撃を可能にしたのですが、パイロットの疲労や航法技術の問題もあり、犠牲は増える一方でした。 ゼロ戦が勝てなくなった理由は他にもありますが、やはり、艦載機は空母から出撃する方が効率的で強いのです。

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話を現代に戻します。

今、中国は尖閣諸島だけでなく、八重山群島の奪取も視野に入れて軍事作戦を準備しています。そして驚いたことにその作戦を口外して憚りません。

一方、専守防衛を前提とする海上自衛隊は一旦占領された後の離島奪還作戦を考えるしかありません。その際に、フォークランド諸島の奪回に成功した英国海軍のオンボロ空母「インビンシブル」と「ハーミス」の役割を考えます。

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DDH「かが」と「いずも」は、小型ですが、「インビンシブル」や「ハーミス」よりは強力な空母です。F35Bはシーハリヤーの後継機であり、海上自衛隊がいつかは欲しいと思っていた航空機です。 「かが」と「いずも」とF35Bの組み合わせは、「インビンシブル」「ハーミス」とシーハリヤーの組み合わせの、21世紀版です。

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当初、日本は新型戦闘機として航空自衛隊用のF35Aだけを考えていたとされます。そして既にF35Aは導入されつつあります。 F35Bについては、当初、予定に無かったのに、トランプ大統領が安倍首相を「米国製兵器をもっと購入しろ」と恫喝して、急遽調達が決まった・・とされます。

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しかし、それはどうでしょうか? 多分、国内外を欺くための、嘘というかパフォーマンスでしょう。自衛隊が離島奪還作戦を本格的に考え出したのは、尖閣諸島付近での中国偽装漁船の衝突事件あたりからです。そして(F35Bを念頭に置いた)「いずも」や「かが」の建造計画も早くから決まっていました。

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「本当はずっと前から、海上自衛隊はF35Bの運用を考えていたのではないですか?」そう質問しようとして振り返りましたが、先ほどの自衛官は、既に風のように消え去り、甲板の上には見当たりませんでした。


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【 DDH184 その2 】 [広島]

【 DDH184 その2 】

 

アジアで、指導者の発言が好戦的・・という点では、一番が北朝鮮、二番は中国です。でも一部のマスコミは、中国の指導者習近平国家主席のスピーチが、どれだけ好戦的であっても、どれだけ軍備拡大に積極的であっても問題にしません。中国を平和勢力だと思っています。私には理解困難ですが・・・。

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中国は海軍の近代化と増強を急速に進めています。新たな艦艇の就役数は年間で17隻(小型舟艇は除く)、から20隻ほどに増えつつあります。

https://www.excite.co.jp/News/chn_soc/20140109/Searchina_20140109091.html

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50556

これは海上自衛隊の10倍の速度です。

そして尖閣諸島の接続水域には新型のジャンカイ級のフリゲート艦が出現しています。これは中国で最新最強とされるフリゲート艦ですが、あれれ?主機はディーゼルエンジンで最高速度27ノットです。30ノットに届きません。

一世代前でもっと大型のソブレメンヌイ級駆逐艦は蒸気タービンで最高速度33.4ノットです。外燃機関である蒸気タービンは、ディーゼルやガスタービンに比べ、短時間で出力を上げることができませんが、それでも最高速度はそれなりにあります。

 

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なぜ新型のジャンカイ級では速度を落としたのか?なぜガスタービンを使用しないのか?

一つの理由は旧式で低速の空母「遼寧」を中心に艦隊編成するのに高速は要らない・・という考えかも知れません。でも最大の理由は高性能のガスタービンエンジンが作れないということでしょう。この国のガスタービンエンジンはロシア(旧ソ連)製の劣化コピーの域をなかなか出ません。

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しかし、ソブレメンヌイ級とジャンカイ級、それに空母「遼寧」という具合に、外燃機関の蒸気タービンと、内燃機関のディーゼルを混用するのは艦隊の運用面で問題があります。速度もバラバラで、エンジンもバラバラというのでは、統一感に欠けます。一つの艦隊で、重油と軽油の両方を燃料にするのでしょうか?それともA重油で統一するのでしょうか?それとも原子力艦に移行する過程なのでしょうか?

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いずれにしても、中国海軍は、艦艇は高速であるべきとか、艦隊を構成する船の速度は揃えるべき・・という方針が明確でないようです。

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もうひとつ、首をかしげるのは、韓国の軍艦です。

イージス艦「世宗大王」は日本のDDH「かが」などと同じガスタービンで最高速度は30ノットです。一方、日本の「おおすみ」に似た揚陸艦「独島」は、ディーゼル(ディーゼル電気推進)で最高速度は23ノットとこれも似ています。

オヒョウの推測ですが、これらの大型艦が韓国に必要な理由が分かりません。対北朝鮮なら、もっと小型の艦艇を揃える方が合理的です。

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日本の海上自衛隊の艦艇をうらやんで、同じものが欲しい・・という思いで建造したのではないか? そしてどう考えてもそれらの艦は、対北朝鮮用としては大袈裟です。「鶏頭を割くに焉んぞ牛刀を用いんや」と考えた時に、思い当たるのは、対日本用です。4隻の(ナンチャッテ)イージス艦と揚陸艦「独島」は日本を攻撃するための艦艇にしか思えません。韓国海軍は日本との戦争を念頭に置いているのか?いったいこの国は何を考えているのか?

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しかし、もっと理解できないのは、同国海軍の主流であるフリゲート艦です。最新型の仁川級フリゲート艦は、ガスタービンとディーゼルのハイブリッド型のエンジンを持ち、速度は30ノットと、一世代前のフリゲート艦蔚山級の34ノットより逆に低速になっています。ちょうど中国のジャンカイ級と似ています。でも護衛する低速の空母も無いのになぜ?

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面白いのは、蔚山級も仁川級も、ディーゼルエンジンとガスタービンエンジンの両方を用いたハイブリッド型だということです。ディーゼルとガスタービンにはそれぞれ長所と短所があり、併用する事で補完できる面はあります。ガスタービンは高速に適しており、ディーゼルは低速に適しています。しかし違うタイプのエンジンを一つの船に積んで使うのは、設備を複雑にするだけでなく、専門家も2種類必要です。

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海上自衛隊のように、2種類のガスタービンを組み合わせて使うか、韓国海軍のようにガスタービンとディーゼルの2種類を持つか、2通りの考えがあってもよいのですが、エンジンについて個々の要素技術の蓄積がない韓国が、欲張りして2種類のエンジンを持つ事が適当なのか? 理解できません。

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理解困難な、韓国海軍ですが、一応、主要な艦艇は30ノット以上出せることを前提にしています。統一感の乏しい韓国海軍ですが、一応米軍とのインターオペラビリティだけは考えているみたいです。

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各国海軍の艦艇の構成や建造計画をみれば、その国の考え方がある程度うかがえるのは、本稿の冒頭で申し上げた通りです。 でもそれを考えたら、「では日本は憲法九条のもと、専守防衛を旨とするのに、空母を持つというのは、おかしいではないか?」という、昔からある議論になります。

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しかし、私は「離島防衛を考えたら、空母保持は必ずしも専守防衛に矛盾しない」と考えます。 その根拠といえるのは、西側先進国同士が近代兵器を用いて戦った唯一の戦争とされるフォークランド紛争の記憶があるからです。

 

それについては、次号で申し上げます。


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【 DDH184 その1 】 [広島]

【 DDH184 その1 】

 

DDH184とは、海上自衛隊の最新鋭にして最大のヘリコプター搭載型護衛艦「かが」のことです。最近、同型の護衛艦「いずも」が固定翼機搭載型に改造される可能性が報道されていますが、いずれ「かが」も同じ改造を受ける可能性があります。

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ちなみにこの場合、回転翼機とはヘリコプター、固定翼機はオスプレーなどのティルトローター機やF35BなどのSTOVL機またはVTOL機のジェット戦闘機を意味します。

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私は、昨年秋に、呉であった海自の一般見学会で、この「かが」を見学する機会を得ました。この新型護衛艦については、書くべきことがあまりに多いのですが、今回は特に軍艦の命とも言える速度について書いてみます。

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私に説明をしてくださった、若き海自の士官(二尉)は、機関担当でした。「主機は何ですか?」と尋ねると、「GEが設計し、IHIがライセンス生産したガスタービンエンジン4基です。これで112千馬力以上が出せます。つまり鉄腕アトム以上です」。

こんなことは、質問しなくても、Wikipediaにも書いてあることなのですが、実は重要なことです。自衛隊の艦艇のエンジンに何を用いるか・・・は、その船の位置づけや、ひいては海上自衛隊の存在理由を決める重要な問題なのです。

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軍艦を建造する場合、主機(メインエンジン)をディーゼルエンジンにするかガスタービンエンジンにするかは、悩むところです。小型軽量・大馬力であること、運転開始から全出力になるまでの所要時間が短いこと、故障しにくく扱いやすいこと、煙が少ないこと・・等が重要ですが、ガスタービンはそれらの点で非常に優れています。

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しかし、ガスタービンは基本的に高速回転、高速走行に向いたエンジンであり、低速では燃費が悪くなります。そのため。高速用と低速用の2種類のガスタービンエンジンを併用して対応する場合もあります(COGAG方式)。

また韓国軍の軍艦のように、ディーゼルエンジンとガスタービンエンジンを併用する場合もありますが、韓国海軍がそれらの艦艇を上手に運用しているか、私にはよく分かりません。

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「すると、燃料は軽油ですか?」と、これも調べれば分かることをあえて質問します。

するとこの士官は少し口ごもり、「そうです。厳密にはA重油も使用できないことはないのですが、われわれは艦艇用の燃料を軽油で統一しています。その方が燃料補給の都合がいいからです」

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これも重要なことです。ある艦隊に洋上で燃料を補給する場合、船ごとに使用する燃料の種類が違ったら、煩わしくていけません。それにA重油は硫黄分こそありませんが、常温では粘度が高く、パイプやホースで供給するのは面倒です。

海上自衛隊の場合、洋上補給は米国やその他の国の艦船にも洋上補給します。だから燃料の油種を統一しておく方が良いのです。一種のインターオペラビリティです。

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「それで最大艦速は?」と一番重要なポイントです。

士官はちょっと苦笑いしながら「30ノットです。ご承知かも知れませんが、海上自衛隊の護衛艦は全て30ノット以上で統一されています。逆に30ノット出ない艦は、護衛艦とは呼ばず、その他の名称で呼びます」。

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咳払いしてから、彼は

「全通甲板型と呼ばれる、艦首から艦尾まで平坦な甲板が続く軍艦を見ると、一部のマスコミは航空母艦だ・・・と言いますが、実は全部がそうではありません。輸送艦「おおすみ」も、全通型の甲板ですが、ディーゼルエンジンで速力は20ノット台です。だから「おおすみ」はヘリコプターを搭載できても護衛艦ではなく、輸送艦となります。一方、「ひゅうが」、「いせ」、「いずも」、「かが」は、30ノット以上が出せる、DDH(ヘリコプター搭載護衛艦)であり、ヘリコプター空母と言っても間違いではありません。そしてこのクラス(19000トン級)で30ノットを出そうとすると、やはりガスタービンエンジンが良いのです」。

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私は「それは不思議ですね。最大艦速30ノットで分ける理由は何ですか?ひょっとして、30ノット以上の高速艦では、カタパルトかスキージャンプを設置して固定翼機を飛ばせる計画なのですか?」

ご承知の方も多いでしょうが、中国初の空母「遼寧」は蒸気タービンを主機にする旧式艦で、最大速度は19ノット(短時間ならもっと出せるらしい)です。でもその低速ゆえにジェット戦闘機の離発艦に苦労し、実際にはこの空母は戦力になっていません。だから日本の海上自衛隊も、22ノットの「おおすみ」では固定翼機(飛行機)は飛ばせないが、30ノットの「かが」なら固定翼機を飛ばせる・・と考えているのではないか?

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士官は、少し笑って、

「実は固定翼機のことも考えていますが、それはカタパルトではなく、これです」。と言っててのひらを上下させました。「つまりSTOVL機かVTOL機です。艦速とはあまり関係しません」。

「それは、ティルトローターのV22オスプレーですか?」

「もちろん、オスプレーも使えますが、念頭にあるのはF35Bです」

「しかし、F35Bやティルトローターのように、垂直に離発艦できる機体であれば、艦速はそれほど重要ではありませんね?どうして30ノットなのですか?」

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30ノットが意味を持つのは、アメリカ海軍と一緒に行動するためです。米軍の航空母艦を中心にした空母打撃群に参加して一緒に行動する場合、30ノット以上が必要です。アメリカの空母は全て原子力推進で30ノット以上が出せ、他のイージス艦やフリゲート艦も全て30ノット以上で走行します。だから海自の護衛艦も30ノット以上が必要です」。

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空母打撃群という言い方をしますが、アメリカの空母を囲むようにして艦隊が進む様子はよくマスコミの写真に登場します。日本の護衛艦もそれに参加することがありますが、正直なところ複雑な思いがします。

集団的自衛権を現行憲法上でどう考えるか?という政治的な問題以前に、日本の軍艦が米軍の軍艦の露払いになっているというのは、ちょっと屈辱的だからです。海自最大のDDHである「かが」も米軍の正規空母に比べればかわいいもので、横綱の前の十両クラスの力士の様に見えます。

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低速の輸送艦「おおすみ」も米軍と一緒に行動することがありますが、輸送艦同士というか低速艦同士の組み合わせです。空母と一緒に行動させてはもらえません。

若き士官は苦笑いしながら、「今はそんなことはないでしょうが、戦前は、足の遅い艦は艦隊の中でいじめられたみたいですね」と語ります。

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陸海空に共通しますが、自衛隊では米軍とのインターオペラビリティが重視されます。

だから、護衛艦は、主機は米軍と同じガスタービン、燃料は軽油で統一され、速力は30ノット以上で揃えられるのです。

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軍艦は速度が命と言いましたが、この発想は昔からあります。当たり前ですが、艦隊を構成する際、最も遅い艦が律速となります。つまり足を引っ張ります。だから高速艦だけで艦隊を構成した方が有利です。一方、海戦では、高速艦だろうが低速艦だろうが、その国の艦艇の全てを一か所に集中して投入した方が強いし勝てるという聯合艦隊型の発想もあります。艦砲の数と射撃能力が勝敗を決するという考え方です。

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日露戦争ではロシア皇帝ニコライ二世が、後者の発想でバルチック艦隊を構成し、日本に送りました。旧式の鈍足艦も引き受けたロジェストウェンスキー提督は憂鬱だったに違いありません。そのためにバルチック艦隊の極東への到着は遅れました。一方、日本の連合艦隊は、秋山真之らが苦心して、八八艦隊と呼ばれる優速の新鋭艦を揃えた艦隊を構成し、対決しました。これが日本海海戦でバルチック艦隊を撃破したことはご承知の通りです。

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だから日本海軍では須らく軍艦は高速型であることが重要視され、更に航空母艦の登場でその傾向は加速したのです。戦前の海軍の駆逐艦の速度について、石川県の能登半島の話として、祖父から聞いたことがあります。

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「いや、軍艦とはそれはそれは速い船だ。何といっても、能登半島の輪島でその駆逐艦を見た後、汽車で七尾に移動したら、既に穴水沖にその駆逐艦が現れていたのだよ」。これはまだ七尾線という鉄道が輪島まで通っていた頃の話です。地図をご覧になれば分かりますが、軍艦は輪島から能登半島の先端の禄剛崎を経由して七尾湾の穴水まで走って、所要時間は直線的な汽車での移動とほぼ同じだったのです。

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しかし、他方で、戦艦「大和」などの大鑑巨砲主義の産物は、ある程度速度を犠牲にせねばなりませんでした。速度を取るか、艦砲の威力を取るか、この矛盾を克服できないまま、太平洋戦争で日本海軍は滅亡したのです。蒸気タービン艦の時代の話です。

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話は現代に戻ります。今、日本の周辺諸国の海軍艦艇の主機や速力を比較すると、いろいろなことが分かります。

 

それについては次号で。


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【 シトラス・アイランド その2 】 [広島]

【 シトラス・アイランド その2 】

 

前述の通り、近年の果物の品種改良は、めざましい早さですが、柑橘類の場合、基本的に、より甘く、より大粒にすることを競っているようです。その方が客に好まれ、より多く売れるからです。

夏ミカンなどは、少しでも甘い品種が登場すると、以前のすっぱい果実は見向きもされなくなります。ミカン山では商品価値の無くなった、夏ミカンが、フットボールとして遊ばれ、野生のイノシシの餌になっているそうです。

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一部はブリなどの養殖魚の餌になります。夏ミカンを食べたブリは商品価値が高まるのだとか!果物を食べて育つ魚がいるのか・・・。その内、マスクメロンを食べて育ったハマチなんてものが、登場するかも知れません。

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果物が甘いのは悪いことではありませんが、ひたすら甘さを競うのが、本当にいいことなのでしょうか? 昔のリンゴにはさわやかな酸味があって、リンゴならではの風合いがありましたが、最近のリンゴは酸味よりも甘味です。ひたすら甘いばかりでちょっと詰まりません。

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ただ甘いと言っても、証拠が無いじゃないか・・ということで最近は糖度計なるものを用いて、甘さを定量化して表示しています。私が行くスーパーでは、多くの果物で糖度が数値で表示されています。学力テストじゃあるまいし、なんでもかんでも数字で示すというのは、ちょっと抵抗があります。

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世の中はビッグデータ解析の時代だそうで、全ての現象、特質を数値化して解析し、マクロ的な現象を解明しようという試みが流行っています。しかし、全てを数値化できるのか、そして数値化することの是非はどうなのか? と考えてしまいます。 糖度を競い合い、その内に××農園のミカンは偏差値70、東大でも合格OKの甘さ!なんて宣伝文句が登場するかも知れません。 そんなのは、私は嫌です。

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柑橘類の特徴は甘さだけではありません。品種によって違いますが、さわやかな香り、思わず唾が出そうな酸味も特徴です。

 

街をゆき 子供の傍を通る時、蜜柑の香せり 冬がまた来る

 

というのは木下利玄の歌ですが、これはリンゴなどの他の果物では成立しない歌です。

おそらく、今よりもずっと酸っぱく、小粒で薫り高いミカンを食べていた頃の歌です。

「柑橘類はやはり香りが大事だ」と思った私は、「はるみ」と「ポンカン」を買い求めました。

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あいにく朝市の時間ではなく、名物の「みかん大福」も売っていません。

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通りすがりの人に訊くと、大芝島以外では、西條の町か因島に行かないとないだろう・・とのことで諦めました。 もともとハッサクなどを大福餅に入れて、売り出したのは因島らしく、大芝島はそのパクリだそうです。 しかし、もとをただせば因島の大福餅もイチゴ大福にヒントを得たものです。 だから、みかん大福をオリジナルと言い張るのも難しいところです。

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それはともかく、みかん大福を食べられないのも少し残念です。そして、前述の晩柑祭りにどんな柑橘類が登場するかも、興味がありますが、残念ながら見ることはできません。 34日は、既に広島にはおりません。 晩柑祭りの1週間前に、広島県呉市を去ります。

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ぼんやりとみかんのことを考えながら、改めて当地でやり残したことの多さに気づきます。前にも同じ感覚になったことがあるけれど、広島での時間はあまりに短かったな・・と 思います。

 

そこで、ちょっと駄句で恥ずかしいのですが・・・

 

行く人の 晩柑の香を 語らざる


【 シトラス・アイランド その1 】 [広島]

【 シトラス・アイランド その1 】

瀬戸内海の島々は、豊かな海産物の産地であると同時に柑橘類の宝庫です。以前、ご紹介した山口県の周防大島も、さまざまな柑橘類が取れる島ですが、広島県の大芝島も柑橘類の宝庫です。

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先日、引越し会社との契約を終えて、午後に少し時間ができました。ふと考えてみると、広島県内でも行ったことのない場所がたくさんあります。そう気付いた瞬間、焦りのような感覚にとらわれ、私は車で出発しました。出かけたのは広島県内の島々でまだ行ったことのない・・・大芝島です。

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海沿いの国道を走っていると、安芸津の集落の先に大芝島が見え、そこへ行く吊り橋も見えます。前に川崎のご隠居とドライブした時、「大芝島に行こうか」とも考えたのですが、ネットで調べてみると「何にも無い島だね」と分かり、とりやめたことがあります。

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しかし、この島には実にいろいろな柑橘類の果実があります。その柑橘類を全部眺めるだけでも価値があります。もともとは、温州ミカンと夏ミカン、レモンなど、限られた種類だけだったのが、何時の間にか増えています。多くは人工的に改良された品種でしょうが、ひょっとしたら、開花時期が重なる隣接地の別の柑橘類の花粉を受粉して交雑してできた新種もあるかも知れません。

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大芝島に入ると、すぐに道端のミカンの無人販売所が目に入ります。ミカン、はるみ、シラヌイ(デコポン)、はっさく、チャンドラポメロ、イヨカン、レーコン、ポンカン、大津、と並んでいます。はっさくやイヨカンは有名ですが、レーコンや大津、チャンドラ・・なんて種類は知りませんでした。教えられなければ、柑橘類の果実だとは思わないでしょう。

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ところで、昔、中国にいた頃、上海のリニアモーターカーを前に、中国人の友人から、「現代中国は全ての分野で日本に追いつき、追い越している。日本にできて中国にできないものは無い」と言われました。 でも農産物の無人販売所だけは、中国にまねはできないだろうなぁ・・・・、と今でも思います。

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話を元に戻します。柑橘類の種類が増えたのは、市場の激しい競争があるからです。柑橘系の栽培は他の果樹栽培に比べ、手間とお金がかかります。少しでも市場価値が高く、高く売れるものを開発・販売して元を取らなくてはなりません。 長閑そうな島にも厳しい競争がある・・・といったことを考えながら、朝市の会場に着きました。

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残念ながら朝市は土曜日の午前中だけで、私が行った時間は開いていません。会場の裏はカキ小屋になっていて焼きガキを食べられますが、それも今は食べる予定はありません。朝市の会場に車を停めると、二宮金次郎の像の向こう側に、ハート形の島として人気がある小芝島が見えます。

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小芝島を説明する看板がなぜか大芝島の海岸にあります。

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「ヘエー、小芝島ではその昔、狼煙をあげていたのか・・・」と考えます。狼煙をあげるには小高い丘のある島が好都合で、その頂きで火を焚く訳です。

しかし、一方、瀬戸内の海岸で火を焚くとなると、藻塩を焼きたくなります。製塩業は瀬戸内海沿岸の伝統産業です。 実際、広島県でも、方々に藻塩を焼く製塩業があったようで、私の住まいの近所にも塩焼(しやき)という地名があります。そして、藻塩を焼くとなると、標高の低い海岸の方が好都合で、丘の頂きでの焚火は不都合です。

狼煙と藻塩焼きは、実はなかなか両立しません。

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小芝島では、官命によって狼煙をあげた訳で、その時は製塩作業の方は断念したのだろうな・・などと思いながら、目と鼻の先の小島を眺めます。百人一首の

来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに

    焼くや 藻塩(もしほ)の 身もこがれつつ 

の舞台は淡路島ですが、文化的には、安芸の島にも共通するかも知れません。

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ふっと後ろを見ると、「晩柑祭り 345日」とあります。

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晩柑とは何だろうか? ひょっとして新しいミカンの一種なのかな?と思いますが、そんな果物をお店で見たことがありません。

調べてみたら、晩柑は、特定の種類を指すものではなく、温州ミカンに対して遅れて実るハッサクやイヨカンなどの果物全体を指すみたいです。

へえ・・そうなのか と思うと同時に、おいしそうだな、どんな香りなのかな?と・・とチラッと思います。

以下 次号


【 人生はトライアウト 】 [広島]

【 人生はトライアウト 】

 

2月に入って、晴れた日の暖かい陽光の中、私が工場の製品ヤードを歩いていると、人生の先輩とも言うべきNさんに会いました。 Nさんは、定年をだいぶ前に過ぎていますが、再雇用の形で、まだ現場で働いています。すでに年金もフルに出る年齢で、引退して悠悠自適の日々を送ってもいい状況です。 しかし、彼は会社に残り、現場の作業をモクモクと続けます。

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実は彼のご子息は地元の球団で活躍する内野手で、かなり有名な選手です。しかし、ここ2,3年は一軍で活躍する機会は少なく、二軍で各地を転戦する日々が続いています。そしてNさんは、地方で試合をするご子息の“おっかけ”をしていて、各地の野球場を訪問しています。

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「会社を辞めて年金生活になってもいいのだけれど、倅(せがれ)の試合を見るために、各地を旅行するお小遣いが欲しいのですよ。だから会社に残してください」

彼は会社の人事担当にそう言って、雇用契約を更改してきたのです。

しかし私は、彼が工場で仕事を続けるのは、お金のためだけとは思いません。厳しいプロスポーツの世界で歯を食いしばって頑張っている息子のことを考え、息子が現役でいる限りは、自分も現役で働き続けたい・・・そんな思いがあるはずだ・・と私は思います。

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「そう言えば、「巨人の星」の星一徹だって、飛雄馬がプロの選手になってからも土方を続けていたしなぁ。(途中で中日のコーチになったこともあったけれど)」と昭和の時代の漫画を思い出します。

プロ選手の親子というのは、やっぱり一種の「父子鷹」なんだな・・と思いました。

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そのNさんが私の顔を見ると、ボソッと話しました。

「とうとう、倅が戦力外通告をされてしまいました。現役引退ですよ」。

さてこれからどうしようか・・・?という風に彼は遠くを眺めています。

その表情につられて、私も自分の事を話します。

「私もね、60才を過ぎて再雇用の身の上です。戦力外とは言いませんが、会社での活躍の機会は減りそうです。 そこで転職することにしましたよ。 なに、スカウトとかヘッドハンティングだとか、格好いい呼び方をしますが、私の感覚としては、お払い箱になったサラリーマンが、仕事にしがみつくというか、もう一度、活躍の機会を得たい思いで、必死に転職先を探した訳で、これはプロ野球で言うところのトライアウトですよ」

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「だから、私は3月から東京で新しい会社に勤務するのです」。

Nさんは少し驚いた表情で、「そうですか、オヒョウさんはトライアウトしたのですか」

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それから、私達は天気の話などを少ししました。広島県北部の積雪の話になると、彼は、昔小学生だったご子息を連れてスキーに出かけた話などを懐かしそうに話しました。 しかし、目の前の空は晴れていて、気温は2月だというのに暖かです。

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唐突に私は、芭蕉の俳句を思い出しました。

 

「行く春を 近江の人と 惜しみけり」

 

これは不可解です。 場所も季節も全く違います。今は初夏ではなく、冬ですし、ここは近江ではなく安芸です。 でもなんとなく、この句の気分です。

 

どうしてこの俳句を思い出したのかな? そんなことを考えていると、暫く沈黙していたNさんが、もう一度つぶやきました。

 

「そうですか、オヒョウさんはトライアウトしたのですか・・」

 

私は、あと3週間で呉の地を離れます。


【 旗旒信号とモールス信号 】 [広島]

【 旗旒信号とモールス信号 】

少し前ですが、川崎のご隠居が呉を訪れた際、港に出入りする艦船が用いる信号旗とアルファベットの対応表を見る機会がありました。

彼が「これは面白い・・」と笑ったのが、Z旗で、もともとの意味は「本船はタグボートを必要とする」というもので、推進装置が故障したから助けてくれ・・という情けない内容です。

Z旗.png

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しかし、ご承知の通り、Z旗は日本では特別な意味を持ちます。日本海海戦の際に旗艦「三笠」に掲げた旗です。「皇国ノ興廃コノ一戦ニアリ」ということで、国力を消耗した日本にとって、まさに後が無い最後の戦いだったから、アルファベットの最終文字を使った訳です。

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聞くならく、Z旗は真珠湾攻撃の際にも掲げたそうですが、これはどうでしょうか?

この作戦は戦争を開始する緒戦だったのですから、A旗の方が適切だったのではないでしょうか?全ての戦いは乾坤一擲ですが、真珠湾攻撃の場合は、その後にも多くの海戦が予想される長期戦の始まりだったのですから、これでおしまいというZ旗は似合いません。

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私がかつて勤務した製鉄所にはZプロジェクトという組織が存在しました。ジリ貧の鉄鋼の業界で画期的な技術革新をしなければ生き残れないという考えで、精鋭の技術者を集めた横断的組織としてZプロは作られ、技術開発と研究を推進しました。そのチーム長の席の後ろの壁には、大きなZ旗が掲げられていました。確かにZプロからは画期的な技術が生まれ、成果を挙げたのです。しかし、経営方針の変更で、やがてZプロは解散となり、その後、技術開発は停滞していきました。Zプロを率いたチーム長は閑職に異動となり、その後亡くなりました。その十数年後にその会社はライバル会社と経営統合になり、Zプロが開発した技術の幾つかは、ライバル会社の競合する技術に置き換えられ、姿を消しました。なんだか日本海軍みたいです。

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今は他の通信手段が普及し、信号旗で船舶や艦船が連絡を取り合うことは殆どなさそうです。民間船舶の場合、船舶電話がありますし、衛星携帯電話も使えます。

軍艦の場合は傍受や暗号解読が難しいデータリンクというシステムを使います。

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旗を用いた旗旒信号やモールス信号を用いた発光信号、手旗信号などといった古典的な通信はまず登場しまい・・と思っていましたが、そうではありませんでした。

1980年代、樺太上空で大韓航空のジャンボジェット機がソ連(当時)の戦闘機に撃墜された際、墜落現場に日本の海上保安庁の船が向かう途中でソ連の警備艇に妨害されました。警備艇には、3字信号の旗旒信号PP1が掲げられました。その意味は「我を追い越すな」です。

PP1.png 

実は便利なデータリンクは自国の軍隊または友軍の間でしか使えません。敵国、あるいは違う言語やプロトコルを用いる国の船とは使えません。

ソ連の艦船と日本の船が連絡を取り合う時、そこで国際信号旗が役に立つのです。

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敵国の艦船との通信の場面は、多くの映画に登場します。「レッドオクトーバーを追え」では追跡するアメリカ海軍の原潜が、ソ連の原潜「レッドオクトーバー」と何とか通信しようとして、艦長が発光信号機を用いてモールス信号を送信します。「アナポリス(海軍兵学校)以来だから、自信がないが・・」と言いながらアルファベットの英文を送るのですが、不可解です。相手はロシア人で、ロシア語を話し、使用する文字はキリル文字です。「通じるのかしら?」と思いますが、問題はありません。なぜならレッドオクトーバーの艦長はショーン・コネリーで、艦内の乗組員も、なぜか全員英語で会話しているからです。実に奇妙な映画です。

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モールス信号や旗旒信号に最もこだわったのは、宮崎駿のアニメです。モールス信号は、「天空の城ラピュタ」にも登場しますし、「崖の上のポニョ」では5歳の幼稚園児が、猛烈な速さでモールス信号を発光して沖を通過する船に連絡します。 そんな事はある訳ないさ・・と思いました。

そして、旗旒信号が登場するのは「コクリコ坂から」です。この映画では、海で亡くなった父を想う少女が、毎日、旗旒信号を掲揚するという習慣がひとつのポイントになっています。映画を見た時には、掲げられる信号旗の意味を解読する余裕は無かったのですが、後でタイトルの絵を見れば、2字信号でUWとなっています。

Kokurikozaka_kara_film_poster.jpg

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これは出船に対しては「ご安航を祈る」、入船に対しては「ようこそ」の意味の国際信号です。 「Bon Voyage」または 「一路平安」 に近い意味です。

UW.png

港の入り口などに、この信号旗が掲げられているそうですが、「普通の民家で旗旒信号を掲げるなんて、そんな事はある訳ないさ・・」と思っていたら、実はありました。

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呉の港を見下ろす傾斜地の上にある、一軒の家には、いつも2文字信号のUWが掲げられています。「海猿」で有名になった200段の階段の上の方で、海上からも見える場所です。他人の家の写真を勝手に掲載するのもどうかと想いますが、既にGoogleStreet Viewでは見られますし、ご本人も見られることを前提に旗旒信号を出されているものと思い、アップします。

house.jpg

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なるほど、本当の「コクリコ坂」は、横浜ではなく呉にあったのだ・・と気づきます。

そして呉では、港から離れた場所に、もうひとつ旗旒信号を掲げる場所があります。

呉の休山の高台にある長迫公園は海軍墓地でもあります。でも特定の個人の墓ではなく、第二次大戦までの多くの艦船の記念碑が、所狭しと並んでいます。そして奇妙なことにそれらの石碑の前には十字架のように、アルミニュウムのポールが立っているのです。

http://www.geocities.jp/hashirouvx800/kaigunboti.htm

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「キリスト教徒という訳でもないのに、この十字架は何だ?」

怪訝な顔をすると、海上自衛隊の幹部自衛官だったNさんが教えてくれます。

「これは旗旒信号を掲げるための檣(マスト)を模したものです。慰霊祭などの式典の時にはここに旗を飾るのですよ」

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「なるほど、日本海軍の軍人はやっぱりZ旗なのだな・・」と思いますが、「待てよ?」とも思います。 信号旗にはいろいろ意味があるけれど、死者を悼む信号旗、鎮魂を祈る信号旗などありません。 「一体、どの旗を掲げればいいのだ?」 丘を埋め尽くす、夥しい数の軍艦の墓標を前に私は粛然とした気持ちになりました。

水夫(かこ)の碑の 旗無き棹に 秋の風


【 朋あり遠方より来る 】 [広島]

【 朋あり遠方より来る 】

 

作家、阿川弘之は、戦前の教養人について、どれだけ論語を暗唱できるかで、その教育の深さを測ることができた・・と言っています。納得できるのは、彼は学歴には拘泥していないことです。明治期、大正期から現代に至るまで、上級学校に進学するか否か、あるいは卒業するか否かは、家庭の事情や、その他のもろもろの個人的事情が絡み、学歴は必ずしもその人の知性や能力と対応するものではありません。心豊かな人の知性と教養は、大学を出たか否か、或いはどの大学を出たか・・・とはあまり関係ありません。

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教育システムが今ほど充実していなかった戦前の時期、学校教育に比べて家庭教育や社会教育(職場教育)の比重が高かったそうです。戦前には、学校に入る前に父親や祖父から漢文の素読を習い、論語を憶えた子供も多かったとか。自身は東大卒の阿川弘之が、敢えて学校教育とは関係が薄い、論語の暗唱にこだわったのは、そういう背景からでしょう。

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しかし、敢えて私はそれに異を唱えます。論語を読むだけなら、初音ミクのようなコンピューターソフトにもできます。文言を覚えても、その意味を理解しなければ「論語読みの論語知らず」となってしまい無意味です。そして論語を本当に理解することは、少年には無理です(多分)。だから幼年期や少年期の論語の素読にどこまでの意味があるかは疑問です。実際、世の中には「論語読みの論語知らず」が溢れています。

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かく言う私は、無教養で、論語をマスターしている訳ではありません。しかし、論語を知らない私でも、幾つかの文は、ふと頭に浮かぶことがあります。

「朋あり、遠方より来る また楽しからずや」

川崎のご隠居が呉に来ると聞いて、すぐに頭に浮かんだのは、やはり論語の中でも最も有名なこの言葉です。

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しかし、そこでまた悩みます。「待てよ。どうして友ではなく朋なのか?」

日本では朋友という表現で、「友」と「朋」は同じ意味で使われます。教育勅語にある「朋友あい信じ」にも登場します。一方、中国では朋友(ポンヨウ)は単純に友達の意味で使われます。漫画「北斗の拳」ではポンヨウについて奇妙な説明がされますが、私の知る限り、友人と同じ意味です。

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しかし「そこに注意が必要です」と指摘したのは、昔の私の中国語の家庭教師です。彼女に言わせれば、朋と友では微妙に意味が違うということです。

「朋」の場合、幼い頃からの友達や、机を並べて一緒に学んだ同級生の意味となり、日本風に言えば、竹馬の友、或いは筒井筒の幼馴染、或いは学園の同期の桜・・といった友達を意味するようです。

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一方、「友」の方は大人になってからでもよく、お互いに理解しあい、共鳴する思想を持ち、堅い友情と信頼関係で結ばれた存在ということになります。 中国の古典の水滸伝などには、熱血漢同士が意気投合して義兄弟の契りを結ぶ場面が多く登場しますが、これなどは「友」の方でしょう。

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どちらも人生を豊かにし、貴重でありがたい存在ですから、遠方から来てくれて嬉しいのは、「朋」も「友」も同じです。それなら、なぜ孔子は「朋」としたのか?

それは恐らく、少年時代からの友達である「朋」の方が、長い時間が経過した「老朋友(ラオポンヨウ)」だからでしょう。 <余談ですが、中国語の発音をカタカナで記すことに、いつも後ろめたさを感じます>。

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友情も、上等なお酒と同じように、長い時間の経過で熟成されて深みが増すということでしょう。或いは、古い友達は滅多に来ませんから、珍しい来客は特にありがたい・・ということかもしれません。 そこで逆説で考えるオヒョウは英国の諺を思い出します。「いつも来る客は歓迎されない」・・・両者は、裏返しの表現というだけで同じ意味なのかも知れません。

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話は変わりますが、50代後半から還暦ぐらいになると、やたら同窓会の案内が増えてきます。それはなぜか?

若い頃、つまり壮年期の頃は忙しく昔を振り返る余裕はありませんでした。そして壮年期までは一種の競争社会を生きることになります。ヨーイドン!で一緒に学校を卒業し、早く出世し、早く幸せな家庭を築き、早くお金持ちになり、さらには社会に対して何らかの影響を与えたい・・と言う競争原理の中で生活します。その時期「朋」は競争相手でもありました。だから同窓会はできなかったのです。

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それが、定年を迎え、「ノーサイド」の笛が吹かれたあとは、生き甲斐が変わります。そして今までの人生はこれで良かったのか?という不安も感じます。その不安を確かめるために同じ時代を生きた、同世代の友達と会いたくなります。同窓会とは、古い友達を介して自分の人生を再確認するためのものだと私は思います。

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孔子先生にお尋ねしたい。なぜ古い朋と会うと心が弾むのですか?なぜ古い朋と語り合うことが楽しいのですか?

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そこで、思い出します。「『朋』とは、そんなに簡単なものではありません」と語ったのは、件の中国語の家庭教師です。

彼女によれば、「朋」は年齢も近く、上下関係を意識しなかった子供の頃に培われた対等の人間関係です。 しかし一方、大人の社会には、上下関係が常に存在し、対等な関係は、あまりありません。 対等な友情を感じにくい社会なのです。これは、とりわけ儒教文化の影響を受けた中国や朝鮮・韓国で明確です。

・・・・・・

儒教の世界には、秩序を重んじ、それを維持するためには、必ず序列をつけて上下関係を明確にしようという発想があります。(論語を読むと、必ずしもそうとは思えないのですが、儒教文化の影響を受けた社会は概ね、そのように思えます)。中国に行くと、国家一級認定とか、AAAだとか格付けや箔付けにとても拘る人や会社がありますが、その背後にもこの思想がありそうです。

・・・・・・

兄弟姉妹についても、中国と韓国、朝鮮では長幼の序が大事です。兄なのか弟なのか、姉なのか妹なのかが重要な意味を持ちます。一方、英国では、どちらもBrother、どちらもSisterです。

・・・・・・

国家間の外交においても、中国の場合、常に序列を意識して、本当の意味で対等なパートナーシップというのは、理解されません。そして冊封体制を今でも信奉し、自国を最上位に置く中華思想を隠さない中国の場合、習近平国家主席は、外国の要人と会う時、絶対に自分から歩み寄る様子を撮影させません。必ず、相手が近寄ってきて握手を求めるのに応じる形をとります。朝貢に訪れるアフリカの国家元首の方が、背が高い場合、中国の国家主席はしばしば台に乗って、目の高さが客人より高くなるようにします・・・なんだか子供じみていますが。

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西欧では当たり前の、対等な友人としての付き合い方が、儒教国家には苦手なのかも知れません。 自分より上と認めた相手には、やたらと卑屈になったり事大し、一方で自分が上だと判断したら、やたらと尊大になり、傍若無人に振舞ったりします。

・・・・・・

それが中国や朝鮮・韓国の世界の中での孤立をもたらしているのではないか?そんな風に思えます。「友邦」はあっても、対等な「朋邦」は難しいのかな?そうだとすれば孔子先生の呪縛は今も続いていると言うべきかも知れません。

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古い朋が来て帰った日、とりわけ大きな月を見ながら、そんなことを考えました。

朋来る 夕べの月の大きさよ


【 秋霖の瀬戸内海半日行 】 [広島]

【 秋霖の瀬戸内海半日行 】

東京からかつての勤務先の先輩であるSさんとそのお友達のTさんが、呉に来られました。目的は、一般公開される南極観測船しらせを見学することと、とびしま海道の下蒲刈島にある朝鮮通信使の資料館訪問です。

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ちょっと不安があります。SさんもTさんも東京外大の中国語科の卒業で、中国語はペラペラです。一方、私は中国語の正規の教育を受けたことはなく、酒席で拙い中国語を口にしては、あきれられたり、修正されたりしている有様です。今回も酔えば、へたくそな発音の中国語を口にして、両先輩に軽蔑されるのでは・・という思いがあります。

・・・・・・

交通機関の事情で、お二人が呉駅に着いたのは14:30と、既にお昼をかなり回っています。そこで、ホテルへのチェックインもせずに、そのまま、とびしま海道へつながる安芸灘大橋を渡り、我々は朝鮮通信使の資料館に到着しました。Tさんは既に福山の鞆の浦で同じような資料館をご覧になっており、内容は把握されています。注目されたのは、朝鮮通信使が残した漢詩で、幾つかの詩が、ところどころに碑文として刻まれています。 よく読むと、日本でふるまわれたお酒を蛮酒と紹介したりして、ちょっと日本に対して失礼ではないか?と思うところもありますが、日本の接待を褒めている詩文もあります。 特に日本の忍冬酒が気に入った・・という表記もあるのですが、その忍冬酒なる酒が何を意味するか分かりません。

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実は、Sさんは蒸留酒が好きで、Tさんは醸造酒(発酵酒)もOKということで、お酒の好みも微妙に違います。さて、忍冬酒とは蒸留酒だろうか?醸造酒だろうか?と酒好きの議論になったところで、私は別のことを考えます。

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今はハングル文字しか使わない韓国の人も昔は漢文を読み書きし、漢詩も作ったのだ・・と妙に感心します。多分、発音は日本の書き下し分とは全く違うのだろうな・・。

それなのに、朴正煕大統領の時代に、外国文字で自国の言葉を表記するのは、国辱だ・・ということで、外国語由来の文字を追放し、今はハングル文字ばかりになり、漢詩を詠む文化も廃れたようです。

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しかし、その娘の朴槿恵大統領は、若い頃中国に留学し、習近平国家主席との会談では、自ら中国語で話したとのこと。 事大主義の現れかも知れませんが、泉下の父親が聞いたらどう思うか・・。 それにしても外国語の文字で詩を作ることを、韓国のように恥と思うか、文化の奥行きと考えるかで、文化のありようは変わってきます。 日本では漢詩を作ることに抵抗はなく、漢学の素養は日本の教養人の根底にいまだに存在します。「まあ、そうは言っても、現代人で漢詩を詠む人はほとんどいないけれどね・・・」と思った時、「そんなことはないよ。現代人だって漢詩を作るさ」と言い出したのはSさんです。

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「僕が中国に出張した時、宴席で漢詩の作りっこをしたものさ。お酒を飲みながら、五言絶句を最初の一句から順番に作っていくゲームで、なかなか面白かった」とSさん。

「しかし、そんな知的なゲームを楽しめるのは、Sさんのように中国語と中国文化に造詣のある人だけでしょう?」と私。

Sさんは「いやS友金属のS社長(当時)なんかも漢詩づくりのゲームに参加しましたよ」

「そうですか。私の知る中国人は現代中国語と日本人が好む漢文は全く別物で、漢詩についての知識が無いのは仕方がない・・と言っていましたが」と私。

「そりゃ、その中国人は自分に教養が無いことを、現代中国語と漢文の違いのせいにして言い訳しているだけですよ」

・・・・・・

「なるほど、ところで李白は酒一斗詩百編とか言いましたね。今晩、お酒を飲みながら、詩でも作りましょうか?とても酒豪李白にはかないませんが」

「いや、李白の頃はアルコール度の低いどぶろく状のお酒で、一斗と言ったって大したことはなかったはずです」とTさん。

やっぱり、どうしてもお酒の話になってしまいます。

・・・・・・

呉市に戻る道の途中で、仁方という集落を通ります。「ここでは甘口の『雨後の月』と辛口の『宝剣』という2種類のお酒が有名で、日本酒党にはたまらないのですよ」と私。

しかし、日が暮れてから着いた呉のホテルでチェックインを済ませ、それから急いで出かけたお好み焼き屋は、満席で入れません。

・・・・・・

仕方なく、その隣の居酒屋で、お酒を飲むことになりました。

残念ながら「雨後の月」も「宝剣」もありません。 日本酒党は「亀齢」をぐびぐびと飲みます。

飲みながら、「はて?漢詩を作る話はどうなったかな?」と私はちょっと気になりました。

昔読んだ、「春夜桃花園に宴するの序」では最後の一句に「罰は金谷の酒数によらん」とありました。詩作に手こずれば、しこたま飲まされそうです。

・・・・・・

しかし、なぜか3人の会話に漢詩の話題は全く登場しません。 大学の後輩の美しい女性が今度海外駐在員になるので、ぜひその送別会をしたい・・とか、今は無くなった八重洲のてんぷら屋は良かったとか、そんな話ばかりです。

・・・・・・

罰ゲームはなかったものの、たいそう酔っ払った私は、帰りの運転代行の車の中で、

「そうだ、詩を作らなくては」と思いました。そこで、黒瀬川を渡り、私の自宅に着くまでの30分の間に、即興で一つ作りました。恥を忍んで披露します。

涼秋一日遊野呂山 涼秋の一日、野呂山に遊ぶ

有朋友自東都下  朋友ありて、東都より下り、

白秋一刻遊小島  白秋の一刻を小島に遊ぶ

登野呂山望海欲  野呂山に登りて、海を望まんと欲するも

秋色山頂在雲中  秋色の山頂 雲中にありて

残照一景不能得  残照の一景を得る能わず

問余何意去呉下  余に問う 何の意あってか呉の町を去る?

笑而不答思自明  笑って答えざれども、思いはおのずから明らかなり

誰知余将来霧中  誰か知る 余が将来の霧中なるを

七言律詩のつもりですが、車の中には平仄辞典がありません。あとで時間をかけて、内容を推敲したいと思います。

なぜ、私が呉の街を離れようと思ったかですか?

それについては、時期が来れば、またご報告いたします。

ちなみに、居酒屋の中では、もう一つ詩を作ろうと思っていました。

「在陋巷酒家」と題して、こちらはSさんとTさんにも参加して作ろうと思いましたが、まだ着手していません。 10月に機会があれば、東京で、可能なら近く海外駐在に旅立つFさんにも参加して貰いたいところです。


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